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No.369 「交通事故により負傷した患者が病院搬送後、心筋梗塞により死亡。腸管損傷の疑いが否定できなかったにもかかわらず開腹手術実施を遅らせた医師の過失を認めた地裁判決」

広島地方裁判所平成11年3月29日判決 判例タイムズ1069号226頁

(争点)

  1. 開腹手術実施が遅れた過失の有無
  2. 医師らの過失と患者死亡との因果関係の有無

(事案)

平成6年6月25日午後5時50分ころ、A(死亡当時72歳の男性)は飲酒の上で軽四輪自動車を運転していた際、普通乗用自動車との正面衝突事故により負傷し、同日午後6時25分ころ、Y1院長の開設する病院(以下、「Y病院」という。)に搬送された。

なお、Y1はY病院の院長を務めていたが本訴係属後に死亡し、Y2(Y1の妻)及びY3(Y1の子)が訴訟を承継した。

Y病院では、まず、非常勤医師であるM医師が中心となり、Y1院長とともに、交通事故の状況を聴いた上、Aの診察及び治療に当たり、末梢血液検査及び血圧測定も実施したが、Aは、その際、意識は明瞭でアルコール臭が強く顔面を紅潮させて興奮しており、血圧は収縮期90で、頭痛、吐気、腹痛及び胸痛はいずれもなく、頚部痛を訴え、左膝及び右腰部に擦過傷があった。このほか、M医師は、Aの頸椎、左膝及び胸部のレントゲン検査を実施したが、特に異常を認めず、末梢血液検査では、白血球増多を認めたため、血管確保の上、ラクテック(代用血漿剤)の持続点滴を実施した。

同日午後8時過ぎころ、Aは腹痛を訴え、M医師が診察したところ、左上腹部の圧痛を認めたが、腹膜刺激症状である筋性防御は認めなかった。M医師は、Aが酩酊状態で立位が困難なため仰臥位及び左側臥位で腹部レントゲン検査を実施したが、消化管損傷の際に発生する遊離ガス像等の異常所見は認めず、同日午後9時10分ころ、腹部CT検査を実施したが、肝臓及び脾臓の周囲に約1000ミリリットルの液体貯留を認め腹腔内出血が疑われたものの、やはり遊離ガス像は認めなかった。

同日午後9時15分ころ、M医師は、Aを集中治療室へ入室させ心電図モニターを装着させたが、右上腹部に自発痛はないものの圧痛及び筋性防御が、左上腹部から下腹部にかけて自発痛、圧痛及び筋性防御を認め、午後9時30分ころ、腹部超音波検査を実施したが、肝臓下面に液体貯留を認め腹腔内出血が疑われた。そして、同日午後9時30分の時点におけるAの血圧は109ないし80であった。

同日午後10時ころ、Aは、血圧が70ないし58に低下したため、M医師は、ラクテックを急速滴下した上(なお、同日午後10時20分の時点における血圧は96ないし52となった。)、末梢血液検査再検を実施したが、白血球数は減少しており、完全に否定できなかったものの腹膜炎の可能性は少ないと判断しY病院に駆け付けていたAの家族にその旨説明した。そして、M医師は、同日午後10時20分、腹膜炎の可能性も否定できないため、抗生物質であるフルマリンを点滴投与した。

Aは、同日午後11時に嘔吐したほかは、血圧は108ないし70であり、腹痛の状況等は集中治療室入室時と大きく変化はなかったが、同日午後11時45分、末梢血液検査の結果、白血球数の急激な減少が認められ、血液ガス分析により代謝性アシドーシスも認められたため、M医師は開腹手術の施行がより良いと判断し、翌26日午前0時過ぎころ、Y病院外にいた常勤医師であるY5医師に連絡を取った。

Y5医師は、同日午前1時ころ、Y病院に到着し、Aを診察の上、電話でY病院外にいた副院長のY4医師に状況を報告して、今後の対応について指示を仰いだ。Y4医師は、これまでの経過及び検査結果も踏まえ、腹膜刺激症状から腸管損傷が疑われたが、腹腔内出血により説明が可能なことから、結局、腹腔内出血が疑われるが貧血の進行やバイタルサインの悪化がないとして、開腹手術を同日朝に施行する方針を決定し、Y5医師にその旨指示し、Y5医師は、Aの代謝性アシドーシスに対しメイロンを点滴投与した。

同日午前1時ころから、Aには、ショック状態の一つの徴表である尿量の減少が見られ、同日午前8時には尿量が一時間当たり5ミリリットル(本来60ミリリットル程度が正常)になった。

同日午前5時30分ころになり、Aの血圧が67ないし47と低下したが、M医師がラクテックを急速滴下したところ、130ないし84に回復した。

Y4医師は、同日午前8時30分ころ、Y病院に到着し、M医師から引き継ぎを受け、同日午前9時過ぎころ、Aを手術室に入室させ、午前9時45分ころから、約3時間40分間、執刀医として開腹手術を施行した。

Aにおいては、その際、特に容態の異常は見られず、脾臓、肝臓及び大腸に損傷はなかったが、腹腔内に約2000ミリリットルの血性腹水が認められ、S字腸間膜に軽度の裂傷があり、小腸について、約2メートルにわたり壊死した部分があったほか、起始部から約130センチメートル肛門側で腸間膜が根部まで裂けた状態で腸内容の流出があり、血液の途絶により当該部位が約20センチメートルの範囲にわたり壊死し、末端より口側約12ないし13センチメートルの部位で腸間膜の裂傷が認められた。そして、術中、Aの血圧は収縮期100以上に回復し、尿量も1時間当たり30ミリリットルまで回復した。

Aは、開腹手術後の同日午後2時5分、気管内チューブ挿管状態のまま集中治療室に戻り、心電図モニターを装着したところ、術中及び術前には認められなかったST低下があり、狭心症発作が疑われ、血圧も低下したため、術中から点滴使用していたカタボンHI(少量では内臓血管拡張作用による利尿効果があり、多量では末梢血管収縮による昇圧作用がある薬剤)が増量されたが、効果なく、同日午後2時30分ころ、心電図検査を実施したところ、右冠動脈の攣縮ないし閉塞による心筋梗塞と考えられる所見が現れたので、ニトログリセリン錠が舌下投与された。

同日午後3時ころ、Aは意識清明の状態に戻ったものの、その後、不整脈が出現し、カタボンHIの増量投与等の措置がとられたが、徐々に血圧が低下し、同日午後7時50分、心臓が停止し、心筋梗塞により死亡した。

そこで、遺族であるXら(Aの妻および子ら)は、Yらに対して、不法行為ないし債務不履行を主張して損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族合計2400万円
(内訳:2100万円「(逸失利益923万0760円+慰謝料2500万円+墳墓及び葬祭費100万円)-自賠責保険填補額1412万5280円の内金」+弁護士費用300万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族合計1973万0962円
(内訳:逸失利益805万6244円+慰謝料2300万円+墳墓及び葬祭費100万円-自賠責保険填補額1412万5280円+弁護士費用180万円。相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

1 開腹手術実施が遅れた過失の有無

この点について、裁判所は、一般的に、腸管損傷(小腸穿孔)では、6時間でショック準備状態に、12時間で重症ショック状態に、24時間で臓器障害出現、48時間で不可逆性ショック状態に陥るため、腸管損傷が疑われる場合、できるだけ早期、できれば受傷後6時間(ゴールデンタイム)以内の手術が望ましく、ことに本件では、Aが高齢者であり不測の事態が起きやすいことも考えると、早期開腹手術が望ましかったと認定しました。

その上で、Y4医師は、腸管損傷の疑いが否定できなかったにもかかわらず、平成6年6月26日午前1時ころの時点で、開腹手術の実施を翌朝と決定し、そのため、結局、その後漫然と時間が経過し、受傷後約16時間して開腹手術を実施するに至ったものであるから、Y4医師には、この点において過失があると判断しました。

2 医師らの過失と患者死亡との因果関係の有無

医師側は、Aの死因は、心筋梗塞であるから、Aの死亡と開腹手術の実施が受傷約16時間後となったこととの因果関係はない旨主張しました。

しかし、裁判所は、Aの心筋梗塞は、偶発的なものではなく、開腹手術が遅れショック状態及びアシドーシス状態が進行した状況に開腹手術という侵襲行為が加わったために発症したと認めるのに十分であって(なお、証拠によれば、ショック状態及び胸腹部の外科手術は心筋梗塞発症のリスクファクターとなることが認められる。)、Y4医師の開腹手術を遅らせた過失とAの死亡との間には相当因果関係を肯認できると判断して、Y4医師と同医師の使用者であったY1医師につき、損害賠償義務を認めました(Y5医師に対する請求については、Xらが同医師の過失につき具体的な主張をしないので、失当と判断しました)。

以上より、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲で、Y1医師の訴訟承継人であるY2、Y3とY4医師に対するXらの請求を認めました(Yらの関係は連帯債務)。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年10月10日
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