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No.376 「電気焼灼手術を受けた患者が、軟膏(ピリミジン拮抗性抗腫瘍剤)の副作用で潰瘍が広がり後遺症が残る。主治医の投与の方法が不適切とした地裁判決」

名古屋地方裁判所平成5年3月24日判決 判例タイムズ846号237頁

(争点)

軟膏の使用に関する医師の注意義務違反の有無

(事案)

昭和62年12月23日、X1(女性・会社員)はY1医療法人が経営する病院(以下、「Y病院」という。)に来院し、尖圭コンジローマ(以下、「本件疾患」という。)の治療のためにY病院との間で診療契約を締結した。Y病院の院長及び産婦人科部長のY2医師がその後X1の主治医として、その治療を担当した。

昭和63年1月5日、Y2医師は、X1をY病院に入院させ、同月6日、本件疾患に対し、電気焼灼、冷凍療法による手術(以下、「本件手術」という。)を施行した。

同月9日、X1は退院し、通院治療を受けたものの入退院を繰り返し、以後同年3月8日までY病院で通院治療を受けた。

Y2医師は、本件手術以降、X1がY病院への通院を止めるまで5FU(フルオロウラシル)軟膏(以下、「本件軟膏」という。)の投与を継続していた。

X1の症状は、本件手術前においては痛みを伴うものではなかったが、1月9日には外陰部が沁みるようになり、同月11日には同部にびらん及び腫れが生じて痛みが伴うようになった。同月13日以降も外陰部のびらん及び痛みは治らず、同月21日は外陰部潰瘍と診察され、また、痛みが肛門部にも及ぶようになり、同月23日さらに膣前庭部潰瘍と診察され、翌2月15日会陰部に皮膚炎が認められるようになり、同月28日外陰部、会陰部、肛門周囲潰瘍と診察され、翌3月8日に至っても痛みは軽減せず、潰瘍も治癒しないままであった。以下、X1の外陰部から肛門付近まで激痛を伴う火傷状の潰瘍(薬物性皮膚炎)を「本件潰瘍」という。

X1はY2医師による治療によっても、本件潰瘍が快方に向かわないため、Y病院に通院することを止め、自宅近くのF産婦人科に昭和63年3月9日及び10日に通院し、同月11日から16日まで入院した。

F産婦人科入院中のX1の症状は、外陰部の大陰唇及び小陰唇の全部付近の有痛性の潰瘍と、その後部から会陰部及び肛門周囲にかけて広範なびらんがあったと診断されている。

同月17日から同年4月18日まで、X1は形成外科のあるO病院に入院して、皮膚移植手術を受けた。O病院入院当初のX1の症状は、陰部に体表面面積約2パーセントについて熱傷3度に相当する薬物性潰瘍があり、同潰瘍は少なくとも2週間以上前に被った受傷に基づくものであった。O病院の医師は、本件潰瘍による皮膚欠損部に腹部及び大腿部の皮膚を移植したが、小陰唇の部分は構造上植皮再建が不可能であるため、皮膚欠損が多かったにもかかわらず欠損のままとした。

本件潰瘍が治癒したのは昭和63年11月24日であったが、精神・神経の後遺障害として陰股部瘢痕部分(会陰を中心に横径9cm、縦径14cm)の知覚障害、生殖器・泌尿器等の後遺障害として、陰股部瘢痕(皮膚付属器、汗脂線の欠損)、外性器部分欠損が生じた。そのため、X1は、上記瘢痕部が起立歩行によってただれやすくなり、長時間の起立歩行や自転車の利用は苦痛が伴う。また、外性器粘膜部瘢痕部分は極めてびらんを起こしやすくなっているため、平成4年3月に至るも毎月びらんしている状況である。

そこで、X1及び夫X2は、Y2医師の不適切な治療によって外陰部から肛門付近に潰瘍を生じ、その結果小陰唇下半分欠損等という後遺障害を残したとして、Y2医師に対しては医療行為上の過失による不法行為責任に基づき、Y1医療法人に対しては診療契約の債務不履行責任ないしは使用者責任に基づき、損害賠償請求をした(X2は、X1の夫として被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求)。

(損害賠償請求)

請求額:
夫婦合計1830万円
(内訳:治療費47万2490円+入院雑費5万3000円+付添費26万5000円+通院交通費15万7200円+休業損害157万5200円+患者の傷害慰謝料500万円+患者の後遺障害慰謝料570万円+患者夫の慰謝料300万円+逸失利益1371万1440円+夫婦合計弁護士費用330万円の合計額の一部請求)

(裁判所の認容額)

認容額:
夫婦合計1485万3620円
(内訳:治療費42万4720円+入院雑費5万3000円+付添費18万5500円+通院交通費15万6400円+休業損害157万5200円+患者の傷害慰謝料150万円+逸失利益530万8800円+患者の後遺障害慰謝料350万円+患者夫の慰謝料80万円+夫婦合計弁護士費用135万円)

(裁判所の判断)

軟膏の使用に関する医師の注意義務違反の有無

裁判所は、まず、本件疾患は、ヒト乳頭ウィルス感染による多発性の良性腫瘍であり、その治療方法には、外科的療法としての切除、電気焼灼、凍結療法があり、薬物療法として、本件軟膏、ボドフィリン、ブレオマイシン軟膏の塗布があり、これらの治療方法がその症例に応じ適宜使い分けられ、あるいは併用されていると認定しました。また、本件軟膏はピリミジン拮抗性抗腫瘍剤で、皮膚悪性腫瘍に対し強い効能を有するものの、その副作用として塗布部の疼痛、発赤、びらん、潰瘍を惹起することがあり、殊に患者に持たせて自由につけさせるとかなりひどい潰瘍を形成することにもなると知られている事実を認定しました。

そして、本件潰瘍は、本件手術直後の火傷よりも悪化しており、電気焼灼を施した部位のみならず、電気焼灼を施していない肛門の周囲にまで潰瘍が及んだこと、電気焼灼による火傷だけで患部の治癒が二ヶ月も遷延することは通常ありえないこと、また、本件軟膏以外に皮膚炎を惹起せしめたと考えられる薬物が使用されたことを認めることはできないことなどから、本件潰瘍は、本件軟膏の使用によって、本件手術の術部の皮膚の回復が遷延、悪化するとともに、それが術部周辺に及んで皮膚炎が拡大した結果生じたものと認定しました。

裁判所は、本件軟膏には強い副作用の危険がある上に、X1は電気焼灼術によって患部が火傷状態になっていたのであるから、Y2医師としては、本件軟膏の使用にあたり、その副作用による悪影響を最小限に止めるために、本件軟膏が過度に使用されることのないよう慎重に配慮すべき注意義務があったと判示しました。

その上で、Y2医師が、本件軟膏の危険性等について何の予備知識も有していなかったと認められるX1をしてその自宅において医師の指導の及び難い状況の下で本件軟膏を使用させていたことは、著しく妥当性を欠いた処置というべきであると判断しました。

また、X1の症状の悪化が進み、かつY2医師はその原因が本件軟膏であることを認識していたにもかかわらず、Y2医師は本件軟膏の投与を止めなかったものであり、この点においてもY2医師の処置は著しく妥当性を欠くものであったと判示しました。

Y2医師は、本件の場合には本件軟膏をその副作用にもかかわらず使う必要があったとの趣旨の供述をしましたが、裁判所は、本件疾患は良性腫瘍であることが認められ、他方、X1は本件軟膏の投与によって重大な本件潰瘍が生じ、そのために、自殺を考える程深刻に精神的な苦痛を受け止めていたことが認められると判示し、そのような甚大な苦痛をX1に与えてまで本件疾患を早急に治療しなければならない必要性があった事情は見い出だせないので、Y2医師の供述を採用することはできないと判断しました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でX1及びX2の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年2月 7日
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