東京高等裁判所平成元年12月13日判決 判例タイムズ729号196頁
(争点)
- 脱臼骨折部位を徒手整復した上で整復部を保持し転位が生じないように患部を十分に固定すべき義務に違反した過失の有無
- レントゲン撮影による経過観察を行い、その結果判明した症状に対応した治療を実施すべき義務に違反した過失
(事案)
昭和53年1月20日、X(事故当時、有限会社の代表取締役であった76歳の男性)は路上を歩行中転倒した。Xは、同日午前9時59分ころ、救急車でY医師の病院に搬入されて入院した。
Y医師がレントゲン撮影による検査をしたところ、Xは右大腿骨骨折(右膝関節上部骨折)、右両下腿骨骨折(右膝関節内の脛骨骨折と右腓骨骨折)、右足関節脱臼骨折の多発性骨折が確認された。
Y医師は、同日、Xの右大腿骨骨折、右両下腿骨骨折及び右足関節脱臼骨折の各骨折部全体について骨盤部から足先までギプス固定をし、さらに、翌21日、T医師と共同して上記各骨折部全体について新たにギプス固定をやり直し、その後ギプス包帯に緩みが生じないよう経過の観察を続けた。
その結果、右大腿骨、右両下腿骨の各骨折部は良好に癒合した。
なお、Xの右足関節脱臼骨折は、外顆及び後顆の各骨折に脱臼を伴うもので、ラウゲ・ハンセン分類(骨折や靱帯損傷の見落としなどを防ぐために現在世界中でよく用いられる分類法で、骨折の起こり方と損傷部位を相関して観察するもの)の回外・外旋損傷のⅢ型といわれるものであるが、昭和53年1月20日当時、上記脱臼は、脱臼しているかいないかの判断も難しい程度の僅かなものであり、これに対し徒手整復術を加える必要性があるとは判断できないものであった。
同月28日、Y医師、M医師(T大学整形外科教室の助教授であり、月1、2回の割合でYの病院に診察に来ていた)、T医師の3人で検討した結果、Xの負った右足関節脱臼骨折について、観血療法を行わず、Xの右大腿骨骨折及び右両下腿骨骨折に対するのと同様にギプス固定による保存療法を採用し、Xが、同年5月28日、U整形外科に転院するまので間約4ヶ月間にわたり保存療法を継続した。
なお、この間の同年4月14日、レントゲン検査の結果、脱臼部分が後方へ転位していることが判明した。
Xは、U整形外科において、同年5月30日、右足関節固定手術を受け、その結果、Xの右足関節は固定された。
Xは、49歳位のときに右股関節結核に罹って右股関節固定手術を受けたため右股関節強直、右下肢短縮5cmの後遺障害が残り、身体障害者第二種四級の認定を受けていた。
しかるに、Xは、本件転倒事故により上記のような多発性の骨折による傷害を負い、また、特に右足関節については、上記のとおり固定手術を受けたため、上記の後遺障害に加えて、新たに右足関節機能全廃、右膝関節機能障害、右下肢短縮8cmの後遺障害が生じ、身体障害者第二種三級の認定を受けた。
そこで、Xは、右足関節脱臼骨折について漫然と4ヶ月も保存療法を継続せずに観血療法を実施すべき義務に違反した等の過失があるとして、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求をした。
原審(浦和地方裁判所昭和59年10月31日)は、Xに多発骨折の受傷後にみられる合併症である脂肪塞栓の発症が強く疑われ、これが致命的な合併症に発展する危険性が認められたこと、Xに、高度の外傷後にしばしば生じる重篤な合併症であるストレス潰瘍の発症が強く疑われ、しかもこの合併症は高度になると出血により死亡する危険性があること、Xは当時満76歳の高齢であり、体力的に衰弱しており、手術による侵襲がXの肉体に与える影響は大きいと認められたこと、Xに観血療法を行うことは生命の危険を伴うと認められたこと、他方、昭和53年1月28日の時点では、Xの右足関節部の骨折は僅かに後方に転位している程度であり、あえて生命の危険を冒してまで観血療法を行うべき骨折の状態ではなかったと認められたことなどから、Xに対し観血療法ではなく保存療法を採用したのは相当であったとして、Yの過失を認めず、請求を棄却した。
そこで、Xは、保存療法を実施するとしても、「脱臼骨折部位を徒手整復した上で整復部を保持し転位が生じないように患部を十分に固定すべき義務に違反した過失」及び「レントゲン撮影による経過観察を行い、その結果判明した症状に対応した治療を実施すべき義務に違反した過失」がある等との主張を追加して控訴した。
(損害賠償請求)
- 原審での患者の請求額:
- 1500万円
(内訳:治療費1230万円+慰謝料500万円の内金)
(裁判所の認容額)
- 原審裁判所認容額:
- 0円
- 控訴審での患者の請求額:
- 1500万円
(内訳:入通院慰謝料200万円+後遺障害慰謝料800万円+逸失利益989万7238円の内金) - 控訴審裁判所の認容額:
- 400万円
(内訳:入通院慰謝料100万円+後遺傷害慰謝料300万円)
(裁判所の判断)
1 脱臼骨折部位を徒手整復した上で整復部を保持し転位が生じないように患部を十分に固定すべき義務に違反した過失の有無
この点につき、裁判所は、昭和53年1月20日及び同月21日の時点においては、Xの右足関節の脱臼はその有無が判然としない程の僅かなものであったのであるから、Yが脱臼骨折部についてギプス固定をした際、徒手整復術を施さなかったとしてもこれを過失があったと非難することは相当でないと判示しました。
また、Xの右足関節脱臼骨折は、ラウゲ・ハンセン分類のⅢ型に属するものであって、整復とギプス固定による保存療法を実施しても後方に転位する可能性が高く、非観血的に転位を十分に防止することが困難なものであり、また、Xの右足関節脱臼骨折に合併して多発した各骨折部の転位等に対して配慮すると、足関節部の転位を防止しやすいギプス固定姿勢を確保することが困難な状況であったというべきところ、Yは、控訴人の右足側に発生した各骨折全部について、その転位を防止するため適宜に通常の方法でギプス包帯固定を実施し、以後もその固定力が低下しないよう経過を観察し、大腿骨、両下腿骨の各骨折部については良好な癒合があり、これを治癒させているのであるから、Yの施行した控訴人の右足関節部に対するギプス包帯固定が不適切、不完全であったとまで断定することはできないと判示し、Yの過失を否定しました。
2 レントゲン撮影による経過観察を行い、その結果判明した症状に対応した治療を実施すべき義務に違反した過失
この点について、裁判所は、Yは、Xの右足関節脱臼骨折部に保存療法を実施し、継続するについて、少なくとも、ギプス包帯の直前と直後の各1回を含めて受傷後2、3週間以内に3回位、その後約1か月毎に1回程度、患部をレントゲン撮影して関節面の整合状態を点検、観察し、2週間以内位に右脱臼骨折部の転位を発見したときは、直ちに、一旦ギプス包帯を取り除き、できるかぎり、転位した骨片を元の正常な位置に戻すよう徒手整復術を施行して再びギプス固定をやり直すべき注意義務があったにもかかわらず、転位の発生を軽視してその後のレントゲン撮影による経過観察を怠り、右の整復、再固定の治療措置を行わなかった過失があり、そのためXに右足関節の機能障害が生じたというべきであるとしました。
以上より控訴審裁判所は、上記の控訴審裁判所の認容額の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。