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No.384 「胃癌の手術及び胆嚢摘出手術を受けた患者が死亡。大学病院の担当医師らが、術後、患者の呼吸機能の回復状態についての注意を充分にしなかったとして大学病院側の過失を認めた地裁判決」

横浜地方裁判所川崎支部 平成5年12月16日判決 判例タイムズ860号241頁

(争点)

  1. 患者の死因
  2. 術後管理に関する医療担当者らの過失の有無

(事案)

A(明治42年生の男性)は、昭和53年ころの脳梗塞の既往があり、以後、下肢能力の低下が認められるものの、日常生活にはさほどの不自由さはなく、また30代ころから高血圧の傾向があり、血圧降圧剤を服用していたが、昭和61年ころ、一時休薬中、突然四肢麻痺及び軽度の意識障害(脳梗塞の再発作)を起し、入院(約60日間)したものの、点滴投与で症状が軽快したという経緯があった。また、長期(21才ころから約58年間)にわたる喫煙者(1日約10ないし20本)であった。

昭和62年8月ころ、Aは両下肢の浮腫が強く、持続するといった症状が発現したため、Y学校法人が経営する病院(以下、「Y病院」という。)の内科で外来受診した結果、糖尿病との診断を受けた。以後、Aは、その治療のために、ダオニール(7.5ミリグラム)の投薬等を受けて、経過観察中であったが、その後、血糖値が160ないし180、体重も増加傾向にあり、コントロール不良が予想されたため、昭和63年3月8日、コントロール及び合併症の検査目的でY病院内科病棟に入院・検査の結果、胃癌に罹患していることが判明し、同年4月13日、手術のため、Y病院第1外科へ転科するまで、Y病院第3内科のS、O、N、K医師らの診察を受けた。

同年4月7日、O医師の要請により、同病院臨床検査部I医師が施行したAに対する呼吸機能検査(スパイログラム・テスト)結果によると、VCの%PREDは67.4、またFEV1.0%のACTUALは49.0、同PREDは62.3という数値であって、この検査結果の記載されている検査表のコメント欄には、E医師の、「%VC、一秒率ともにかなり低下しています。Flow Volume Curveでは、閉塞性の変化が主体です。Chest X-P、血液ガス等を参考にして下さい。手術を御予定でしたら、術前に麻酔科に御相談下さい。」との記載が、また、その下部に、O医師の、「混合性換気障害」との記載がなされていた。なお、O医師は、Aに関する内科カルテの退院時所見欄に、「呼吸機能検査にて高度混合性換気障害を認める。」と記載していた。

同年4月13日、Aは、Y病院第1外科の病棟に移された。

同年4月15日、Aは、Y病院第1外科担当のU医師、T医師執刀の下に、午後0時から午後6時過ぎころまで、全身麻酔(パンクロニュウム、フェンタニール投与)のもとに、胃の5分の4を摘出する胃癌の手術及び胆嚢摘出手術を受け(他の臓器、周囲リンパ節についての肉眼的転移数は0)、患部の摘出に成功し、その後、Aは回復室に収容された。

なお、Y病院第1外科には、ICU(集中治療室)の設備はなく、術後の管理、観察を要する患者は、回復室に収容(最多数5名)され、常時1名の看護師が看視に当たっているが、その看護師が他の仕事をすることもあった。

翌16日、午後6時48分ころ、Y病院第1外科の医療担当者らは、Aの容態が心停止、呼吸停止となり、脳死状態になっているのを発見し、蘇生術施行により、一時心肺機能は回復したが、脳死状態は持続し、Aは4月20日午前6時36分、死亡した。

そこで、Xら(妻および子ら)は、Aが死亡したのは、Y病院の医療担当者らの過失ないしYの債務不履行があったからであるとして、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
3438万9524円
(内訳:Aの逸失利益からAの妻の遺族年金等の収入を控除した額386万3204円+慰謝料2640万円+葬儀費用100万円+弁護士費用312万6320円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1856万3203円
(内訳:逸失利益386万3204円+慰謝料1200万円+葬儀費用100万円+弁護士費用170万円。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

1 患者の死因

裁判所は、Y病院内科病棟入院時である昭和63年4月7日の呼吸機能検査結果によれば、当時のAは、拘束性及び閉塞性の二つの換気障害が重なった、かなり高度の混合性換気障害に罹っていたこと、一般的にAのような高齢者の外科手術には、術後の肺合併症の発生頻度が増加するとされており(加齢とともに、他臓器と同様、呼吸予備能も低下し、また回復力も弱くなる)、Aの上記事情を勘案すればその発生の頻度はかなり高かったといえると判示しました。

そして、

(1)
術後、Aが回復室に収容された4月15日午後6時30分には、Aの状態は両肺エアー入りOKで異常は見られなかったが、同日午後7時30分浅表性呼吸となり、同日午後8時30分咽頭鳴出現、喀痰流出不良、同日午後9時30分両肺エアー入り弱めであり、以後、16日午後6時48分の心肺停止に至るまで、両肺エアー入りの不良状態が継続していると見られること、16日午前6時ころの呼吸数28回/分も、頻呼吸と考えられること等から、Aは、回復室に収容された一時間後以降、換気不全の状態にあったこと
(2)
AのPO2がルームエアーで52.3と判明した16日午前9時10分から午前10時ころのAの症状所見及び同日午前中に撮影されたと認められるX線写真と術前に撮影された胸部X線写真との対比から、Aは、午前9時10分ころの時点で無気肺という合併症を併発し、呼吸不全の状態が悪化していた可能性が大であったこと
(3)
Aには16日午後1時10分にセルシン、午後2時にヒルナミンが投与されたが、セルシン、ヒルナミンはいずれもトランキライザーであって、自律神経の作用を弱め、呼吸器疾患を有する患者に用いた場合には、時に呼吸作用を抑制する作用があるとされており、本件のごとく50分間隔で注射したことは呼吸抑制作用が相乗的に増加するという危険性もあったこと

を指摘しました。

裁判所は、その上で、Aは、長期の喫煙による気道内の繊毛運動の障害、術前の混合性換気障害に加え、手術侵襲、全身麻酔の影響により、呼吸不全を起こし、喀痰排出能力がかなり低下していた上に、鎮静剤による呼吸抑制の影響もあって、術後から心肺停止に至るまでの間に、徐々に溜まった気道分泌物の排出が困難となり、その分泌物による気管閉塞により窒息し、その結果、心肺停止に陥り、結局、呼吸不全が原因で死亡するに至ったものと推認するのが相当であると判断しました。

2 術後管理に関する医療担当者らの過失の有無

この点について、裁判所は、少なくとも、AのPO2が、ルームエアーで52.3と判明した16日午前9時10分の時点以降、担当医師らは、Aの術後の呼吸機能や喀痰排出が、適切に行われているか否かを経時的、且つ頻回に確認すべきであったし、また、PO2の推移に注視し、その改善をはかるべく、動脈血ガス分析や撮影済X線写真の早期読影による現症状の把握に努めるとともに、まずは、O2マスクの装着、喀痰吸引器等の器具による喀痰排出操作が採られて然るべきであったし、更には、気管チューブの気管内挿管、レスピレーターによる人工呼吸の緊急措置等も検討されて然るべきであったと判示し、担当医師らが、上記時点で上記の措置を実施・継続していれば、Aに、このような呼吸不全は起こらなかったと推認できるとしました。

しかしながら、Y病院担当医師らは、Aに対し、午前11時に至って、酸素マスクの装着という措置を採るまでの間、前記緊急に必要と認められる措置を採ることをせず、また、他に何らかの措置を採ったという形跡も窺われないとしました。

結局、Y病院担当医師らは、術後のAの呼吸機能の回復状態についての注意が、充分にされないままであったという他はなく、この点で、Y病院に診療契約上の債務不履行ないしその使用人であるY病院担当医師らに過失が認められ、Yの上記債務不履行ないし不法行為とAの死亡との間には、相当因果関係を認めることができ、Yは、Xらの損害を賠償すべきであると判示しました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年6月 7日
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