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No.373 「妊娠高血圧症候群(PIH)の管理目的で入院した患者がHELLP症候群及び子癇を発症して死亡。県立病院に帝王切開後の管理の過失を認めた地裁判決」

名古屋地方裁判所平成21年12月16日判決 判例タイムズ1323号229頁

(争点)

帝王切開後の管理の適否

(事案)

A(昭和50年生まれの女性)はN産婦人科で妊婦検診を受けるようになり、平成18年3月10日(以下、平成18年中の出来事については、原則として年の記載を省略する。)を分娩予定日としていたところ、妊娠から30週6日である1月5日の妊婦検診において、収縮期血圧が145mmHg、拡張期血圧が89mmHg(以下、血圧については「145/89mmHg」のように表示する。)に上昇し、蛋白尿(2+)、浮腫が認められた。これを受けて、N産婦人科の担当医師は、早発型の妊娠高血圧症候群(Aは妊娠高血圧腎症でもある。以下、同じ。)と診断し、その管理をするため、Y県が開設・運営する病院(以下、「Y病院」という。)を紹介し、Aは、同日、妊娠高血圧症候群の管理目的でY病院に入院した。

なお、妊娠高血圧症候群(PIH)とは、妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または、高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつ、これらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によらないものをいう。PIHが重症化すると、腎機能障害、肝機能障害、凝固線溶系の異常、呼吸循環障害及び中枢神経系の異常を含め、致死的な多臓器障害が惹起されることもある。子癇(妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや2次性痙攣が否定されるもの)やHELLP症候群(溶血、肝酵素の上昇、血小板減少を呈する病態)を合併すると、母児の状態が急速に悪化することがしばしばあり、妊産婦の主要な死亡原因の1つとされる。

PIHのうち、収縮期血圧が160mmHg以上または拡張期血圧が110mmHg以上の場合、もしくは蛋白尿が2g/日以上の場合(随時尿を用いる場合は、複数回の新鮮尿検査で、連続して3+(300mg/dl)以上の場合)を重症という。

1月5日午後1時30分のAの血圧は160/100mmHg、いったん荷物を取りに外出した後に帰室した同日午後4時30分も160/100mmHgであり、形式的には上記重症基準を満たしていた。また、同日午後8時の血圧は156/100mmHg、1月6日午前10時55分の血圧が130/92mmHg、同日午後2時の血圧が140/90mmHgであった。

1月5日午前11時25分、翌6日午前6時において、蛋白尿は連続して3+であった。

1月9日午後以降、Aは重症基準を満たす高血圧がほぼ継続しており、同日から、降圧剤(アプレゾリン)の内服が開始されたが、1月15日に帝王切開を実施するまで概ね160/100mmHgを超える高血圧状態が続いていた。

1月6日に7.4mg/dlであった尿酸値は1月13日には9.3mg/dlへ上昇し、同日に測定したATⅢ(血中アンチトロンピンⅢ=血液凝固制御系因子)は72%と正常値(80%)未満に低下していた。

1月12日、Aは激しい頭痛がみられ、1月14日に全身倦怠感、悪心・嘔吐がみられた。

1月15日(妊娠から32週と2日後)、AはX1を帝王切開により出産した。帝王切開手術の終了は、1月16日午前零時10分であった。

同日午前零時35分、帝王切開を終えたAが手術室から退出した際のAの血圧は137/77mmHgだった。同日午前零時45分の病室への帰室時において、160/92mmHgとなった。

同日午前1時20分、Aの血圧は168/98mmHgへ上昇したが、Aが「お腹痛いです。」と訴え、鎮痛剤のペンタジンを投与された。

同日午前2時、血圧は182/108mmHgまで上昇したが、同日午後2時までの12時間、同日午前6時30分及び同日午後零時にペンタジンを投与し、同日午後2時に178/108mmHgまで血圧が上昇し、午後3時に160/80mmHg、同日午後3時30分に164/98mmHgとなった。

同日午後7時30分、Aの血圧は178/110mmHgに上昇していたが、Aは「傷の痛み、今は大丈夫」と述べていた。

Aは、1月17日午前6時20分に子癇発作を起こしたが、これを確認した看護師が、本来の当直医とは別の医師のPHSに連絡したため、医師との連絡がとれず、主治医であるH医師の自宅に連絡をとったことから、医師の診察を受け、血液検査を実施したのは、同日午前8時5分にいたってからであった。この間、H医師の指示により、午前6時35分、生理食塩水100mlにマグネゾール1アンプル(20ml中に硫酸マグネシウムを2g含有)を入れ、1時間に20mlの速度で点滴投与が開始され、午前8時にはアプレゾリンの内服がなされている。

この時点の採血結果によれば、Aの腎機能や肝機能が極めて悪化しており、同日午前10時ころに専門的治療を受けるために腎臓内科に転科しているほか、CTで脳浮腫が確認され、同日午後7時には脳浮腫が著明となった。

1月18日にAは自発呼吸を停止し、2月13日に死亡した。

そこで、Aの遺族ら(夫・子・両親)は、Aが死亡したのは妊娠高血圧症候群に対する管理を怠った過失、帝王切開の実施が遅れた過失、帝王切開後の管理を怠った過失、子癇に対する診療を怠った過失を主張し、Yに対し、不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。

(損害賠償請求)

請求額:(遺族合計)
1億411万3470円
(内訳:逸失利益5931万3470円+患者の慰謝料2500万円+葬儀費用150万円+夫及び子の固有の慰謝料2名合計600万円+両親合計300万円+弁護士費用930万円)

(裁判所の認容額)

認容額:(遺族合計)
8426万9114円
(内訳:逸失利益4956万9114円+葬儀費料150万円+慰謝料2300万円+遺族ら固有の慰謝料(夫と子と両親の4名合計)400万円+弁護士費用620万円)

(裁判所の判断)

帝王切開後の管理の適否

裁判所は、まず、HELLP症候群の発症時期について検討しました。

Aの尿酸値が上昇していること、アプレゾリンを内服していたにもかかわらず高血圧状態が続いていたことからすると、AのPIHは、入院以降悪化していたとみられ、その中でATⅢが低下していたこと、HELLP症候群の初発症状(1月12日の激しい頭痛、1月14日の全身倦怠感、悪心・嘔吐)が認められていたことからすれば、遅くとも1月14日の時点で、HELLP症候群の前段階といえるpartial HELLP症候群を発症していたとみるのが相当であると判示しました。

なお、1月15日実施の血液検査で得られた、LDHが322IU/l、GOTが61IU/l、血小板が18.3万/㎕との結果を、HELLP症候群の診断基準であるSibaiの基準に照らすと、同日においてHELLP症候群を発症したとはいえないとしました。

そして、Aは、帝王切開後14時間程度は小康状態を示していたが、血圧が再び上昇を始めたことが認められるところ、上記小康状態が継続した時間の短さを考えると、帝王切開によりpartial HELLP症候群が消失したとは認めがたく、その他partial HELLP症候群が消失したことを認めるに足りる証拠はないとしました。その後、1月17日実施の血液検査では、LHDが3047IU/l、GOTが1078IU/l、血小板が5.5万/㎕との結果が得られ、Sibaiの基準を満たすことが認められるとしました。

裁判所は、1月16日に、HELLP症候群の確定診断に必要な検査がY病院において実施されていないため、やや不明確な部分が残るものの、1月16日午後2時以降に血圧が再び上昇を始めたこと、上記1月15日、17日実施の血液検査の結果を対照し、その数値の変化の大きさを考えると、Aは、1月16日中には、partial HELLP症候群からHELLP症候群へ移行していたとみるのが相当であると判断しました。

次に、裁判所は、帝王切開後の管理の適否のうち、血液検査について検討しました。

裁判所は、医学的知見によれば、PIH及びHELLP症候群の最終的な治療方法は、妊娠の終了であり、妊娠の終了により、一般的に全身状態の改善を期待できるものの、全ての症例において、確実に全身状態が改善するとは限らず、特に重症の早発型PIHについては、分娩後24時間以内に重篤な合併症が起きることもしばしばあると報告されていると指摘しました。そして、Aは、重症の早発型PIHが10日程度持続した後に帝王切開を実施したことからすると、帝王切開後2日程度は、血圧・脈拍、尿蛋白、一般血液検査、生化学検査等の経時的測定を行い、必要に応じて降圧剤を投与するといった厳重な管理を継続すべきであったと判示しました。

その上で、Y病院においては、帝王切開から24時間以上経過した後、子癇発作が生じるまで、血液検査が実施されることはなかったと指摘しました。重症の早発型PIHであったAは、帝王切開によって全身状態が改善されるとは限らず、1月16日午後3時30分及び7時30分において、重症基準を満たす高血圧が続いており、HELLP症候群や子癇といった重篤な合併症の生じるリスクが存在していたのであり、血液検査は、HELLP症候群の発症を確認する上で必須のものであると判示しました。また、日本妊娠高血圧学会のPIH管理ガイドライン2009年版においても、分娩翌日に凝固線溶系検査を含む血液検査をすべきであり、血圧の重症化の持続症例では、分娩当日から実施すべきであるとされていると指摘し、もとより、上記ガイドラインは、あくまでも目安であり、しかも、本件の診療当時後に発表されたものであるから、参考的なものであるが、血液検査の重要性は認められるものであると判示しました。

そうすると、Y病院においては、分娩翌日である1月16日中に血液検査を実施すべき注意義務があったというべきであり、その検査を怠った点について、過失を認めるのが相当であると判断しました。

次に、裁判所は、1月16日午前零時45分から同日午後7時30分の間に降圧剤を投与すべきであったかについて検討しました。

分娩後における降圧剤の投与について、重症PIHの基準を満たす血圧を示したとき(160/110mmHg以上)が投与する目安といえると判示しました。また、分娩後においては、胎児への影響を考慮する必要がなくなるため、140/90mmHg以下あるいは妊娠初期レベルまで降圧すべきとの見解もあるが、少なくとも、140~150/90~100mmHgを目標とすべきといえると判示しました。

裁判所は、まず、1月16日午前零時45分のAの血圧(160/92mmHg)は、形式的には、上記分娩後における降圧剤投与の基準を満たしているが、帝王切開直後であることを考えると、帝王切開に起因する一過性の変化である可能性を否定することはできないから、同時点において、直ちに降圧剤を投与すべきであったとはいえないと判断しました。

次に、同日午前1時20分、血圧は168/98mmHgへ上昇したが、Aが「お腹痛いです。」と訴えたことからすると、手術の創部痛による血圧上昇と考え、鎮痛剤のペンタジンを投与したことは合理的といえると判断し、また、同日午前2時、血圧は182/108mmHgまで上昇したが、同日午後2時までの12時間、同日午前6時30分及び同日午後零時にペンタジンを投与しつつ、概ね重症PIHの基準を下回る血圧を保っていたことからすると、この間に、降圧剤を投与すべきであったとはいえないと判示しました。

また、同日午後2時に178/108mmHgまで血圧が上昇し、同日午後3時に160/80mmHg、同日午後3時30分に164/98mmHgとなり、重症PIHの基準を満たす血圧値を示したが、同日午後零時に投与したペンタジンの効果を見定めるのには一定の時間が必要というべきであるから、同時点において、直ちに降圧剤を投与すべきであったとまではいえないと判示しました。

しかし、同日午後7時30分に至り、178/110mmHgに血圧が上昇しながら、Aが「傷の痛み、今は大丈夫」と述べたことからすると、同時点における高血圧は、手術の創部痛のみによるものと断定することはできず、むしろ、3度目のペンタジンの投与にもかかわらず、同日午後2時以降、重症PIHの基準を維持し続けたことからすれば、PIHが起因しているとみるのが相当であると判示しました。そうすると、同日午後3時30分から午後7時30分までの間、血圧測定が行われていないため具体的な時刻を特定することはできないが、遅くとも、同日午後7時30分の時点において、PIHに対する治療として、降圧剤を投与すべきであったといえるから、これを投与しなかった点に過失が認められると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で患者遺族らの請求を認め、その後控訴が棄却されて判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年12月 7日
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