鹿児島地方裁判所昭和62年3月27日判決 判例タイムズ637号175頁
(争点)
眼科開業医の医師に、細菌検査で原因菌が判明する以前に患者の緑膿菌感染を疑って、有効な治療行為を行うべき注意義務があったか否か
(事案)
X(手術当時30歳の女性)は、幼少時から高度の左右眼瞼下垂という疾病に罹患しており、視力等には異常がなかったものの、視野が狭く、また美容上も好ましくなかったので、これを治療すべく、昭和50年1月16日Y医師の経営するY眼科医院(以下、「Y医院」という。)に赴きその診察を受けた。
Y医師は、Xを診察した結果、視力は両眼とも1.2であったが、慢性結膜炎のほか、左右上眼瞼下垂の症状がかなり重く、先天性のものでもあったので、その矯正のために手術の必要があると考え、Xにその旨を告げてその了承を得たうえ、体温、脈拍、血圧、尿の各検査を施したがいずれも異常がなく、かつ他に既往症もなかったことから、同月22日Xを同医院に入院させ、翌23日まず右眼瞼の手術を施行した。なお、Y医師はそれまでに6例位眼瞼下垂手術の経験を有していた。
Y医師は、Xを手術するに先立ち、手術に使用する器材、ガーゼ、綿類、手術衣、患者用敷布、用意薬品を全て煮沸あるいは高圧蒸気消毒法により十分消毒し、自ら及び助手を命じた2名の准看護師は煮沸消毒済みの歯刷子を用い、オスバン石鹸液で消毒したうえ、更にXの手術部位である瞼、眉毛及び前頭部を前同様の歯刷子を用いてオスバン石鹸液で洗浄消毒した。そこで、Y医師はXの右眼瞼手術に着手し、眼瞼を切開して瞼板剥離に取りかかったところ、急にXが胸部苦悶を訴え、脈拍が微弱になったので、直ちに手術を中止し、強心剤のほか止血剤、鎮痛剤及び化膿止めを注射した。
Y医師は、その後Xに強壮剤(ブドウ糖)や強心剤を投与して経過をみたが、やがてXの健康状態も回復したので、Y医師は、同月29日、今度は左眼瞼の手術を施行することにし、手術前に止血剤を投与するとともに前同様の消毒措置をとったうえ、同日午前11時30分手術を開始した。
Y医師が行った手術の内容は、まずXの左眼縁を切開し、上眼瞼の下側(眼縁の皮下から眉毛下まで)を剥離して上眼瞼挙筋と眼板筋を前頭部に固定し、もって上眼瞼を挙上するというものであったが、手術そのものは順調に進み、開始後1時間30分を経過した同日午後1時に終了した。
Y医師は、手術後、手術創痕に煮沸消毒ずみのワゼリン軟膏を塗布し、減菌ガーゼをあて眼帯をかけさせたうえ、強壮強心剤(20%ブドウ糖、アリナミン、ネイフイリン)のほか、消炎感染防止のためデキサシエロソンをそれぞれ注射し、消炎及び感染防止のためエリスロマイシン、プレトニゾロン及びアメランドを内服させ、更に点眼剤として、消炎のためサンテソン、鎮痛のためベノキシールをそれぞれ投与した。
Y医師は、その後も毎日入院中のXに対し、角膜乾燥、感染の防止及び鎮痛のため、前記ワゼリン軟膏の塗布(2月1日以降はテトラサイクリン眼軟膏あるいはネオメトロールEE軟膏)、前記の注射剤、経口剤及び点眼剤の投与(点眼剤については更にエコリシン、クロロマイセチン、ペニシリン)のほか、ホーサン水による洗眼を継続して行った。
Xは、手術後2時間くらいで左眼痛を覚えはじめ、前記消炎鎮痛剤のほか頓服の投与を受けたが痛みが治まらず、1月30日から31日にかけて角膜乾燥状態になって微細な角膜上皮剥離が起こり、更に2月2日には角膜混濁が強まり、兎眼性角膜炎が発生したので、Y医師は抜糸したが、Xの右角膜混濁状態が治癒せず、同月6日にかけて更に状態が悪化した。その間においてY医師は、コーチゾン、ペニシリン、エコリシン等の点眼剤を頻回にわたり投与し、テトラサイクリン眼軟膏を塗布し、ホーサン水で洗眼するなどしたが、ほぼ従前どおりの投薬治療を施すにとどまった。なお、Xは、洗眼の際にY医師に眼痛を訴えると「あなたは神経質だね。」などと言われ、また眼痛とともに視力の衰えも感じてその旨Y医師に訴えても「一時は視力は衰えるけれども、必ず回復するから心配いらない。」などと言われたため、右眼痛なども手術に伴う一時的なものであろうと考えてひたすら我慢していた。
同月7日になると、角膜混濁が軽快し、眼痛も和らいだので、Y医師は、注射剤のリンコシン、デキサシエロソンの投与をやめ、経口剤のエリスロマイシン及びヨーレチンとハイコバール(消炎強壮剤)の投与、サンテソン、エコリシン等の点眼剤の投与、テトラサイクリン眼軟膏の塗布を行い、更に同月9日には内服薬のエリスロマイシンに代えてプレドニゾロンを投与した。
同月11日、Xは、再び眼痛を訴えるようになり、Y医師による診察の結果、眼脂多量となり角膜に膿汁が付着しているのが認められたので、再び同月6日以前と同様の投薬治療を施した(点眼剤は、13日頃からは専らエコリシンを投与した。)が、その後も特に症状に変化がなかった。
同月12日頃には、Y医師は、Xの眼脂が多量になり眼球結膜が浮腫状になって炎症が強くなっていたことから、Xの左眼角膜に何か悪い細菌が感染したのではないかとの疑いを抱いたが、緑膿菌感染については、これまでその臨床経験がなく、また眼脂の色が従前と同じく白黄色であり、かつ無臭であったことから、全く疑わず、緑膿菌感染を念頭においた抗生剤の全身投与や結膜下注射による局所投与を全く行わず、その後も依然として従前同様の投薬治療を繰り返した。
同月14日になってもXの症状は回復の兆しがなかったため、Y医師は、感染防止のための注射剤をクロロマイセチン、ペニシリンG20万単位に変える一方、同月15日に細菌検査のため、Xの眼脂を臨床検査センターに送付した。その後もXの症状は悪化の一途をたどり、同月16日には角膜全面が化膿し、同日午後9時頃には洗眼中に角膜下方が穿孔したので、Yは、これに対しクロロマイセチンのほかリンコシンの注射を施したが、翌17日、Xの左眼角膜下縁が隆起して穿孔するに至った。
Y医師は、同日、臨床検査センターから、細菌検査の結果、Xの眼脂から緑膿菌(グラム陰性桿菌)が検出された旨の回答を得、これにより初めてXの前記症状が緑膿菌の感染によるものであることを知り、直ちに自ら文献を調べて、Xに対し、その対症療法としてパニマイシン、ゲンタマイシンの注射剤及びカネンドマイシンの点眼剤による抗生剤の投与を施すとともに、これまで緑膿菌に関する臨床経験が皆無であったため、人的物的設備にすぐれているK大学医学部付属病院眼科(以下、K大学病院という。)への転院を考え、Xの承諾を得た上、翌18日午前9時頃、Xを伴ってK大学病院に入院させ、同病院F医師の診察を受けさせた。
F医師は、診察の結果及びY医師からの報告等によりXの左眼の病名を緑膿菌感染に起因する兎眼、角膜ぶどう腫、角膜膿瘍、全眼球炎、角膜穿孔と診断したが、その時点でのXの左眼の視力はいわゆる眼前手動(眼前で手を動かすとやっと手の動いていることがわかる程度)であった。
F医師は、診察後直ちに抗生剤のゲンタマイシン40mg及び止血剤のレプチラーゼS、アドナを注射するとともに、左眼に角膜切開術を施行し、その前後を通じてコリマイC、カネンドマイシン(点眼性抗生剤)、エコリシン(軟膏)の眼局所投与を行い、また手術後毎日スルペニシリンナトリウム1g、ゲンタマイシン40mg(2月26日以降はパニマイシン50mg)の抗緑膿菌性抗生剤の注射による全身投与、更にはレダマイシン、ケクレックス(抗生剤)プロクターゼP、バリターゼ、オーラル(消炎酵素製剤)、ビタメジン(複合ビタミン製剤)の全身投与を強力に行い、同月28日再度左眼にゼーミッシュ切開術を施した。同日頃から、Xの角膜膿瘍の黄色調がうすくなり、角膜浮腫等の症状が軽減しはじめ、炎症症状が消失したので、Xは同年3月31日軽快退院した。
しかし、Xの視力は回復せず、依然として眼前手動という社会的には失明と同視し得るまでに落ち込み、また瞳部分の角膜が白濁するという醜状を残した。
Xの左眼は間もなく完全に失明し、現在は義眼を使用している。
また、XはK大学病院を退院後もたびたび緑膿菌性角膜潰瘍による角膜の炎症に起因する続発性緑内障に罹患し、激しい眼痛を覚えてK大学病院及びH眼科病院に入院して2回にわたり手術を受けた。
そこで、Xは、Y医師に対し、Xの失明は、Y医師の診療契約上の債務不履行によるものであり、またY医師の不法行為に基づくものであるとして損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 1257万6041円
(内訳:逸失利益857万6041円+慰謝料400万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 980万7820円
(内訳:逸失利益680万7820円+慰謝料300万円)
(裁判所の判断)
眼科開業医の医師に、細菌検査で原因菌が判明する以前に患者の緑膿菌感染を疑って、有効な治療行為を行うべき注意義務があったか否か
裁判所は、原告に緑膿菌性角膜潰瘍(以下、本症という)が発症したのは昭和50年2月11日であると考えられるところ、その前後においてY医師が投与した薬剤のうち緑膿菌に有効であったのはテトラサイクリン眼軟膏の塗布およびエコリシンの点眼のみであったが、これとても緑膿菌の感染を予防するのに有効であるに過ぎず、一旦感染が起こり本症が発症した場合には、上記薬剤のみでこれを治癒させることはまず不可能であって、これらのほか、強力な抗生剤すなわちカネンドマイシン、パニマイシン等のアミノ配糖体の全身投与及びコリスチンなどによる結膜下注射などの治療が不可欠であり、Y医師が上記時点において施した抗生剤の全身投与は、黄色ぶどう球菌の感染を前提にしたものとしては当を得ていたが、緑膿菌の感染を全体にしたものとしては無意味であったと判示しました。
次に、本症の確認時期と治療との関係について、裁判所は、通常の開業医が自ら細菌を検査することは不可能であり、本件のように、臨床検査センター等に試料を持参してその判定をしてもらうこととなる場合が殆どであるところ、右検査依頼によって菌培養により原因菌の判明するのは早くて72時間後であり、その間に症状が急速に進行して輪状膿瘍等を出現させ、失明に至る危険性がきわめて大きいと指摘しました。したがって、眼科開業医としては、患者の症状等により緑膿菌の感染が疑われる場合、菌検出以前に、抗生物質の投与等の治療措置を一応採っておかなければ、手遅れとなる可能性が高いと判示しました。
そのうえで、Xの左眼角膜は、上眼瞼下垂手術により細菌感染を起こしやすくなっていたことに加え、その後の症状の経過をみても、Xは手術直後から継続的に激しい眼痛を訴え(更に間もなく視力低下をも訴えていた。)、手術翌日の1月30日から角膜乾燥状態になって微細な角膜上皮剥離を起こし、2月2日から同月6日にかけて角膜混濁が強まり、同月7日から同月10日頃までは小康状態を保ったものの、同月11日には再び眼痛を覚えるとともに眼脂多量となり角膜に膿汁が付着するなど細菌性角膜潰瘍の症状を呈するに至ったものであるところ、Y医師はXの主治医として入院中のXを継続的に診察してその経過を逐一観察しており、かつ、手術直後から眼痛や視力低下を覚える旨の愁訴を聴取していたのであるから、遅くとも本症発症時である2月11日にはXが本症を含む何らかの細菌性角膜潰瘍に罹患したことを容易に知り得たものというべきであると判示しました。
そして、当時においても本症は、その約10年前から急激な増加をみていたものであって、しかも、ひとたび本症が発症するやきわめて急速にその症状を悪化させ、輪状膿瘍等を出現させて穿孔し、失明に至る危険性が極めて高く最低72時間を要する菌培養による原因菌の確定を待ってこれに即応する治療行為を施すとすれば、その間に症状が著しく進行し失明に至ってしまう虞れがあるのであるから、Y医師としては、Xが明らかに罹患していると認められる何らかの細菌性角膜潰瘍の原因菌が細菌検査により確定的に判明するのを待つまでもなく、これが緑膿菌であるかも知れないことを予見し、本症発症後できるだけ速やかに黄色ぶどう球菌に有効な治療と併せて緑膿菌に対しても有効な治療行為を行うべき注意義務があったと判断しました。
しかし、Y医師は、2月11日にXの左眼角膜が細菌性角膜潰瘍の症状を呈するに至っても、これが緑膿菌感染によるものであることを全く疑わず、対緑膿菌用抗生剤としてはその感染防止に有効であるに過ぎない前記テトラサイクリン眼軟膏及びエコリシン点眼剤の各投与を継続的に行ったのみで、その他はせいぜい黄色ぶとう球菌に対して有効とされる抗生剤の全身投与を行ったに過ぎず、本症発症後にその症状の進行を阻止し視力を回復させるのに有効なカネンドマイシン等のアミノ配糖体の全身投与及びコリスチンなどによる結膜下注射の施行を全く行わなかったのであるから、この点において過失があり、Y医師の過失により、Xの左眼視力を殆ど失わせるとともに瞳部分の角膜を真白に混濁させるに至らせたものであるから、これによってXが被った損害を賠償すべき責任があるというべきであると判断しました。
裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。