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No.414 「大学病院医師が、交通事故により負傷した患者に抜釘術を行う際、内側足底神経を刺激ないし損傷した過失があるとして、患者の精神的苦痛との間の因果関係を認め、交通事故との共同不法行為は否定した地裁判決」

東京地方裁判所平成19年9月27日判決 ウエストロー・ジャパン

(争点)

  1. 医師の過失の有無
  2. 医師の過失と患者の損害との間の相当因果関係の有無
  3. 交通事故と医療過誤との共同不法行為の有無

(事案)

平成8年12月25日午後3時10分ころ、X(事故当時54歳)が横断歩道を青信号に従って横断中、右折進行してきたY2の運転する車両(所有者はY1)に衝突された(以下、「本件交通事故」という。)

本件交通事故によりXは、左下腿骨開放性骨折、両側肋骨骨折の傷害を負った。

Xは、本件交通事故当日から入院したK総合病院において、左足部創外固定術及びその抜去術を受けたが、腓骨が偽関節の状態となったため、同病院の紹介によりY3学校法人の経営する大学病院(以下、「Y大学病院」という。)を外来受診し、その後の平成9年9月16日、左足関節固定術を目的としてY大学病院へ転院した。

Xは、同年10月24日、C医師の執刀により、左足関節固定術・右腸骨移植術(以下、「本件固定術」という。)を受けた。本件固定術は、C医師が術者となり、ほか数名の医師が助手となって行われた。髄内釘の足関節固定のみでは安定性が悪いため、術前の予定では血管柄付腓骨移植を行うこととしていたが、骨片の摘出を行う際、骨からの出血を認めたため、途中から足関節固定及び腸骨からの骨移植のみの手術に変更となった。本件固定術の結果、足底部から上下方向に挿入された1本の髄内釘、髄内釘を横止めする4本のねじ、腓骨、距骨及び踵骨を止める3本のねじ並びに骨片・背骨を止める2本のキルシュナー鋼線で左足関節の固定がなされた。

Xは、その後、Y大学病院からD病院へリハビリ目的で転院し、平成10年5月9日に退院した。その後は、Y大学病院を定期的に外来受診していたが、レントゲン上、関節固定の状態は癒合し、本件固定術から1年10ヶ月経過したことから、抜釘目的で入院予約がされ、平成11年9月22日、Y大学病院に入院した。

同入院前の外来通院中におけるXの症状としては、左の足背のしびれ、下腿外側の痛みがあったが、装具を装着して独立歩行しており、自宅では装具を付けずに過ごしている状態であった。

平成11年9月22日の入院時(第2回目入院)においても、足背部のしびれ、ピリピリ感、圧痛があり、Xは、左下腿下約2分の1の位置から足背部にかけて触れるとしびれを訴え、「押さえつけてしまえばなくなるんですけど、軽く触られるとすごくしびれるんです。装具なしでは怖くてもう歩けませんよ。」と述べ、剃毛の際も数回悲鳴を上げ、左足関節の背屈、屈曲はできず、左足の第1指の背屈、屈曲もできず、第2ないし第5指はわずかに動かせる程度であった。しかし、病院のロビーまでは装具を付けずに歩行しており、外出時は杖と装具で独立歩行している状態であった。

同月24日、Xは、本件固定術で固定された左下腿に対する抜釘術(以下、「本件抜釘術」という。)を受けた。本件抜釘術はD医師が術者となり、ほか2名の医師が助手となって行われた。一般に抜釘術は整形外科の手術の中では初歩的な手術であり、医師になって、1、2年目の医師が行うことが一般的であった。しかし、Xの場合、髄内釘を足底から入れており、膝の上の方から入れる一般的なケースと異なること等を考慮して、本件抜釘術当時、5年目の医師であり、既に相当数の抜釘術の経験を有していたD医師が担当することとなった。

本件抜釘術では、まず、髄内釘横止めのねじ4本を抜き、腓骨等を止めていた3本のねじ及びキルシュナー鋼線のうちの1本を抜き、その後、髄内釘を足底から抜いた。髄内釘を抜く際はレントゲンのモニターで確認しつつ、足底の傷口から切開した上、足底の内側神経と外側神経が分かれる股間に一定程度の間隔があることから、その部分から髄内釘の先端を探り、抜釘を行った。

翌日である同月25日には、医師から独立歩行の許可が出たが、Xは、踵部の痛みを訴え、歩行が困難であるとして車椅子を使用した。その後も、創部に問題は見られなかったものの、足底の痛みやしびれを強く訴え、左足の着地困難な状態が続き、ほとんど車椅子で過ごした。しかし、歩行を促され、鎮痛剤で痛みをコントロールしつつ、松葉杖を使って歩行訓練を行い、試験外泊の後、同年10月12日にY大学病院を退院した。

退院後、平成12年5月17日までの間に、Xは、Y大学病院へ8日通院した。

また、Xは、左足の脚延長術を希望して、Y大学病院の紹介により、平成12年4月13日、T大学病院整形外科を受診し、平成13年8月2日まで9日間通院したが、知覚異常が改善しないことから脚延長術を行わないこととし、同日、症状固定と診断された。

本件抜釘術後、Xが左足底部に痛みを訴えるようになったが、これは、本件抜釘術において髄内釘を抜くために足底を切開し、手術器具を使って創内の深部で髄内釘の先端(一番足底に近いところ)を探っている際、手術器具で内側足底神経を刺激ないし損傷したか、又は、髄内釘を抜く際、髄内釘が内側足底神経の脇をかすめて刺激ないし損傷したためであると考えられる。

そこで、Xは、交通事故に関し、Y2に対しては自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という)3条、Y1に対しては民法709条に基づき損害賠償請求するとともに、交通事故後の手術に関し、Y3には、髄内釘を抜くための抜釘術の際、Y大学病院に勤務する医師が、足底神経を刺激ないし損傷し、又は、足底神経損傷の危険性について説明をしなかったことに過失があるとして、民法715条または同法415条に基づき、損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

患者のY3学校法人に対する
請求額
(未確定遅延損害金を除く):
7763万1221円
(内訳:治療費2087万1215円+入院雑費78万3000円+通院交通費3万3180円+装具代36万8561円+休業損害1497万7710円+逸失利益2277万3770円+傷害慰謝料500万+後遺障害慰謝料1500万円+本件抜釘術後に発生した症状による慰謝料1000万円-既払金4582万8672円+既払金に対する確定遅延損害金661万2014円+弁護士費用500万円+損害金元本に対する9年間の遅延損害金2204万0443円)

(裁判所の認容額)

患者のY3学校法人に対する
請求についての認容額
(未確定遅延損害金を除く):
330万円
(内訳:本件抜釘術後に発生した症状による慰謝料300万円+弁護士費用30万円)

(裁判所の判断)

1 医師の過失の有無

この点について、裁判所は、Xは、本件抜釘術前には特に強く訴えていなかった左足底部の痛みを、本件抜釘術直後から訴えるようになったが、これは、本件抜釘術において、髄内釘を抜く際、内側足底神経を刺激ないし損傷したことが原因であると考えられると判示しました。

そして、抜釘術そのものは一般に、整形外科の手術の中では比較的経験の浅い医師が担当するような初歩的な手術であって、それほど困難なものではないこと、5年程度の経験を有するD医師が本件抜釘術を担当したことについても、一般的な抜釘術との違いを考慮してのものではあるが、本件抜釘術が、特に他の抜釘術よりも神経損傷の可能性が高いためではなかったこと、本件抜釘術における髄内釘の抜去は、足底の表面部から髄内釘の先端までの深さが比較的深いものであったため、髄内釘の先端に接続する専用のコネクターを接続しにくいといった難しさはあるものの、足底の内側神経と外側神経の間隔が比較的広い部分を切開するものであり、特に神経を刺激ないし損傷する危険性が高い手術ではなかったこと、一般に手術部位に瘢痕化や癒着が存在する場合には、切開する際に神経損傷の危険性が高いと考えられるが、Xの場合、本件抜釘術当時、足底の瘢痕化あるいは癒着が存在したことを認めるに足りる証拠はないこと、神経を刺激ないし損傷した場合、損傷の状態によっては、激しい痛みの症状が出る場合もあること等からすれば、本件抜釘術に際し、神経を刺激ないし損傷する可能性があることを予見し、これを回避することは可能であったというべきであるから、本件抜釘術を行う医師には、Xの神経を刺激ないし損傷しないよう注意すべき義務があるというべきであるとしました。

また、神経損傷の危険性が特に高いとはいえない手術において、神経を刺激ないし損傷し、その結果、痛み等の症状をもたらした場合には、手術を担当した医師の上記注意義務違反及び過失が推認されるというべきであるところ、前記のとおり、本件抜釘術において、Xの内側足底神経を刺激ないし損傷したことにより、Xに足底部の痛みの症状を発生させたものであるから、本件抜釘術を担当した医師には注意義務違反及び過失があることが推認されると判断しました。

2 医師の過失と患者の損害との間の相当因果関係の有無

この点について、裁判所は、Xは、本件抜釘術後、足底部の強い痛みやしびれを訴えるようになり、また、現在でも左足第1指の裏側付近を中心として足底に強い痛みを訴えていると判示しました。そして、この痛みに伴う精神的苦痛は、本件抜釘術前にはなかったものであるから、これに係る損害(慰謝料)は、本件抜釘術による損害として、本件交通事故による損害とは区別してとらえることができるとしました。

裁判所は、もっとも、Xは、本件抜釘術後の18日後にはY病院を退院し、その後、約7ヶ月間Y病院に通院した後、脚延長術を希望してT病院へ通院し、症状固定に至っているところ、本件抜釘術後、症状固定までの間の症状ないし治療の経過が、本件抜釘術における神経の刺激ないし損傷によって長期化するなどの影響を受け、その結果、治療関係費等が増加したなどの事実を認めるに足りる証拠はなく、本件交通事故に伴う一連の症状・治療経過としてとらえられるものといえるとしました。

裁判所は、なお、本件抜釘術前におけるXの症状、治療に伴う損害が、本件抜釘術における神経の刺激ないし損傷により生じたものといえないことは明らかであるとしました。

裁判所は、また、Xは、後遺障害が認められるところ、左下腿の機能障害、左腓骨の偽関節、左脛骨の変形障害及び左下肢の短縮障害、左下腿の醜状障害、骨盤骨の変形障害のいずれについても、その部位及び症状からすれば、本件交通事故による後遺障害であることは明らかであるとしました。裁判所は、また、これらの障害による併合5級の等級には、左足部痛、左下腿下2分1部の圧痛、左足関節部の歩行時痛、左下腿から左足にかけての知覚異常等の神経症状も含まれるところ、Xの本件抜釘術後の足底の痛みも、併合5級の等級に含まれるもととして理解できるとしました。裁判所は、したがって、本件抜釘術により発生した症状が、Xの後遺障害の程度に影響するものとはいえず、また、足底と本件交通事故による他の後遺障害の部位及び症状との関係からすると、労働能力等に影響するものともいい難いとしました。

したがって、本件抜釘術におけるY3の過失と相当因果関係のある損害としては、足底の痛み等の精神的苦痛に対する慰謝料について、本件交通事故による損害とは別途、肯定することができるが、その余のXの主張の損害について、Y3の過失との相当因果関係を認めることはできないとしました。

3 交通事故と医療過誤との共同不法行為の有無

この点について、裁判所は、本件抜釘術は、本件交通事故から約2年9ヶ月もの期間が経過した後に行われ、その間、Xは、Y大学病院以外の医療機関を含む入院及び外来通院を経てY大学病院へ再入院しており、本件交通事故と時間及び場所を著しく異にするものであるほか、本件交通事故におけるY1の行為及び過失の態様と、本件抜釘術における医師のそれとは全く異質な行為であると判示しました。また、本件交通事故による損害と本件抜釘術による損害とは区別してとらえることが可能であるところ、精神的苦痛による損害のほかは、本件抜釘術により本件交通事故による損害がさらに拡大したとは認め難い関係にあるとしました。

裁判所は、このように、本件交通事故と本件抜釘術とでは、時間的・場所的近接性がなく、行為及び過失の態様が異質であり、被侵害利益が別個であると解されるから、両者の間に客観的関連共同性を認めることはできず、Y1・Y2と、Y3との間に共同不法行為の関係は成立しないと判断しました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年9月10日
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