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No.405 「国立大学病院心療内科の医師らが頭部CT検査報告書中の脳腫瘍疑いの指摘を見落して脳腫瘍を放置した過失と、患者が後医で受けた脳腫瘍摘出術後に生じた後遺障害との因果関係を認めた地裁判決」

福岡地方裁判所令和1年6月21日判決 判例時報2428号118頁

(争点)

Y病院診療内科医師らの過失と後遺障害との因果関係の有無

(事案)

X(平成元年生まれの女性)は、平成18年10月26日、Y国立大学法人の設置、運営する病院(以下、「Y病院」という。)心療内科に入院し、同月30日、頭部CT検査を受けたところ、右モンロー孔付近に16mmの結節影が確認された。Y病院放射線科の医師は、頭部CT検査報告書に、第一にcentral neurocytoma(中枢性神経細胞腫)が疑われ、その他ependymoma(上衣腫)、choroid plexus papilloma(脈絡叢乳頭腫)等が鑑別として挙がる旨を記載した。同日のCTにおいては、明らかな水頭症等の所見は認められなかった。Y病院心療内科医師は、頭部CT検査報告書に上記の指摘があることを見落とし、脳腫瘍に関する治療は行われず、Xは、同年12月5日、退院した。Xは、その後もY病院心療内科に通院するなどしていたが、脳腫瘍に対する治療は行われなかった。

Xは、平成23年12月1日のH1病院におけるMRI検査では、脳梁部から第3脳室に伸びる腫瘍が確認され、水頭症を来していると診断され、同月2日のY病院における頭部CT、MRI検査でも、右側脳室から第3脳室内にかけて拡がる脳室内腫瘍があり、水頭症を合併した中枢性神経細胞腫と診断された。

また、Xは、同月7日のY病院における頭部CT検査では、右側脳室から第4脳室にかけて粗大な石灰化を伴う腫瘤があり、右側脳室内の病変は長径63×52×38mm大と診断された。

Xは、平成23年12月5日、Y病院脳神経外科に入院し、同科において脳腫瘍摘出術を受ける予定であったが、手術の予定が延期されたため、早期の手術を希望し、同月15日、Y病院を退院した。

Y病院に入院していた際のXは、Y病院入院時から、短期記憶障害あり、頭痛あり、耳鳴りあり、めまい時々ありといった状態であり、嘔気もみられることがあり、Y病院においては、薬の飲み忘れがあるため、看護師管理とすることとされた。また、Xは、全検査IQ65、言語性IQ71、動作性IQ64とされたほか、退院時所見においては、意識障害についてJCSI―1(見当識は保たれているが意識清明ではない)、簡易知能検査においてHDS-R19点(月以外の日時で―3、遅延再生―4、物品記憶-2、野菜の名前―2。認知症の疑いあり。)とされた。

さらに、Xは、Y病院退院時には、顔面の感覚低下の自覚があり、握力は両側0kg、左上肢はジンジンするしびれ感があり、触ると強く痛がり、歩行はすり足様でふらつきが強いという状態であった。

平成23年12月19日、Xは、脳神経外科医Qが開設・運営しているQ医院を受診し、同月20日、Q医院に入院した。

平成24年1月3日、Xは、Q医院のD医師による脳腫瘍(右側脳室中枢性神経細胞腫)摘出術(本件手術)を受けた。本件手術において、D医師は、経脳梁到達法により、肉眼で見える範囲の腫瘍を全部摘出した。

Xは、平成24年1月10日の時点では、水頭症なしとの診断を受けており、同日、脳室ドレナージが抜去されたが、同月18日には再度水頭症と診断され、同年2月22日、交通性水頭症に対する右脳室腹腔シャント術を受けた。

Xは、同年1月31日には、銀行で住所を書くところで、以前の住所と一緒に書いたりして物忘れがあったと申告した。

Xは、平成24年3月9日、Q医院を退院した。その際のXは、頭痛自制内、全身状態良好という状態であり、耳鳴りや嘔気も改善していた。

Xは、平成24年12月5日、1週間前頃から腹痛があるなどと訴えてQ医院を受診した際、水頭症の増悪が確認され、同日、イレウスの疑いでH8病院に入院し、意識障害が認められたため、翌6日、H2病院に救急搬送された。Xは、同日、シャント挿入部からの感染に伴う腹部症状が出現している可能性が高い、頭部所見は水頭症の増悪による意識障害などと判断され、感染症VPシャント機能不全に対する髄液シャント抜去術を受け、同月11日には水頭症手術(脳室腹腔シャント)を受け、同月25日まで入院した。

Xは、平成25年1月10日から同年2月23日まで、シャント機能不全、急性閉塞性水頭症によりQ医院に入院し、同月13日、右脳室腹腔シャント改訂術を受けた。同年1月中のXには、生年月日、住所は言えるが、病院名は言えないという症状や、薬を内服したことを忘れていたという症状が確認された。

Xは、平成26年1月9日までQ医院で経過観察を受け、同年2月19日以降はH3病院で経過観察を受けていたが、平成27年6月3日、H4病院において、脳腫瘍、水頭症、高次脳機能障害との診断を受け、同月4日、障害等級2級の精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた。

そこで、Xは、CT検査の結果、脳腫瘍の疑いがあったにも関わらず、Y病院医師らは、これを見落とし、脳腫瘍を放置したことから、脳腫瘍が拡大し、水頭症を発症し、後遺症が残ったなどと主張して、Yに対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めた。

(損害賠償請求)

請求額:
1億9702万3819円
(内訳:治療費103万7136円+入院雑費23万5500円+付添看護費551万6500円+入通院慰謝料300万円+休業損害1399万1448円+後遺症慰謝料2370万円+後遺症逸失利益7620万9503円+将来介護費5542万2476円+弁護士費用1791万1256円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1億5748万2705円
(内訳:治療費74万4306円+入院雑費19万0500円+付添看護費419万7500円+入通院慰謝料300万円+休業損害741万9658円+後遺障害慰謝料2370万円+逸失利益7620万9503円+将来介護費2771万1238円+弁護士費用1431万円)

(裁判所の判断)

Y病院診療内科医師らの過失と後遺障害との因果関係の有無

まず、裁判所は、Y病院診療内科の医師らに、Xの平成18年10月30日の頭部CT検査報告書において脳腫瘍の疑いを指摘されていたにもかかわらず、かかる指摘を見落とし、平成23年12月に至るまで脳腫瘍を放置した過失(以下、本件過失という)があることに争いがないと判示しました。

その上で、本件過失と患者の後遺障害との因果関係の有無につき、裁判所は、以下の通り検討しました。

Xには、記銘力障害を中心とする認知機能障害や、左上肢を中心とした運動感覚機能障害、慢性的な頭痛、嘔気などといった症状が残存しており、これらの症状は、XがH4病院において、脳腫瘍、水頭症、高次脳機能障害との診断を受けた平成27年6月3日の時点で、症状固定していたものと認められると判示しました。

そして、Xの上記症状のうち記銘力障害を主とした認知機能の障害の原因として考えられるのは、脳腫瘍及びこれによって発症した水頭症、脳外科手術(本件手術)の合併症、合併症として続発した水頭症であるとしました。また、Xの左上肢を中心とした運動感覚機能障害の原因は、脳腫瘍であり、頭痛や嘔気は、水頭症の症状と考えられると判示しました。

裁判所は、Yには、本件過失があるところ、本件過失がなければ、Xは、定期的な経過観察によって、早期に脳腫瘍の増大を発見し、本件手術よりも早期に腫瘍摘出術を受けることができたものと認められると判示しました。そして、本件過失により脳腫瘍が大幅に増大するまで放置された結果、本件手術の危険度が格段に高くなり、術後の水頭症のリスクも増大したことからすれば、上記のように早期に腫瘍摘出術を受けていれば、平成27年6月3日時点におけるXの症状の発生を防止することができた蓋然性が高いものと認められると判断しました。

さらに、裁判所は、仮に、Yが主張するようにD医師の過失によって本件手術の際にXの脳弓が損傷されていたとしても、本件過失によって、Xの脳腫瘍が大幅に増大するまで放置され手術が困難になるとともに、脳腫瘍摘出術の合併症等のリスクが大幅に高まったのであるから、本件過失とXの認知機能障害との因果関係は否定されないとしました。

裁判所は、よって本件過失とXの後遺症害(記銘力障害を中心とする認知機能障害、左上肢を中心とした運動機能障害、慢性的な頭痛、嘔気等)との間の因果関係が認められるとしました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年4月15日
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