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No.388 「前立腺肥大症により経尿道的前立腺切除術を受けた患者に尿失禁等が発生。術後の出血に対する経尿道的凝固止血術の際、医師が外尿道括約筋を損傷した過失があるとした地裁判決」

横浜地方裁判所川崎支部平成12年3月30日判決 判例タイムズ1101号232頁

(争点)

医師が外尿道括約筋を損傷した過失の有無

(事案)

平成3年8月24日、X(妻子がおり、稼働している男性)は、Y医療法人の経営する病院(以下、「Y病院」という。)泌尿器科でH医師の診察を受け、1年前から残尿感、頻尿、排尿困難、排尿力の低下があり、前日飲酒後に頻尿が増悪したなどと訴えた。H医師が、Xに対し、前立腺の直腸触診をしたところ、軽度の前立腺肥大症が認められたが、尿検査では尿糖があるものの、白血球、赤血球は認められなかった。H医師は、前立腺炎の併発を疑い、Xに対し、前立腺マッサージを行ったところ、前立腺分泌中に白血球の出現を認めたため、慢性前立腺炎と診断し、抗菌剤と前立腺肥大症治療薬及び胃薬を処方したが、同年9月7日の診察時、頻尿が軽快しなかったので、前立腺肥大症を中心とする投薬に変更した。

同月25日、腹部エコーの結果、Xの前立腺の推定重量は55.8グラム(通常は20グラム程度)であり、尿流量測定の結果、最大尿流量は毎秒7.3ミリリットル(正常値は毎秒15ミリリットル以上)であった。H医師は、早晩尿閉を来す可能性が大であり、抗男性ホルモン剤による治療は長期にわたり十分な効果が期待できず、副作用の可能性もあるとして手術療法の適応と判断した。

同年11月19日、静脈性尿路造影が実施されたところ、Xの膀胱内に大きな前立腺の腺腫の突出が認められたが、上部尿路には異常は認めなかった。また、逆行性尿道造影を行ったところ、前立腺部尿道の延長、膀胱内への腺腫の突出が著しく、中葉肥大型で、前部尿道(尿道球部)に膜様の狭窄が認められた。H医師は、尿道拡張術(金属製の尿道ブジーを尿道の先端部分から前立腺の部分まで挿入して、狭窄している尿道を物理的に広げるもの)により治療可能と判断した。

そして、H医師は、同日、Xに対し、前立腺肥大症は上記のとおり大きく、内服治療薬などの保存的治療では効果が期待できず手術療法の適応にあること、開腹手術と内視鏡手術があるが、腹部に傷を付けず、再度の肥大に対する再手術が容易である点で内視鏡手術が有利であり、現在では内視鏡手術が主流で、開腹手術はよほど巨大な前立腺肥大症の場合や膀胱内に開腹操作が必要な場合に行われること、麻酔は腰椎麻酔か硬膜外麻酔の下半身麻酔で麻酔科医に一任していること、手術の所要時間は順調な場合には2時間ほどであることなどと説明した。

同年12月5日、Xは前立腺肥大症により経尿道的前立腺切除術(TUR―P)(以下、「本件第1手術」という。)を受けた。同日午後0時50分(以下、手術経過については、時刻のみを表示する。)に手術室に入室し、午後1時、E医師により腰椎麻酔が投入され、午後1時30分から尿道拡張術が実施された。本件で用いられた手術用の内視鏡の直径は26フレンチであったところ、H医師は、16から27フレンチ(1フレンチは3分の1ミリ)までXの尿道を拡張し、午後1時53分から内視鏡を用いて本件第1手術を開始し、前立腺の切除に当たっては、まず、右葉及び突出した中葉を切除し、続いて左葉を切除した。午後2時15分、Xが痛みを訴えたため全身麻酔に切り替えた。

術中、膀胱内の突出が非常に強く、内視鏡操作が自由に行えない状態であり、また、本件第1手術の際、前立腺部の12時方向で頸部寄りの部分にニアーパーフォーション(穿孔しかけた箇所)が確認された。また、術中のXの出血が多く、これを補うために午後3時20分、午後3時32分、午後4時に濃厚赤血球各1単位(130cc)の合計3単位の輸血を実施した。また、午後4時の段階でXのナトリウム値は125となっており、低ナトリウム血症を発症した。

そして、合計37グラムの腺腫を切除し、午後4時35分、止血状態を確認して内視鏡を抜き、バルーンカテーテルを挿入し、これを留置して手術を終了し、午後5時20分に麻酔を切り、Xは、午後5時45分ころ、帰室した。

なお、H医師は、手術終了時に膀胱を洗浄し、洗浄液の色や血尿の度合いを確認したが、この段階では特に出血等の異常はなく、尿路確保のためバルーンカテーテルを留置し、膀胱内に生理食塩水を充満させて排尿状態を確認したところ、尿漏れはなかった。

Xは、帰室したものの、その直後、血尿が出現して出血が生じ、午後5時57分の血圧は62(最大血圧。以下同じ。)となり、ショック状態になったとして、昇圧剤や補液が行われ、午後6時5分には110台に回復したものの、午後7時過ぎから血圧が100を切って下がり始めた。H医師はステロイドなどを投与し、バルーンカテーテルを50から100ミリリットルに膨張させて牽引したが、血は止まらず、濃厚赤血球合計4単位を追加して輸血した。H医師は、再度内視鏡を挿入して経尿道的凝固止血術(TUC)(以下、「本件第2手術」という。)を実施するため、午後7時55分、Xを手術室に移した。

午後7時55分の血圧は最大血圧が82、最小血圧が50で、顔面蒼白で、冷感、疼痛があり、午後8時、全身麻酔を導入した上、午後8時5分、濃厚赤血球1単位の輸血を開始し、バルーンカテーテルを抜去後、エリックにて膀胱内の血塊を除去し、午後8時20分、ブジーを用いずに内視鏡を挿入して、本件第2手術を開始した。内視鏡の再挿入の際には、顔面蒼白や冷感があったほか、尿道狭窄部の抵抗が強く、内視鏡を挿入しにくい状態であり、見通しが悪かった。

内視鏡を挿入したところ、膀胱内に血液の塊が多量にあり、また、本件第1手術時に確認された位置とほぼ同じ前立腺部の位置に直径5ミリメートルから1センチメートル程度の脂肪組織が露出した穿孔が認められた。その後も、出血が続いたため、午後8時30分、午後8時50分、午後9時10分、保存血各1単位の輸血が追加された。H医師は、午後9時25分、本件第2手術を終了させ、内視鏡を抜去した。

内視鏡を抜去後、H医師は、スタイレットを用いてバルーンカテーテルを挿入しようとしたが、これが入らなかった。

そこで、H医師は、再度内視鏡を挿入しようとしたが、この段階では内視鏡で観察しても尿道内腔が確認できず、副尿道形成を疑わせるほど高度の尿道損傷が見られたため、内視鏡の再挿入も出来ず、しかも、午後9時30分、Xの血圧は60、70台まで下がり、下腹部や陰嚢には灌流液(ウロマチック)が大量に貯留していたため、尿道形成開腹手術(以下「本件第3手術」という。)が必要であると考えた。

午後9時50分、H医師が要請したS大学講師のS医師の執刀により、Xに対して、開腹手術が行われ、同時刻に保存血の輸血1単位が追加された。全身麻酔下で下腹部正中切開による手術(腹膜外手術)が行われ、電気メスで膀胱を一部切開したが、恥骨付近は灌流液により水っぽく、前立腺は右上面で数ミリメートル穿孔しており、その上部の脂肪組織より若干の出血が見られ、動脈性の出血は確認出来なかった。被膜穿孔は右一箇所にしかなく、同所を縫合止血したほか、出血点を把持して止血し、午後10時15分に濃厚赤血球1単位の輸血が追加され、逆行性に16フレンチのバルーンカテーテルを留置しようとしたが、前立腺部(膀胱頸部)、膜様部には挿入できたと思われたものの、前部尿道に挿入できず、午後10時30分、会陰部を切開して、狭窄部の修復を行い、午後10時40分、濃厚赤血球1単位を追加して輸血し、午後11時13分、尿道口から16フレンチのカテーテルを挿入して外に出した後、22フレンチのスリーウェイカテーテルを順行性に留置し、尿道粘膜を縫合し、再度前立腺被膜の止血を行い、膀胱内に22フレンチのバルーンカテーテルをもう一本留置し、被膜、膀胱粘膜を縫合するなどして、会陰部と腹部より尿道形成(牽引通過手術)をし、翌5日午前0時15分に洗浄の上、午前0時20分、保存血の輸血1単位を追加し、午前0時25分ドレーンを挿入した。

そして、午前0時45分、止血を確認して手術を終了し、午前0時50分に覚醒抜管の上、Xは、午前1時10分帰室した。

Xは、本件第1手術、本件第2手術及び本件第3手術(以下、総称して「本件各手術」という)の後、数日間の間手足を縛られた状態で、酸素マスクの装着や輸血などの治療を受けていたが、同年12月9日には歩行を開始し、その後、腹部のドレーンを抜去された。そして、同月26日、尿道に留置されたカテーテルを抜去したところ、尿失禁状態となった。

H医師は、Xにスピロペント及びプロパンサインを処方し、その原因として、3週間のカテーテル留置によるものか、あるいは尿道括約筋を手術で損傷したことによるものかと疑った。

そして、Xは、同月28日には、肛門括約筋を締める練習(骨盤底筋の訓練)を促され、これを実施したところ、尿失禁が一時止まることもあったが、その後も尿失禁は継続した。

Xは、平成4年1月7日の尿道造影検査の結果、前部尿道の一部に狭窄が見られ、尿道拡張術等を受けた。その後、尿はスムーズに出て、痛みはなくなった。Xは同月11日にY病院を退院した。

Xは、同月17日朝から、尿閉状態になり、Y病院でH医師の診察を受け、バルーンカテーテルにより約400ミリリットルの導尿をした。その際、入院前の尿道狭窄とほぼ一致すると思われる部位に狭窄が認められた。

同月18日、尿道周囲より出血があったが、バルーンカテーテルが抜去され、尿道拡張術が施行された。

その後も尿失禁の継続が見られた。

同年6月23日には、膀胱部単純撮影、尿道造影が行われた結果、H医師は、「やはり括約筋やられているか。」とカルテに記載し、外尿道括約筋の損傷を疑った。

Xは、その後もY病院に通院し、尿失禁が継続している旨訴え続け、内科的治療を続けていたが、平成5年2月27日、Y病院での治療を打ち切った。

Xは、Y病院への通院と併せて、平成4年1月27日以降、尿失禁を訴えてB病院にも通院し、尿道拡張術を続けるとともに、投薬治療を受けたが、尿失禁、膿尿が続いていた。

B病院のK医師は、人工尿道括約筋埋込術の適応と考え、平成5年8月25日、b大学病院のF医師にXを紹介した。F医師は、同日、b大学病院においてXを診察した結果、TURP、開放手術後の全尿失禁と考え、尿道狭窄が安定するのを待って人工尿道括約筋埋込術(AMS800)を行うことにした。Xは、同年9月10日以降、F医師の指示によりb2大学病院に通院し、F医師らの治療を受け、同月14日、尿道狭窄部位が3か所あったため、前部尿道形成術を受け、その後は、尿道狭窄に対する治療のため、定期的にバルーン拡張術を受けた。

F医師がD病院に勤務するようになったので、Xは、平成6年4月12日以降は、D病院で治療を受けた。同年9月7日、検査入院の結果、F医師はXの尿失禁は括約筋の損傷による完全尿失禁であるとの確定診断を行い、その旨Xに説明した。

平成7年2月14日、XはF医師により、AMS800というシリコン製の人工尿道括約筋(シリコンゴムを主材料とするカフを機械的に収縮・緊張させることにより括約筋と同じ動きを行わせ、陰嚢に埋め込まれたポンプを操作して排尿をコントロールするもの)の埋込術を受けた。

上記埋込手術の結果、Xの尿失禁は、若干漏れることがあるものの、パットを当てることもなくなり、平成9年4月の段階では勤務に支障がなくなった。

そこで、Xは、診療契約の履行補助者である医師に外尿道括約筋を損傷した過失があると主張して、Yに対し、診療契約上の債務不履行に基づき、治療費、慰謝料等の請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
2000万円
(内訳:治療費、慰謝料など合計4970万4778円の内金。詳細不明)

(裁判所の認容額)

認容額:
911万円8999円
(内訳:治療費168万8662円+紙おむつ等雑費8万3617円+入通院交通費4万6720円+慰謝料630万円+弁護士費用100万円)

(裁判所の判断)

医師が外尿道括約筋を損傷した過失の有無

裁判所は、まず、本件各手術により外尿道括約筋が損傷されたことが原因で尿失禁が生じたと認定しました。

次に、本件各手術のどの時点において外尿道括約筋が損傷されたかについて、その手技から見て、どの時点においても、外尿道括約筋が損傷される可能性が一応考えられるとしました。

その上で、本件第1手術においては、膀胱内の突出が強く、内視鏡操作が自由に行い得ない状態で、手術時間も当初の想定を超えるものであったとはいえるものの、本件第1手術の終了時点では、灌流液の溢流等は確認されておらず、色調も清明な状態で、また、念のため膀胱に生理食塩水を充満させ、腹部を押して手術後の排尿状況を確認したが尿失禁はなかったこと、手術経過においても、本件第1手術中、特に外尿道括約筋の重度の損傷を疑うような手技が行われた形跡がなく、F医師は、本件第1手術中に、外尿道括約筋が損傷された可能性は重視しなくてもよく、また、手術後に行われたバルーンカテーテルの牽引では、外尿道括約筋が軽度に損傷する可能性があり得るにすぎないと証言していることからすれば、本件第2手術が実施されるまでの間に外尿道括約筋の重度の損傷が起こったと考えるのは困難であるといわざるを得ないとしました。

これに加えて、

  • 止血目的の再手術では、本件第1手術よりもさらに視野不良の中で行われるので、外尿道括約筋を損傷する可能性は大きいといえること
  • 本件第2手術においては、内視鏡の挿入がしにくく、その視野も悪かったもので、同手術終了の段階においては、前部尿道の損傷が激しく、バルーンカテーテルの挿入すら出来ない状態となり、内視鏡による尿道内腔の確認も内視鏡の再挿入もできない事態に至ったもので、血圧も60、70台まで下がり、下腹部及び陰嚢に大量の灌流液が流入し、尿道形成や灌流液のドレナージのため開腹手術の実施をせざるを得なくなっていること
  • F医師も本件第2手術あるいは開腹手術時のいずれかによって外尿道括約筋が破壊されたのではないかと証言していること
  • F医師は、灌流液の溢流が判明した時期やその程度(量が多く、下腹部にまで浸潤していること)からすれば、本件第2手術における止血操作により尿道が損傷し、尿道内腔の確認や尿道の把持もできなくなった最終段階において、スタイレットを用いたバルーンカテーテルの挿入や内視鏡の再挿入を試みたことによって、外尿道括約筋の不可逆的な損傷を起こしたものと考えるのが合理的であると証言していること
  • 開腹手術の経過において、特に外尿道括約筋の重度の損傷を新たに引き起こすような手技が行われた形跡はないこと

からすれば、本件第2手術の過程において、外尿道括約筋の重度の損傷が生じたものと推認するのが相当であると判断しました。

裁判所は、そこで、本件第2手術におけるH医師の過失の有無を検討しました。

裁判所は、まず、内視鏡手術においては、精丘を視認、確保して、同部位を基準に操作を行えば、外尿道括約筋の損傷を避けることができ、本件第2手術においては、その損傷を極力避けることが最も重要な心得の一つであると判示しました。

そして、内視鏡の操作に当たり、出血等に起因して解剖学的な正しい位置関係の理解が十分できないため、内視鏡的止血が困難な状態に至った場合には、内視鏡を操作していた医師としては、速やかに本件第2手術を終了し、尿道損傷のおそれがあれば、直ちに開腹手術による止血に切り替えるべき義務があるというべきであるとしました。

裁判所は、本件第1手術後に出血が生じ、本件第2手術の開始後も続いていたこと、本件第2手術において内視鏡を挿入しようとした際、尿道狭窄部の抵抗が強く、内視鏡を挿入しにくい状態であり、見通しが悪かったこと、膜様部より上の尿道において貫通損傷があれば、灌流液が恥骨上腔に漏れ、膜様部より下部に尿道損傷があれば、陰嚢を含め陰部に灌流液がたまるところ、本件第2手術時には、陰嚢及び下腹部に灌流液が大量に流入しており、また、本件第3手術時には、恥骨付近は灌流液により水っぽかったことが確認されていること、本件第3手術時には、会陰部を切開し、尿道を把持するという手術がなされており、尿道を形成しなければならないほどの高度な尿道損傷が生じたことが認められると判示しました。

そして、これらの状況を併せ考えると、本件第2手術に当たり、精丘を視認、確保して操作を行えば、外尿道括約筋の損傷を避けることができたにもかかわらず、その手術の過程において、出血のために内視鏡の視野が不良となり、しかも、尿道が広範囲に損傷したことで、解剖学的な正しい位置関係の理解が十分できず、内視鏡的止血が困難となった状態で、内視鏡を1時間5分にわたって操作し続け、その結果、極力避けなければならない球部から膜様部にかけての高度の尿道損傷を生じさせ、さらに、盲目的にスタイレットを用いてバルーンカテーテルの挿入を繰り返し行ったため、副尿道形成を疑わせるほどの尿道損傷を生じさせ、これらと同時に、外尿道括約筋を不可逆的に損傷させたといわざるを得ないとしました。

裁判所は、以上によれば、H医師は、出血等のために内視鏡的止血が困難となったのであるから、速やかに本件第2手術を終了し、尿道損傷のおそれを考えて、直ちに開腹手術による止血に切り替えるべき義務があったのに、これを怠ったと認めるのが相当であると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年8月 9日
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