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No.370 「中大脳動脈ネッククリッピング手術後に患者に脳梗塞が発症。執刀医にクリップの先端が他の血管を挟んでいないかどうかの確認を怠った過失等を認めた地裁判決」

京都地方裁判所 平成12年9月8日判決 判例タイムズ1106号196頁

(争点)

  1. 動脈瘤の基部以外の血管をクリップで挟んだことに関する過失の有無
  2. M2上行枝にキンク(ねじれ)を生じさせたことに関する過失の有無

(事案)

X(症状固定時69歳の女性)は、平成8年11月27日、Y1医療法人の開設する脳神経外科等を有する病院(以下「Y病院」という。)において、脳神経外科部長を務めるY2医師の執刀により、左前頭側頭骨形成開頭及び中大脳動脈ネッククリッピング手術(以下「本件手術」という。)を受けた。

本件手術は、開頭し、銀製剥離子等の脳ベラにより、周りの脳組織をよけて圧排し、動脈瘤を露出させ、瘤の基部をクリップで挟み、血液の流れを遮断し、破裂を防ぐ方法というものであった。

Y2医師は、同日午後1時に本件手術を開始し、Xの頭皮を左半冠状に切開し、前頭・側頭骨形成開頭を行い、同日午後2時25分に頭蓋骨を除去し、同45分硬膜を切開し、前頭を脳ベラで圧排し、手術野を拡げ、脳神経Ⅰ(臭神経)、脳神経Ⅱ(視神経)を確認し、左内頸動脈に沿って血管をたどって、中大脳動脈の三叉部に至り、右三叉部に動脈瘤があることを確認したが、三叉部の癒着は強く、特に動脈瘤のドーム部分と分岐した動脈の一本とが強く癒着していた。

Y2医師は、動脈瘤の基部(ネック)を剥離し、同日午後5時35分、動脈瘤ネッククリッピングを行い、同55分、硬膜縫合がなされ、硬膜外にドレーンを設置したうえ、同日午後6時20分本件手術を終えた。

Xは、同日午後6時25分に病室に戻ったが、この時点で対光反射は左正常、右鈍であり、瞳孔も右が小さく、麻痺については健側に比べて右上肢が2/5、右下肢が2/5~3/5しかなく、右半身の麻痺が見られ、翌28日のCT検査の結果、左中大脳動脈の全支配領域に脳梗塞が生じていることが確認された。

Xの意識レベルは、手術当日の午後9時までは刺激しても覚醒しない状態であり、同日午後11時に体を揺さぶることにより開眼する状態となったものの、同年12月11日ころまで刺激しても覚醒しない状態と体を揺さぶらないと開眼しない状態を行き来した。その後、Xは、意識レベルは改善したものの、右半身は麻痺したままであり、失語症が残存した状態のまま、平成9年3月5日までY病院に入院し、同日、Kリハビリセンターに転院した。

Xは、本件手術により左中大脳動脈が遮断されて脳梗塞となり、右片麻痺、失語症が発生し、右上下肢機能障害、視野障害、言語機能障害の後遺障害を負い、その症状は同月28日に固定した(後遺障害等級1級相当)。

そこで、XはY2医師に対しては不法行為(民法709条)に基づき、Y1医療法人に対しては、使用者責任(民法715条)または診療契約の債務不履行に基づき、損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
2億2890万0864円
(内訳:逸失利益1968万6711円+慰謝料5500万円+入院付添費214万5000円+将来の介護費用1億2957万5000円+住居改造費120万円+入院雑費49万5000円+弁護士費用2079万9153円)

(裁判所の認容額)

認容額:
8840万7559万円
(内訳:逸失利益1798万6359円+慰謝料2725万円+入院付添費67万6500円+将来の介護費用3413万4800円+住居改造費120万円+入院雑費15万9900円+弁護士費用700万円)

(裁判所の判断)

1 動脈瘤の基部以外の血管をクリップで挟んだことに関する過失の有無

この点につき、裁判所は、鑑定結果や鑑定人の尋問、Y2医師の陳述書や本人尋問などを併せ考えると、Y2医師は、本件手術の際、動脈瘤の基部をクリップで挟み、動脈瘤を剥離した後、クリップの先端が他の血管を挟んでいないかどうかを確認すべき注意義務があったのに、これを怠り、動脈瘤を剥離した後、クリップの先端を確認しなかったため、正常な動脈であるM2下行枝をクリップで挟んでいることに気付かず、これを放置した過失があったと判断しました。

2 M2上行枝にキンク(ねじれ)を生じさせたことに関する過失の有無

この点につき、裁判所は、鑑定結果や鑑定人の尋問、Y2医師の陳述書や本人尋問などを併せ考えると、Y2医師は、本件手術の際、M2が動脈瘤に強く癒着し、クリップのためM2上行枝がキンクする可能性が高かったのであるから、クリップを掛けたときにキンクしていないかどうかを顕微鏡下で確認するだけでなく、脳ベラを軽く外して動かないかどうかを確認し、更に、超音波で血流を確認すべき注意義務があったのに、そのような確認をしなかった過失があると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年11月 8日
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