平成15年3月14日 東京地方裁判所判決
(争点)
- 単純乳房切除術は原告の症状には過大な措置であったかどうか
- 被告の説明について過失があったか
- 原告の被った損害額
(事案)
原告(平成4年7月当時48歳)は、平成4年5月以降、右乳房の分泌やしこりの診察・治療を目的として、被告病院乳腺外科を受診した。被告病院の医師は、病理組織診断等から、「異型を伴った乳頭部腺腫」と診断し、原告は同年7月には単純乳房切除術(乳頭を含めた全乳腺の切除)を受けた。
(損害賠償請求)
2412万8020円(12万8020円が治療費及び入院費、150万円が乳房形成費、慰謝料が2000万円、弁護士費用が250万円)
(判決による請求認容額)
120万円(うち慰謝料100万+弁護士費用20万)
(裁判所の判断)
争点1(単純乳房切除術が過大であったかどうか)について
一般には乳頭部腺腫はがん化の危険が高いとはいえないことから、部分切除にとどめることも不相当な処置とはいえない、本件病変につきこれを直ちに切除しなければならないというほどの緊急性があったとは認められないとしながらも、本件について、がん化する可能性を必ずしも否定できないこと、乳管内に造影剤を注入することが困難で遺残腫瘍の広がりの範囲を特定できないこと等から、がん化の危険を避けるために単純乳房切除術の適応があったとして、単純乳房切除術を行った医師の過失を否定。
争点2(説明についての過失)について
本件において、原告の病変については部分切除も不相当ではなく、切迫した状況にもなかったのであるから、医師は病状等を丁寧に説明し熟慮する機会を与えるべきであった。
しかし、担当医師は、病状等について「悪性と良性の境界領域」という程度の説明に終始し、部分切除の可能性についてもこれを断定的に否定し、その上で「そちらが損をするだけですからね」「再発するとがんになりますよ」「飛ぶかもしれませんよ」などとがん化の危険を殊更に強調し、原告の不安をあおるような発言をした。
担当医師の対応は、原告に単純乳房切除術を受けるか否かを熟慮し選択する機会を一切与えず、結果的に自己の診断を受け入れるよう心理的な強制を与えたものだとして、診療契約上の説明義務に違反した過失を認定。
争点3(損額)について
手術により病変のがん化による原告の生命に対する危険性を排除した限りにおいては、診療契約上の債務を履行したとして、治療費・入院費・乳房形成費は説明義務違反により原告が被った損害ではないと認定。
医師の説明義務違反により、原告は自己決定権を侵害され、精神的苦痛を被ったことを認定。乳房喪失の苦悩・説明義務違反は原告の本件病院への強い信頼が裏切られたる結果となったこと・手術自体は原告の生命に対する危険性を回避するために実施されたことなどに照らし、慰謝料は100万円を相当と認定。説明義務違反と相当因果関係のある弁護士費用は20万円と認定。