名古屋地方裁判所昭和56年11月18日判決 判例タイムズ462号 149頁
(争点)
- 医師に説明義務違反があったか否か
- 損害額
(事案)
X(初診時28歳の独身女性)は、23、4歳ころより、自分の脚部が他の女性に較べ毛深いことに気付き、それ以来これを気にしてきたことから、昭和49年夏ころ、専門医のもとで脱毛治療を受けるため、Y医療法人の経営する美容整形外科病院(以下、「Y病院」という。)を訪れた。Y病院では形成外科の認定医の資格を持つ院長をはじめ、6人の医師が外科その他8科目の標榜科目について診療にあたり、脱毛治療についてもかねてより診療の一部門として行ってきた。
Xは、同病院受付係から永久脱毛はできるが、今年は予約がいっぱいだから、来年来るようにとの説明を受け、昭和50年1月8日、Xは、再びY病院へ出向いた。
Xが受付で脱毛治療のため来院した旨告げたところ、M看護師に診療室に案内され、そこでベッドに寝かされた。そして、M看護師から、デビラトロンという機械を用いて、毛をピンセットではさみ高周波をかけ、一本ずつ抜いて行くという方法で治療を受け、これを3日間続けた結果両足の毛は全部抜き取られた。Xは、この治療中も毛が再生しなくなるようにはどのくらいの期間治療を要するのか気がかりであったことから、M看護師にこの点を尋ねると、短い人で1年半か2年くらいかかるが、人によって違うから、気長に根気よく治療すればだんだん減っていくとの答えであった。
その後、Xは、1ヶ月半か2ヶ月ごとにY病院で脱毛治療を受けてきたが、目立った効果もないことから、昭和51年6月ごろ、M看護師はノーベルコロナという機械を用いて、毛根に1つずつ針を突き刺し、高周波の電流で毛根を焼減凝固し、まとめて毛を抜く電気焼炉法ないしは電気凝固法と呼ばれる治療方法に変えた。このような治療方法の変更は、あらかじめY病院院長からM看護師に対してデビラトロンで効果のない場合は、電気凝固法に変えてよい旨指示されていたことに基づくものであった。なお、この方法は針をさして電位を流すものであるから、火傷の痕跡が残るのであるが、2、3ヶ月くらいたつと自然に消滅する程度のものであった。
Xは、この後も昭和53年5月25日まで、合計31回にわたり、Y病院へ通院したが依然脱毛の効果があらわれないため、永久脱毛は不可能であることを知るようになり、通院治療を自発的にやめてしまった。
そして、Xは、Y医療法人に対して、債務不履行もしくは不法行為による損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 不明
(内訳:不明)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 55万7000円
(内訳:治療費20万7000円+慰謝料35万円)
(裁判所の判断)
1 医師に説明義務違反があったか否か
この点について、裁判所は、治療行為にあたる医師は、緊急を要し時間的余裕がない等、格別の事情がない限り、患者において当該治療行為を受けるかどうかを判断決定する前提として、治療の方法・効果あるいは副作用の有無等について患者に説明する義務があるというべきところ、本件においては、治療が一種の美容整形であって、身体の保全に必須不可欠なものではなく、しかも世間では脱毛の治療効果があまり期待できないことについては知られていないうえ、治療に際しては軽微とはいえ身体への侵襲を伴うものであることからすれば、治療にあたる医師は最小限永久脱毛は困難であること、ノーベルコロナの方法による場合は治療部位に一時的ではあるが焼痕が残ることを説明する義務があったというべきであると判示しました。
その上で、Y病院においては、医師による上記説明がなかったばかりか、受付係においてあたかも永久脱毛が可能であるかの返答をし、M看護師も治療の途中で相当長期間の治療を要すると説明したのみで、それ以上の説明をしなかったのであるから、この点においてYには説明義務を尽くさなかった債務不履行があったことは明らかであるとしました。
2 損害額
裁判所は、Xは、Y病院の医師から治療の効果等について明確な説明を受けなかったことから、相当期間治療をくり返せば永久脱毛も可能であると考え、3年5ヶ月余の長期間にわたって31回の通院治療を受け、その挙句脱毛の効果は一時的なもので、しばらくすれば、毛は再生し、永続的な効果のないことを身をもって知らされたものであり、もしYの説明義務が尽くされておれば、XはY病院の治療をうけなかったと認められるから、Xが治療費としてYに支払ったことが当事者間に争いのない金20万7000円はYの債務不履行によってXが受けた損害であるとしました。
更に、長期間にわたって無益な治療を受け続けたことを知ったXが相当の精神的打撃を受けたことは自明であり、特に、初診時28歳の独身女性であって多毛症を強く気にしていたのであって、それ故にこそ3年余にわたって治療を受け、脚部に焼痕の残ることも甘受してきたと考えられることからしても、その程度は決して軽くはないと認められると判示し、諸事実を斟酌してXの精神的苦痛に対する慰謝料額として35万円が相当と判断しました。
以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。