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No.385 「市立病院で乳房膿瘍切開排膿手術を受けた患者が退院後突然死。患者の動脈血のガス分析結果が強いアシドーシスの状態を示していたのに、医師が原因の究明及び解消のための治療を早急に行わず退院を許可した点に過失があったとした高裁判決」

大阪高等裁判所 平成10年10月22日判決 判例時報1695号87頁

(争点)

  1. 患者の死因
  2. 医師の過失または債務不履行責任の有無

(事案)

Y市の経営する病院(以下、「Y病院」という。)の救急担当であったS医師は、A(34歳の女性)が低酸素状態あるいは肺梗塞に陥っていないかを判断するためにAの動脈から採血して血液ガス分析を行い、平成元年4月17日午前5時14分、Aの動脈血のガス分析結果として、PH値7.101(正常値7.38~7.42)、PCO2(血液中の炭酸ガス濃度)値5.9(正常値32~46)、HCO3(重炭酸塩)1.8(正常値21~29)、BE(ベースエクセス)値マイナス25.5(正常値マイナス2~プラス2)との報告を得た。

外科医(当直)であったH医師は、平成元年4月17日午前8時10分、救急外来からの連絡を受けて救急外来処置室に来診し、Aの右乳房の膿瘍につき、急性化膿性乳腺炎であると診断し、まず切開排膿が必要であると判断し、その判断に基づきS医師がH医師立ち会いのもとに局部麻酔の上で十字切開排膿術を施行し、その術後にH医師がAに対し、しばらく外来で経過観察した上で午前11時ころ帰宅してよいと指示をした。

H医師は、救急外来処置室に来診してAのカルテを見た際に、Aの動脈血の上記ガス分析結果を見て、代謝性アシドーシスの状態を示していることを認識したものであるが、その重篤性には深い注意を払うことなく、切開排膿を行えば代謝性アシドーシスの状態も是正されると判断して、切開排膿術を施行する治療のみを行った。

Y病院外来外科のK医師は、平成元年4月17日午後1時15分ころ、一般外科外来診察室でAを診察し、先に切開、排膿された主膿瘍の横に、それとは交通がなく排膿されていない娘膿瘍を発見したことから、その切開排膿を行ったが、この時のAは、呼吸は少し早めであったものの、皮膚温に特に冷感はなく、脈や血圧も正常であり、特に意識障害と思われる症状もみられず、筋肉も弛緩したような状態ではなかった。K医師は上記切開排膿を行った後、ソリターT3・500mlとビクシリン2gの点滴を行った後、Aに対して退院することを許可した。

K医師も、Aを診察した際に、AがY病院に救急で搬入された時点での動脈血のガス分析結果を見て、代謝性アシドーシスの状態を示していることを認識したが、同医師は代謝性アシドーシスの主要な要因を飢餓的な状態によるケトアシドーシスであると考え、切開排膿により感染巣を取り除けば、Aは痛みや発熱もなくなって食事もできるようになり、代謝性アシドーシスの状態が自然的に回復されると判断し、かつ、診察時には代謝性アシドーシスを示す臨床所見が認められなかったところから、動脈血のガス分析の再検査をすることなくAの退院を許可したものである。

Aはその日のうちに帰宅したが、その後、就寝中、突然昏睡状態に陥り死亡した。

そこで、Aの遺族(両親・夫・子)が、Y病院担当医師に過失ないし債務不履行責任があるとして損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族合計7959万円
(内訳:不明)
原審の認容額:
不明
(内訳:不明)

(控訴裁判所の認容額)

認容額:
6129万円
(内訳:逸失利益3379万円+患者の慰謝料1800万円+患者の親固有の慰謝料350万円+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円)

(裁判所の判断)

1 患者の死因

Aの死体を司法解剖したF医師は、解剖所見に基づく鑑定の結論として、Aは、体力の低下や低栄養状態のために心臓機能にも影響が及び、急性循環障害を起こして死に至ったものと考えられる旨の見解を明らかにしました。

しかし、裁判所は、

(1)
Y病院がAのカルテをF医師に閲覧させることを拒んだため、Aの生前の機能的な臨床情報を得ることができず、そのため、F医師は、AがY病院に搬入された当時、糖尿病に罹患しており、かつ、血液PH7.101という相当な異常値を示す代謝性アシドーシスの状態であったとの事実を知ることなく、死体解剖による形態学的な所見のみに基づいてAの死因を鑑定したものであるところ、F医師自身も仮に鑑定に際してAの搬入時点の血液ガス分析結果を知り、その結果をも鑑定の資料に加えて判断した場合には、鑑定の結論が変わることもあり得ると考えていること
(2)
F医師の上記解剖所見に基づくAの死因に関する判断は、Aの死因を一義的に特定し得る顕著な形態学的所見に基づいたものではなかったこと
(3)
F医師の判断の基礎となった低栄養状態の点に関して、Aの血液検査の結果をみると、TP(総蛋白)値が9.1(基準値6.5~8.5)、総コレステロール値が239(基準値150~220)、TG(トリグリセリド)値が310(基準値40~140)と、いずれも基準値より高い値を示しており、この血液検査の結果からみる限り、Aが低栄養状態にあったとすることには疑問があること

を指摘して、F医師の見解どおりの死因と断定することは相当でないと判示しました。

また、Aの代謝性アシドーシスは、確定的に糖尿病性ケトアシドーシスであるとまではいうことはできないものの、その蓋然性が相当程度高いことを否定することもできないと判示しました。

その上で、代謝性アシドーシス及びその原因が直ちにAの死に結びつくものと断定できる証拠もないのであるから、糖尿病性ケトアシドーシスをもってAの死因であると断定することもまた相当でないと判示し、結局Aの死因については確定し得ないものと判断せざるを得ないとしました。

2 医師の過失または債務不履行責任の有無

この点について、裁判所は、本件事故におけるAの死因が確定し得ないものであることは上記のとおりであるが、Yにおいて、Aの死亡についての予見可能性及び結果回避可能性があり、かつ、社会通念上または契約上、結果回避措置を講ずることが要請される場合には、本件事故に対するYの過失ないし債務不履行の責任を認めるべき余地があると判示しました。

そして、Y病院のS医師、H医師及びK医師は、AがY病院に救急で搬入された時点での動脈血のガス分析結果を見て、上記ガス分析結果が代謝性アシドーシスの状態を示していることをそれぞれ認識したものであるところ、上記ガス分析結果は明らかに強いアシドーシスの状態を示しているのであるから、その原因の究明及び強いアシドーシスの状態を解消するための治療を早急に行い、また、少なくともAの退院を許可するにあたっては、動脈血のガス分析の再検査をするなどして、検査数値上においても代謝性アシドーシスの状態が解消されていることを確認すべきであったにも関わらず、これを怠ったまま退院を許可した点において過失があり、Y病院には各医師の過失に基づく不法行為による責任ないし債務不履行による責任があるものと言わざるを得ないとしました。

以上より、控訴裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で遺族らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年6月 7日
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