名古屋地方裁判所平成28年11月25日判決 医療判例解説2018年2月号(第72号)72頁
(争点)
医師の注意義務違反により生じた損害の額
(事案)
平成23年4月22日、X1(昭和40年生まれの男性)は、腰痛を訴えて、W整形外科を受診し、ボルタレン座薬及び腰傍脊椎神経ブロックを施されたが、腰痛が改善しなかったことなどから解離性動脈瘤等の可能性もあると判断され、Y市の開設する病院(以下、「Y病院」という。)を紹介された。
X1は、同日、Y病院、救急外来を受診し、入院となった。
X1は、同月25日、腰椎MRIにて、L4/5及び5/Sの椎間板ヘルニアであり、5/Sがメインであると診断され、同月27日、腰痛が改善したことから、Y病院を退院した。
しかし、同月28日、腰痛が再発し、発熱も発症したため、X1はV病院を受診し、血液検査の結果、椎間板穿刺後感染の可能性があると診断され、Y病院に転院することとなった。
X1は、同日Y病院に入院した。Y病院医師は、同日、X1の妻であるX2対し、X1が椎間板穿刺後の感染によるDIC(播種性血管内凝固)を来していると思われること、現時点で重症感染症DICとなっているため治療を行っても効果がなく最悪の結果となる可能性もあることなどを説明した。
X1は、同月29日、血液培養の結果、グラム陽性球菌による敗血症と診断された。Y病院医師は、同日、X2らに対し、腰椎椎間板穿刺後の重症感染症であり、抗生剤投与・DIC治療薬投与・輸血等の治療を行っているが、あまり改善が見られないこと、引き続き治療を行っていくが、特に呼吸に関しては促迫気味であり、今後挿管・人工呼吸器管理が必要となる可能性もあること、治療を行っていても最悪死に至る可能性も十分にあることなどを説明した。
X1は、同年5月1日、血液培養の結果、黄色ぶどう球菌感染と診断され、全身状態の悪化とともに呼吸管理の必要が生じたため、U病院に転院することとなった。同日のY病院の診療録には、X1につき、下肢の痺れとともに知覚も消失し自動運動ができないこと、Sp0₂が低下傾向にあり、酸素マスクを外すと83%まで低下したこと、アルブミンやラシックスの投与により利尿をはかるが、Sp0₂がなかなか改善せず、呼吸も苦しくなってきたため、全身管理・必要時挿管も考慮し転院の方向となったことなどが記載されており、Y病院医師は、X2に対し、X1の上記病状及び転院について説明した。
X1は、同日、U病院に入院し、ICUにおいて呼吸管理が施行された。同病院医師は、同日、X2に対し、神経症状については、今の状態から全く改善しない可能性もあり、改善があってもかなりの確率で神経症状が残ること、神経症状も大事ではあるが現時点では救命が最優先であること、現時点での感染症の状態は重篤であり命に関わることも十分ありうること、まずは全身管理と感染症・DICに対する治療を行っていくことなどを説明した。
X1は、同月2日、同病院神経内科の医師により、Th4以下の感覚消失を指摘された。
X1は、同日、左Th12/L1、L5/5開窓、硬膜外ドレナージ術を受けた。同病院医師は、術前、家族に対し、全身状態は未だに悪く当然手術によるリスクもあるが、救命・機能改善を考えると手術することがより良いと考えるため手術を行う旨の説明をした。
X1は、同月4日、人工呼吸器離脱となった。
X1は、同月6日、下肢の感覚喪失・運動麻痺に著変はないが、全身状態は改善傾向にあるとされた。また、X1は、検査や治療が多いこと、思うように身体が動かないこと、周囲がうるさいことに対するいらいらを訴え、カンファレンスの結果、不使用性シンドロームリスク状態にあるとされた。
X1は、同月9日、HCU管理となったが、同月10日HCUを退室し、一般病棟での入院となった。
同月16日、同病院医師は、Xに対し、手術しても改善がないこと、動かなくなって2週間以上が経過していることからこれ以上の改善はあまり見込めないことを説明した。X1は、同月26日、車椅子乗車練習を開始した。
同年7月5日、X1は、リハビリのため、T病院へ転院後入院し、翌6日、再度ドレナージ術を受けた。
T病院医師作成の同年10月31日付け診断書(後遺障害証明書)には「第5胸髄節残存以下完全対麻痺 重度膀胱直腸障害あり」と記載されている。
X1は、平成24年3月14日、Sリハビリセンターに転院後入院し、同年5月19日、退院した。同センター医師作成の同年4月25日付診療情報提供書には、「Th4髄節以下の完全麻痺、直腸膀胱障害を認め」との記載がある。
X1は、ベッドから車椅子への乗り移り、更衣、飲食(食事の支度や後片付けを除く)、自宅の浴場で浴槽に入ること、排泄(自己導尿、自己摘便による)を、介助なしで行うことができる。
Xら(X1、X2、両名の子X3、X1の養父母X4、X5)は、Y病院医師の過失により、化膿性椎間板炎との診断がされず、適切な治療がされなかったために、重度の後遺障害を負ったと主張して損害賠償請求訴訟を提起した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 2億5437万4267円
(内訳:治療費113万8073円+入院雑費59万1000円+付添看護費118万2000円+交通費22万6200円+休業損害416万3327円+入通院慰謝料400万円+逸失利益7425万1961円+後遺障害慰謝料3000万円+将来介護費5777万9500円+将来の雑費194万3160円+将来の交通費25万6497円+既に終了した自宅改造費331万7500円+近い将来必要となる自宅改造費の内金1485万円+高齢に達したときに必要となる自宅改造費327万1534円+自動車に係る費用343万0535円+軽自動車に関する費用327万2704円+自動車付属用品29万8497円+室内用車椅子78万3143円+室外用車椅子89万8322円+チェアライダー138万1870円+電動スタンダップチェアー336万5802円+椅子修理費125万2568円+介護用ベッド関連費用102万7138円+特殊シーツ11万4330円+高齢に達したときに必要となる介護用ベッド関連費用34万6020円+リフト等費用614万6004円+高齢に達したときに必要となるリフト等費用208万6582円+X2~X5の慰謝料合計1000万円+X1~X5の弁護士費用合計2300万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 9774万0582円
(内訳:治療費113万8073円+入院雑費59万1000円+付添看護費13万8000円+交通費22万6200円+休業損害416万3326円+入院慰謝料330万円+逸失利益2883万9193円+後遺障害慰謝料2800万円+将来介護費591万0408円+将来の雑費194万3148円+将来の交通費25万6497円+既に終了した自宅改造費331万7500円+近い将来必要となる自宅改造費18万5490円+自動車に係る費用144万2057円+自動車付属用品29万3929円+室内用車椅子78万3143円+室外用車椅子89万8321円+介護用ベッド関連費用44万4741円+特殊シーツ11万4330円+リフト等費用545万5226円+弁護士費用530万円+近親者慰謝料500万円)
(裁判所の判断)
医師の注意義務違反により生じた損害の額
まず、Y病院医師には平成23年4月22日から27日までのY病院入院中に、X1の臨床症状、血液検査及び画像検査などから、化膿性椎間板炎との診断をすることが可能だったにもかかわらず、X1の症状を腰椎椎間板ヘルニアによるものと誤診し、化膿性椎間板炎との診断をしなかった注意義務違反があり、これにより、X1は化膿性椎間板炎に対する適切な治療の時機を逸し、感染症が進行して敗血症、DICにまで至った結果、第4ないし第5胸髄以下完全対麻痺及び重度膀胱直腸障害の後遺障害(後遺障害別等級表1級6号相当)を負ったものであることを前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実)として判示しました。
そのうえで、裁判所は、Xらの損害額について、当事者間で争いのある項目につき判断をしました。
そのうち、X1の逸失利益については、裁判所は、X1の主な業務は、本件注意義務違反の前後を通じて事業の分析・計画等であり、第4ないし第5胸髄以下完全対麻痺及び膀胱直腸障害という後遺障害があっても、遂行可能であるといえるから、将来において、本件注意義務違反による後遺障害のために、肉体的に現在の就労を継続できなくなるとは認め難いとしました。そして、X1の平成22年度の年収385万6889円が、平成25年度には約57.79%である222万8824円に減少したのは、基本的には、本件注意義務違反による後遺障害のため修理・整備等の作業など一定の業務ができなくなったことを反映したものと考えられるとし、そうすると労働能力喪失率を90%とすべきであるとのX1の主張は、現実の収入状況を著しく軽視するものであって、採用することはできないとしました。
裁判所は、もっとも、X1の後遺障害の程度、内容に鑑みると、これを克服して就労するためには、本人の並々ならぬ努力と周囲の協力が不可欠であることは明らかであるところ、実際にも、証拠によれば、X1の勤務先である会社は、トイレに手すりを付けたり、車椅子でも動き回れるスペースを作ったりして、障害のあるX1のために配慮を行っていること、X1は、職場において、常に体調管理に細心の注意を払い、パソコン、プリンタ、FAX等が健常者用として設置されていることから事務作業に時間がかかったり他の人に物を取ってもらったりなどの不自由を克服しながら、勤務を継続していることが認められるとしました。裁判所は、そして、このようなX1の多大な努力と周囲の協力によって減収の幅が押さえられていることについて、労働能力喪失率を認定する上で全く考慮しないことは公平に反するというべきであるから、実際の減収率にほぼ相当する45%程度をもって労働能力喪失率とすべきであるとするYの主張もまた採用し難いとしました。
裁判所は、そこで、X1の後遺障害の程度及び内容、実際の減収の状況に加え、昇給昇格についても、その蓋然性まではみとめられないものの、その可能性自体は否定できないことなどを総合的に考慮して、逸失利益を算定する上で用いる労働喪失率は60%をもって相当と認めるとしました。
次に、X1の将来介護費について、裁判所は、T病院入院中に作成されたリハビリテーション総合実施計画書によれば、X1のADL(日常生活動作)評価は、階段移動につき全介助、トイレ動作、排尿管理、排便管理、車椅子駆動による移動について修正自立とされているものの、その余は完全自立とされており、自己導尿、自己摘便が可能であるとされていると指摘した上で、認定事実及び証拠によれば、X1は、基本的には、食事、入浴、用便、更衣、移動等のADLを1人で行うことができると認められるとしました。
裁判所は、もっとも、証拠によれば、Xは、体調が悪いときには車椅子の乗り降りの手助けが必要になり、X2の介助を受けることがあること、また、X1は、入浴前に浴槽のふたを取ったり、移乗台をセットしたりするなど入浴の準備と片付けは自分一人ではできず、X2に手伝ってもらっていること等が認められるから、X1が日常生活を送る上で一部介助が必要となる場面があるということができるとし、将来介護費については、日額1000円の限度で必要性を認めるのが相当であるとしました。
裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。