東京地方裁判所平成13年5月24日判決 判例タイムズ1127号224頁
(争点)
- 予防接種とX1の本件症状との間の因果関係の有無
- 予防接種を担当した医師につき、国家賠償法上過失があるか否か
(事案)
A小学校6年在学のX1(X2およびX3の長女)は、昭和58年11月8日(以下、「本件第1回予防接種」という。)及び同月18日(以下、「本件第2回予防接種)という。)の2回、同小学校において市長が予防接種法6条に基づき国の機関委託事務として実施したインフルエンザワクチンの予防接種(以下、「本件予防接種」という。)を受けた。
X1は、正常分娩により出生し、乳幼児期にも大きな病気はなく、昭和52年4月にA小学校入学後も毎年運動会でもリレーの選手になるなど健康であった。昭和58年9月当時の身長は154.1㎝、体重は40.5㎏で、同年4月から11月まで学校を欠席したことはなかった。X1は、本件予防接種以前に多数回のインフルエンザ予防接種の経験があったが、これまで何ら異常は認められなかった。
昭和58年11月8日、本件第1回予防接種を受けた後、X1に感冒様症状が出現したが、発熱がなかったので、同月18日に本件第2回予防接種を受けたところ、同月下旬ころ、顔色が悪くなり、朝の寝起きが悪くなる、朝食をあまり摂りたがらない、足が思うように動かず小走りになるような感じになる、食事をするときにこぼしてしまい、思うように口に持っていくことができなくなるとの症状が出現した。また、表情が乏しくなり、そばを食べる時両眼を大きく見開く等の動作が出現し、歩行時前傾姿勢で右下肢を外側に回すようにして前進するようになり、朝のジョギングを休むようになった。そして、同年12月初めからふらつきが生じ、学校で席を立たなくなり、同月14日には学校で足がもつれて階段から落ちた。
同年中旬ころ、X1は焦点が定まらない目つきをするようになり、首を左へ振り、自分で止めようと思っても止まらなくなった。また、眼裂が以前よりも広がり、とりわけ何かを凝視しようとする時、まぶたの収縮力が瞬時的に増大する症状が出現した。そして、X1は、自分でまつげを全部抜き、痛みは感じないと答えた。ただし、意識は清明であった。
X1の母親であるX3は、同年12月20日に小学校の担任教諭から、X1が余り動かなくなり、立つときは友達が手を貸したりするなど、授業中の態度がおかしいので病院で診察を受けるように勧められた。なお、そのころX1には、チック様に左方向に頭を回旋する動きも見られた。
同日、X1はN医院を受診したところ、X1には歩行障害等の異常が発生しており、N医院における診断は、チック症であった。
X1は翌21日にN医院の紹介でS小児医療センター(以下、「小児医療センター」という。)を受診し、同月23日から28日まで小児医療センターに入院した。X1の入院時の症状としては、頭を動かさずに眼を動かすことが難しいなどの眼球運動異常、片足立ちができなくなる、膝が他の側に広がる等がみられた。
その後、X1は同センターに昭和59年2月1日まで通院して検査と経過観察を受けたが、昭和58年12月29日ころから手を貸さないと歩けないという症状、同月30日に食物を口に正確にもっていくことができない、字や画は少し書きづらいと訴える症状、昭和59年1月4日ころに複視を訴える症状、うつ状態、自分で自分のことをしないなどの甘えの症状、同月15日ころ四つ這いでも転ぶようになるとの症状、同月20日ころから物事にあきやすくなり、考えることをしなくなるとの症状が観察された。さらに、同月25日ころ、X1はおかしいこともないのに笑うような表情をすることが多くなり、手が自分の思うように動かないため、食事を余りしなくなり(その結果、体重も33㎏位に減少した。)、また、発声は単語のみとなった。
他方、CT、知覚、脳波等の諸検査結果には異常所見は認められず、髄液細胞数は3分の9と正常であった。同センターにおいては、X1は神経症(チック症)として経過をみたいとの診断がされた。
X1は、昭和59年2月7日から昭和60年1月8日までT大学病院に入院した。同病院の初診時当時、頭が垂れて体幹が屈曲しており(淡蒼球姿勢)、不随意運動として頭を左右に振る症状があり、眼裂が広くなるなどの症状がみられた。また、両眼球の上向き運動に障害があり、水平の眼球運動障害が認められた。
他方、同病院入院10日目以降パルス・メチルプレドニソロン療法等を行ったところ、X1の食欲不振は治療開始後すぐに改善された。広くなった眼裂は変化しなかったが、顔の固い表情は良くなり、座っている状態、また立っている状態での軀幹の著しい屈曲は完全に消失はしなかったが幾分軽快した。
X1は入院後約3ヶ月経った時点では車椅子なしには移動出来ない状態となり、昭和59年4月ころから振戦を発症し、同年8月ころから、身体全体を突っ張るような症状が現れ、寝返り等の日常動作が不能で寝たきりの状態になり、両眼球の水平方向追跡運動はほとんど不可能となり、自発的言語活動はほとんどなくなった。もっとも、同年4月ころにはうつ状態が解消し、同年8月ころには、四肢運動のスムーズさが幾分向上した。また、昭和59年前半ころ、X1には知能低下が見られた。同病院では、X1につき、異常眼球運動と小脳症状を伴う錐体外路障害と診断した。
X1は、昭和60年1月11日から12月13日まで、J医院に入院した。同医院における診断は症候性ジストニアであった。
同年12月13日から昭和61年5月26日まで、X1は、K病院に入院した。同病院において、X1は、インフルエンザ予防接種後に行動異常で発症し、亜急性に症状が進行し寝たきりとなった原因不明のジストニア患者と診断された。X1は、平成元年10月11日から同月25日まで及び平成5年7月12日から同月14日まで、J医院に入院し、検査を受けた。
X1は、その後自宅において療養を続けているが、上肢・下肢の機能障害により寝たきりの状態であり、また、言語障害が強く、会話による意思疎通は不可能な状態にあって、日常生活全般につき、X2、X3による全面介護を必要としている。
そこで、Xらは、X1がインフルエンザワクチンの予防接種の副反応により重度の心身障害者となったなどと主張して、Yに対し、国家賠償法一条1項に基づき損害賠償等の支払を求めた。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 1億6598万2587円
(内訳:逸失利益6777万1375円+介護費用7082万3505円-損益相殺2770万1619円+本人の慰謝料3000万円+両親合計慰謝料1000万円+弁護士費用1508万9326円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 1億1689万6389円
(内訳:逸失利益円4633万9204円+介護費用5665万8804円-損益相殺2770万1619円+本人の慰謝料2500万円+両親合計慰謝料600万円+弁護士費用1060万円)
(裁判所の判断)
1 予防接種とX1の本件症状との間の因果関係の有無
裁判所は、発症の経過及び症状等に照らすと、本件予防接種後に発症したX1の本件症状は、本件予防接種を原因とするアデム(急性播種性脳脊髄炎《急性散在性脳脊髄炎》。主として発疹を呈するウィルス感染後又はワクチン接種後に見られる脳脊髄炎で、脱髄疾患に分類されている。脳や脊髄を散在性に急速かつ単相性に侵す炎症性疾患)ないしアデムと同様の遅延型アレルギー反応を原因とするものと推認されると判示しました。
そして、X1は本件予防接種まで非常に健康であったところ、本件予防接種から数週間して発症していること、X1の本件症状は本件予防接種を原因とするものと考えることが医学的に可能であること(本件において右可能性を否定するに足る事情は存在しない。)、他方、X1の本件症状について他に医学的に有力な原因が見当たらないことなどを総合すれば、X1の本件症状と本件予防接種との間の因果関係の存在が推認されると判断しました。
2 予防接種を担当した医師につき、国家賠償法上過失があるか否か
裁判所は、予防接種によって重篤な後遺障害が発生した場合には、予防接種実施規則四条所定の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが、禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定するのが相当である(最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決)と判示し、本件では、そのような特段の事情を認めるに足る証拠はないから、X1は本件予防接種当時予防接種実施規則四条の禁忌者に該当したものと推定されるとしました。
次に、予防接種を実施する医師が予診としての問診をするにあたっては、予防接種実施規則四条所定の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条掲記の症状及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある(最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決)ことを指摘しました。
その上で、本件第1回予防接種において異常記載ありとされ、問診医による予診を受けた児童は84ないし126名程度であり、右児童1名に費やされた予診の時間は多くとも43秒ないし64秒程度、本件第2回予防接種において異常記載ありとされ、問診医による予診を受けた児童は74ないし111名程度であり、右児童1名に費やされた予診の時間は多くとも32ないし48秒程度にすぎないものであること(なお、「異常記載なしの児童」についても簡単な問診を受けさせていた可能性があり、そうすると、児童一人当たりに費やされた予診の時間は更に少なくなるものである。)、本件で接種担当医が具体的にどのような内容の予診をしたかは不明であること(国は、適切な問診、予診が尽くされたはずであると抽象的に主張するだけである。)、前記のようにX1は予防接種の禁忌者に該当していたと推認されることなどからすると、本件予防接種において、接種担当医は、予防接種実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったため、その識別を誤って本件予防接種を実施したものと推認されると言うべきであるとしました。
そして、その結果接種対象者であるX1はその異常な副反応により罹病したのであるから、接種担当医はその結果を予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定されると判断し(前掲最高裁判決参照)、そのことから裁判所は、本件では、接種担当医には過失があるというべきであると判示しました。
以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。