神戸地方裁判所平成16年10月14日判決 判例時報1888号122頁
(争点)
- 医師の過失の有無
- 逸失利益の有無
(事案)
平成13年7月26日(以下、特別の断りのない限り同年のこととする)、X(当時51歳の男性・機長)は定期健診の一環として、Yの開設する病院(以下、「Y病院」という。)内科において、同病院で働いているK医師により、大腸ファイバースコープによる大腸検査を受けた。その際、Xは、強い疼痛を訴えたが、上記検査を続行され、終了後、帰宅した。
Xは、帰宅後、腹痛が増し、腹部が膨隆してきたので、午後8時30分ころ、救急車によりY病院に搬送され、O医師によるレントゲン検査を受けたところ、両側横隔膜下に遊離ガスが認められたため、大腸の穿孔と診断され、緊急開腹手術を受けた。O医師は、S状結腸から下行結腸移行部に約5ミリメートルの穿孔を認めたが、腸管の炎症所見が強くなかったので、穿孔部の閉鎖術のみを行い、腹腔内を洗浄後、ドレーンを入れて開腹部を閉じた。
Xは、同日から8月26日まで32日間、Y病院に入院した。
Xは、Y病院を退院後、O医師から、開腹手術の影響として腹壁で瘢痕ヘルニア、腹腔内で癒着による腸閉塞の可能性があるため、外来で経過観察を受けること、過度の運動を控えることを指示された。
Xは、退院後、Y病院に通院しながら、自宅療養を続け、入院期間と併せて132日間休職した。
11月12日、勤務先の嘱託医師との面談の結果、勤務配慮を受け、月40時間以内の飛行制限と月5泊以内の宿泊乗務の制限を受けるとともに、すべての国際線乗務を禁止され、北米乗務に復帰することができなくなり、その結果乗務時間が減ったため、各種手当等が減少した。
そこで、Xは、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 6762万5080円
(内訳:休業損害1201万9320円+定年までの減収分4296万1201円または3637万1167円+再就職後定年までの減収分939万9360円または795万6558円+慰謝料490万円+その他詳細不明で合計不一致)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 4989万9528円
(内訳:入院雑費4万1600円+休業損害594万6761円+逸失利益(定年までの減収分)3637万1167円+入通院慰謝料100万円+後遺症による慰謝料200万円+弁護士費用454万円)
(裁判所の判断)
1. 医師の過失の有無
この点について、裁判所は、大腸内視鏡検査において、0.051パーセントの割合で大腸穿孔が生じることがあり、これを偶発症と称していることが認められるとしました。そして、確かに、大腸内視鏡検査において、大腸穿孔が発生する頻度は、確率的に極めて低く、大腸内視鏡検査に伴う不可避的な事故と考えられなくもないが、不幸にして大腸穿孔が発生した場合には、当該患者に対する関係では、担当医師の手技に過失があったと評価せざるを得ないとしました。
このような観点からすると、本件においても、大腸内視鏡検査の過程でXに大腸穿孔が生じた以上、それが極めて希有の事例であるとしても、K医師に過失があったと言わざるを得ないとしました。
2. 逸失利益の有無
この点について、裁判所は、まず、Xの後遺障害の程度が、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害者等級11級の9「一般的労働能力は残存しているが、腹部臓器の機能の障害の存在が明確であって労働に支障をきたすもの」に該当することを裏付けるに足りる医学上の証拠はないとしました。
ところで、国土交通大臣または指定航空身体検査医は、申請により、技能証明を有する者で航空機に乗り込んでその運航を行おうとするものについて、航空身体検査証明を行い(航空法31条1項)、申請者がその有する技能証明の資格に係る国土交通省令で定める身体検査基準に適合すると認めるときは、航空身体検査証明をしなければならないこと(同法31条3項)、航空従事者は、航空機に乗り込んでその航空業務を行う場合には、技能証明書の外、航空身体検査証明書を携帯しなければならないこと(同法67条2項)、定期運送用操縦士については、第一種の身体検査基準を満たさなければならないこと(航空法施行規則61条の2)、消化器系の身体検査基準については、「航空業務に支障を来すおそれのある消化器(肛門部を除く。)の疾患又は手術による後遺症がないこと。」が要求されていること(同施行規則別表4)が認められると判示しました。
以上のとおり、航空機に乗り込んで航空業務を行う者には、厳格な身体検査基準に合致した航空身体検査証明が要求されていることに照らすと、Xは、大腸穿孔による障害が消化器系の身体検査基準に抵触することを理由に勤務配慮を受けたものと認められると判示しました。そして、O医師の診断内容からすると、Xは、今後とも相当長期にわたって国際線乗務等が禁止される蓋然性が高いものと認められるとしました。そうすると、Xは、医学的に前記障害等級に該当することが認められないとしても、上記勤務配慮によって国際線乗務等が禁止され、その結果、将来にわたって収入の減少を来す蓋然性が高いものと考えられるから、本件事故により労働能力を喪失したと同様に評価されるべきであると判断しました。
そこで、Xの収入の減額についてみるに、本件事故前の平均月収額は251万1536円であり、本件事故後の平均月収額は204万2584円であるから、月収として46万8952円、年収として562万7424円の減少があったと認められるとしました。
そうすると、復職から定年までの8年間の逸失利益の総額は、中間利息を控除して計算すると、次のとおり、3637万1167円となる(ライプニッツ係数6.4632)としました。
5,627,424×6.4632=36,371,167
以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。