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No.398 「右腎臓摘出手術を受けた患者が術後、大量出血により死亡したのは、執刀医師による腎動脈の結紮が不十分であったことによるものとして病院側に損害賠償を命じた判決」

東京地方裁判所平成14年9月30日判決 判例タイムズ1135号242頁

(争点)

  1. Aの死因とその原因について
  2. Yの責任の有無

(事案)

平成9年2月25日、A(死亡当時76歳の男性・保険会社代理店店主及び太極拳の指導員)は、J医師の紹介により、Yの開設する病院(以下「Y病院」という)泌尿器科外来を受診し、同科の医師であったH医師の診察を受けた。H医師は、Aに対し、右腎臓に腫瘍があり、癌である可能性が高いことから、入院して右腎臓を摘出する手術が必要であると説明した。

Aは、平成9年3月4日、Y病院に入院した。術前検査を受けたところ、Aには特に手術に際して問題となる点は認められなかった。

Aは、平成9年3月11日、Y病院の医師であるB医師から本件手術についての説明を受けた後、同月12日、右腎臓を摘出する手術(以下「本件手術」という)を受けた。本件手術の執刀医はH医師、助手がC医師、D医師、B医師、麻酔担当医がY病院の外科医師であるT医師であった。

平成9年3月12日(以下、特段の断りがない限り同日のこととする)午後1時30分、Aは手術室に入室し、T医師は、午後1時40分ころから麻酔を開始した。

Aの血圧は、午後1時45分ころから上昇し、午後1時55分には240に達した。そこで、T医師は、Aの血圧を下げるため、午後1時55分ころ、フランドルテープを貼付し、降圧剤アダラートを点鼻した。T医師は、午後2時ころ、Aに対し、維持麻酔としてミオブロック(筋弛緩剤)を6ミリグラム静脈注射し、午後2時10分ころ、局部麻酔のための硬膜外麻酔剤として持続硬膜外チューブから1%キシロカイン5ミリグラムを注入した。

H医師らは、午後2時10分ころ、執刀した。H医師は、上腹部正中を縦に切開し、腹膜嚢を左側によけ、後腹膜腔に入り、腎周囲を剥離し、尿管を処理した。腎前面から腎茎部の剥離を開始した。

Aの腎静脈は、数本存在し、H医師は、腎静脈近くに怒張した静脈が存在したためこれを処理したが、これには一定の時間を要した。

腎切除の処理手順としては、腎動脈を処理した後に腎静脈を処理するのが一般的であるが、本件手術では、腎静脈がかなり強く怒張していたため、前面からよく見える腎静脈から処理した。H医師は、Aの腎静脈を遊離させて、サテンスキーをかけて結紮、切断した。Aの腎臓は腎静脈切離後、うっ血した状態になっていた。

H医師は、腎静脈切断後、腎動脈の確認を始めたが、確認開始後10分もしないうちに、腎臓に付着している太い腎静脈からの出血が始まった。H医師は、腎動脈を結紮切離すれば当然腎静脈からの出血は止むとの理由から、特にこの止血はせず、ガーゼで拭くなどして出血から術視野を確保しながら、さらに腎動脈の確認を進めた。しかし、H医師は、腎動脈の確認を始めてから20分程経過したころになっても、おおよその確認はできたものの腎動脈の一本一本を確認するまでには至らなかった。そこで、H医師は、Aの腎動脈を結紮切離するに当たっては、腎動脈周囲全体を結紮、切断するという方法を取ることにした。

また、腎動脈の結紮に当たっては、本来であれば20ミリメートル程度を露出するところ、本件手術では15ミリメートル程度しか露出せず、そのまま鉗子をかけ、脂肪等が周りについている状態で結紮した。H医師は、腎動脈を三重結紮(血管側に3本の結紮、臓器側に一本の結紮をする結紮方法)したため、露出した15ミリメートルの中に4本の結紮がされた。

H医師が腎動脈を結紮したのは午後4時10分ころであり、その後、腎周囲を剥離してから切断した。結局、Aの右腎臓が摘出されたのは午後4時40分ころであった。

午後4時50分ころ、腎臓摘出部分にJPドレーン(術創の辺りの血液、リンパ液等の液体を体外に排出するためのもので、チューブにゴム球状のものが繋がっており、チューブ側を体内へ留置し、もう片方の先端に着いたゴム球の部分を押しつぶして、引圧をかけて使用するもの)を留置して洗浄(生理食塩水を1リットルほど傷口に入れ、吸引嘴管で傷口に入れた生理食塩水を吸い出して行う)した。

H医師は、午後5時10分ころ閉腹を開始し、午後5時30分ころこれを終了して本件手術を終え、その後前立腺の経直腸的生検術を行った。

Aは、午後6時直前ころ、気管内挿管されたまま、手術室を出て、ストレッチャーに乗って手術室から病棟回復室まで運ばれた。回復室ではE看護師がAの看護を担当したが、午後6時ころ、同人はE看護師が呼びかけると反応する程度の半覚醒状態にあった。

午後6時20分ころ、F看護師は、Aがほとんど呼吸をしていないことに気付いた。T医師は、F看護師に呼ばれ間もなく回復室に到着したが、このころ、心電図モニターによればAの心拍数は30/分程度で、血圧は低下し、既に測定不能の状態であった。Y病院医師らは、Aに対し、人工呼吸、心臓マッサージ等救命措置を開始したが、午後6時40分、Aの心拍数が0になった。

Y病院では、Aに対し、午後6時55分ころ、体外心ペースメーカー処置を行った。ペースメーカーにより、Aの心拍数は92/分に保たれたが、血圧、脈拍は依然として測定不能であった。

Aの容態は、以後、回復することはなく、平成9年3月13日、Aは死亡した。Y病院は、死因は急性心筋梗塞であると判断してAの家族に説明した。

Xら(Aの相続人である妻と3人の子)は、Aの死因は、Y病院医師が、腎臓摘出に当たって血管の結紮を不十分にし、さらに術後管理を怠り、高血圧が続いたため、結紮部分からの大量の出血が生じ、失血死あるいは出血性ショックを引き起こしたことである等として、Yに対し、医療契約の債務不履行に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
6178万0425円
(内訳:逸失利益2278万0425円+慰謝料3000万円+葬儀等の費用150万円+弁護士費用750万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
4009万5000円
(内訳:逸失利益1499万5000円+死亡慰謝料2000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用360万円)

(裁判所の判断)

1 Aの死因とその原因について

裁判所は、解剖時にAの腹腔内には1000ミリリットルの血液が存在し、本件手術後JPドレーンから200ミリリットルの血液と200ミリリットルの液体が廃棄されていたこと、回復経過表には、JPドレーンの廃液量は400ミリリットルにとどまらず、「400+α」との記載がされていることなどから、本件手術後、Aの腹部から1400ミリリットルを超える量の出血(以下「本件出血」という)があったと認定しました。

そして、血圧の変化状況、午後6時20分以降出血が起きる事情が生じていないことなどから、午後6時5分過ぎころから午後6時20分の間に、本件出血の大部分(1200ミリリットル以上)が生じたと認定しました。

本件出血の原因について、Aを司法解剖したS教授は、腎動脈の結紮が甘かったこと、他に出血の原因となるものは見当たらなかった旨証言していることや、

(1)
H医師は、本件手術において怒張した腎静脈を見つけ、腎静脈の結紮切離を先行させることにしたものの、腎動脈を探している間にうっ血した腎臓から腎静脈を通じて大量に出血したため、腎動脈の結紮を急がなければならなかったこと
(2)
H医師は、約20分かけてAの腎動脈を確認しようとしたが、ついに腎動脈の一本一本を覚知するまでには至らなかったこと
(3)
そこで、H医師は、腎茎部を覆う脂肪を残したまま、その上から結紮したこと
(4)
結紮部分は通常20ミリメートル要するところを、本件手術においては15ミリメートルで行ったこと
(5)
その15ミリメートルの中で、三重結紮にするために4箇所で結紮を行ったこと
(6)
腎静脈を先に結紮切離したため、腎臓自体はうっ血しており、腎動脈もその影響を受け、相当程度張っていたこと

などから、H医師の腎動脈のAに対する結紮は不十分であったと判断しました。

そして、

(1)
Aの血圧は、本件手術後上昇を続け、午後5時30分に85であったものが、午後5時40分には100、午後5時50分には135、午後6時には163、午後6時5分には188、ついに午後6時5分直後ころには230を超え、その直後ことから一転して血圧は下降に転じ、午後6時10分には186、午後6時15分には167、午後6時20分には測定不能となったこと
(2)
腎動脈には毎分500ミリリットルから600ミリリットルの血液が流れること
(3)
午後6時5分から午後6時20分までの間の約15分間に1400ミリリットルを超える量の血液の大部分(1200ミリリットル以上)が出血していること

が認められ、これら認定事実に照らすと、本件出血は、H医師による腎動脈の結紮が不十分であったために、術後の高血圧によって血液が弛緩箇所から出血したものと認定しました。

さらに、Aの死因が本件出血によるものか否かについて、裁判所は、

(1)
解剖所見によれば、Aの死亡時の貧血状態は、生死の境ともいうべきものであったこと
(2)
本件出血が大量かつ急速なものだったこと
(3)
本件手術中、大量の輸液、輸血がされ、血圧も手術中大きく変動しており、本件手術によるAの身体への負担は過大となったこと
(4)
H医師もAの予後は要警戒の部類に入ると認めていること
(5)
午後8時40分の血液検査記録によると、Aの血中ヘモグロビン濃度が非常に低い値であること
(6)
Aの容態急変後の午後7時ころにAに対し輸血が行われていること
(7)
Aは本件手術時、76歳と高齢であったこと

から、Aの死因は、本件出血によるものであると判断しました。

以上から、Aの死因は本件出血によるものであって、その原因はH医師の結紮不十分による腎動脈からの大量出血であったと認定しました。

2 Yの責任の有無

裁判所は、まず、手術に当たる医師は、術創部を結紮する際には、結紮を十分にしなければならないことは医師として当然の責務であると判示しました。特に、本件手術においては、

(1)
腎動脈という大血管を結紮したこと
(2)
Aは手術室入室後、血圧が240まで上がるなど、血圧が変動しており、術後相当の血圧の変動が起きることが予想できたこと
(3)
一般に、手術後は疼痛等のため高血圧になりやすいこと

等の事情からすれば、H医師は、Aに対し、術後の血圧変動にも耐えうる十分な結紮をしなければならなかったことは明らかであるとしました。

しかるに、H医師は、本件手術において、

(1)
腎動脈を探している間にうっ血した腎臓から腎静脈を通じて大量に出血させたため、腎動脈の結紮を急がなければならなかったこと
(2)
腎動脈一本一本を覚知するまでは至らず、そのまま腎茎部を覆う脂肪を残したまま結紮したこと
(3)
三重結紮をする際、結紮部分に通常20ミリメートル要するところを、15ミリメートルで行ったことが認められると指摘し、本件手術における腎動脈の結紮は、腎静脈からの出血により、困難なものとなったこと

が認められるが、そもそも当該出血はH医師が自ら招いたものというべきであると判示しました。

なぜなら、腎静脈結紮切離を先行すれば、腎臓がうっ血し、腎臓及びその周辺部からの出血が予想されること、腎静脈切離後、腎動脈結紮前にいたずらに時間を費やせば、腎臓周辺からの出血の可能性はさらに高くなることが容易に推認することができるからであるが、それにもかかわらず、H医師は、腎静脈切離後、腎静脈の確認に着手したと指摘しました。

腎動脈を先に確認しておくことは必ずしも困難でなく、また、腎臓摘出手術の常道である(このことはH医師自身が認めている)としました。裁判所は、H医師は、自ら招いた術視野付近の出血の下、前記(2)、(3)のとおりの不十分になりやすい結紮方法を選択したのであり、H医師がAの腎動脈の結紮を不十分にしたことについて、H医師に義務違反があったと認めるのが相当であると判断しました。

結紮を不十分にしたH医師の行為は、Yの本件医療契約上の債務不履行と評価されるべき事実であると認定しました。

以上により、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年1月10日
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