医療判決紹介:最新記事

No.378 「総合病院の未熟児室に入院していた生後1ヶ月の未熟児が、細菌感染を起こして匐行性角膜潰瘍・穿孔により左眼失明。病状の早期発見・早期治療を怠った未熟児室責任者である小児科医長の過失を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所昭和50年4月25日判決 判例タイムズ327号268頁

(争点)

早期発見・早期治療を怠った医師の過失の有無

(事案)

X(事故当時生後1ヶ月)は出産予定日よりも72日早い昭和39年6月19日に出生した未熟児(生下時体重1510グラム)であったため、出生当日の午後1時30分、Y社会福祉法人の経営する総合病院(内科、外科、小児科、眼科等を有する。以下、「Y病院」という。)に入院し、同病院未熟児室の哺育器(クベース)に収容され、Y2医師(Y病院小児科医長、未熟児室責任者)の担当、管理のもとに看護、保育されることとなった。

XはY病院入院後、呻き症状が認められたものの体重もほぼ正常に増加し、クベース内で順調に生育していた。7月22日には体重が約1800グラムを超えたため、クベースから出て未熟児室内のコット(新生児用ベッド)に移され、25日からは経口栄養(自力哺乳)に切り替えられ、順調な発育をしていた。

この間の7月3日、Xの左眼には眼脂(目やに)が認められたため、担当看護師の報告によりY2医師の指示でクロマイ点眼を開始し、これを継続していたが、容易に消失しなかったため、同月20日Y病院眼科のT医師の診察を受けたところ、眼瞼の腫脹、発赤、充血、分泌物などの炎症症状はなく、左眼角膜は潰瘍のためほとんど形がなく、中央部(瞳孔領)から既に虹彩が脱出した状態にあった。そこで同医師は減菌水で目を洗い、テラマイ軟膏を局所に投与し眼帯をし、Y2医師には抗生物質の投与を指示した。また、T医師はXを穿孔性角膜潰瘍と診断した。

Y2医師はT医師の指示により従来のクロマイ点眼のほかマイシリン、アイロゾロンシロップ100ミリグラムを投与し、同月24日からはマイシリンとアクロマイシン油性点眼に切り換えて治療していた。

家族の要望もあって、同月28日にXはO大学附属病院小児科未熟児室に転入院したが、この時点では既に脱出した虹彩の一部は角膜裏面に癒着して陶器様に白く混濁(白班化)しており、眼疾としては治癒している状態で治療しても仕方がない段階であった。そして、この白班は角膜の相当範囲にわたり且つ濃厚なものであった。Xは、癒着性角膜白班と診断され、左眼は失明した。

そこで、Xは、Y2医師の過失により失明の結果がもたらされたとして、Y1に対して、民法715条により、Y2に対し民法709条による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
640万円
(内訳:逸失利益816万7127円の内金440万円+慰謝料200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
640万円
(内訳:逸失利益816万7127円の内金として440万円+慰謝料200万円)

(裁判所の判断)

早期発見・早期治療を怠った医師の過失の有無

裁判所は、まず、Xの失明眼疾患である癒着性白斑の原因は匐行性角膜潰瘍であって、Xは生後において細菌感染を起こして角膜潰瘍を生じ、その後角膜穿孔をきたし、これが治癒して癒着性角膜白斑を残しているものであり、同年7月3日以降見られた眼脂もそのための炎症症状の一つであったと推認しました。また、XはY病院の未熟児室内において、Y2医師らの毎日一回行われる回診又は看護師による哺乳、おむつ交換、沐浴等の看護行為の際の接触によりなんらかの細菌に感染したものと推認しました。

また、匐行性角膜潰瘍は必ず角膜穿孔をきたして失明に至るものではなく、むしろ早期に発見して抗生物質を投与する等適切な治療をすれば失明に至らずに治癒しうるものであること及び同年7月3日には細菌感染による炎症症状としての眼脂と推認される眼脂がXの左眼に認められたことを指摘しました。

そして、一般に医師はその職業の性質上患者の生命身体に対する危険防止のため必要とされる高度の注意義務を要求され、新生児ことに未熟児を預かって哺育する医師としては、未熟児特有の生理に十分に注意し、特に患者からの自覚的症状の訴を期待し得ないのであるから客観的所見に十分注意し、また感染に対する抵抗力がないのであるから感染防止に万全の措置をして全身管理を行うべきであり、一定の症状が未熟児の一般的症状と認められる場合でも未熟児感染の臨床がしばしば非特異的・非定型的であることを考慮しその経過を慎重に観察し、特定の疾病との結びつきの有無を早期に鑑別、判断して、早期に適切な治療をすべきで、特にその疾病が重大な結果を生ずる可能性がある場合には専門医の診察を依頼する等、その防止のため最善を期すべき注意義務を負っていると判示しました。

その上で、Y2医師は担当看護師よりXに眼脂が出現した旨の報告を受けた際、当該眼脂は未熟児の一般的症状である旨軽信し、クロマイ点眼を指示したのみで自ら当該眼脂の量を確認したりその原因を追究したりすることなくその後の経過についてもこれを格別の注意をもって監視せず、Xの目を特に開くなどして診察したことは一度もなく、未熟児室を担当する他の医師や看護師らに対しても前記クロマイの点眼以外は何の指示もせず、T医師の初診にも立ち会わず、T医師の診断により穿孔性角膜潰瘍と判明後もXに対し開眼して診察したことは一度もないことを指摘し、Y2医師はXの症状に深く注意を払っていなかったものというほかないと判示しました。

そして7月3日開始したクロマイ点眼の際に看護師は必ずXの眼瞼を開いて点眼しているはずで、角膜混濁等の炎症症状は肉眼で十分認められるのであるから看護師においても容易に発見可能であったと判示しました。ところがY2ら担当医師はもちろん看護師らにおいてもXの眼瞼に生じていた細菌感染による症状を眼脂のほか全て看過し、当該眼脂に対してクロマイ点眼をしただけで7月20日まで放置し、その後においてもXの眼瞼の検査もせず機械的に前示マイシリン等を投与していたに過ぎず、原因治療方法を怠っていたことが認められるとしました。

Y2医師のとった処置は患者から全身管理を委されている医師、ことに総合病院であり比較的設備の整った未熟児室をもつY病院の小児科医長で未熟児室の責任者でありかつ未熟児の哺育、診療につき豊富な経験を有する専門医たる医師の処置としては最善の努力を尽くしたものとは認め難く、Y2医師は上記注意義務(未熟児の症状の経過を慎重に観察し、特定の疾病との結びつきの有無を早期に鑑別、判断して、早期に適切な治療をすべきで、特にその疾病が重大な結果を生ずる可能性がある場合には専門医の診察を依頼する等、その防止のため最善を期すべき注意義務)があるにもかかわらず、これを尽くさず病状の早期発見を怠り、その結果早期治療を怠ったためにXの左眼失明が生じたと判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年3月 8日
ページの先頭へ