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No.361 「市立病院で、手術部位の誤認により、固定する必要のない椎間を固定。患者主張の障害は否定したが、慰謝料及び弁護士費用の損害額を一審よりも増額した高裁判決」

大阪高等裁判所平成27年9月3日判決 ウェストロー・ジャパン

(争点)

固定する必要のない椎間を固定したことによって患者に生じた障害

(事案)

X(症状固定時44歳の女性)は、平成18年9月4日、Y市が設置・運営する病院(以下、「Y病院」という。)において、第6・第7頸椎間(以下「C6/7」という。)の椎間板ヘルニアを除去して椎間を固定するための手術(以下、本件手術という)を受けた。

しかし、本件手術後から平成18年9月20日に退院するまでの間、左手第4、第5指のしびれ、のどの痛み、嗄声、後頸部から右肩のこり、痛みの症状を訴え、目のかすみ、焦点が合わない等も訴えていたが、レントゲン検査では異常所見はなく、同月11日にはネックカラーを除去し、合併症を起こすこともなかった。目の症状については眼科による診察もされたが、異常所見は認められなかった。

Xは、退院後、同年10月に2回、同年11月に2回、Y病院を受診し、その後は、平成19年9月までに月1回Y病院を受診した。その間、左手第4、第5指のしびれ、脱力、左肩から後頸部の痛みやこり、のどの痛みや違和感、嗄声等の訴えは続いた。

平成18年10月4日、同年11月22日には、MRIによる頸椎の検査がされたが、C6/7、C7/Th1に挿入したケージは安定し、脊髄内に異常信号域はなく、圧排やヘルニア所見は認められなかった。また、平成19年1月16日、Xは、H病院を受診し、喉頭ファイバーによる検査を受けたが、この検査でも異常所見は認められなかった。

平成19年10月26日、Xは、Y病院から紹介状の交付を受けてD病院に転院し、以後通院治療を継続した。

D病院からY病院に宛てた報告書では、頸椎のMRIから、脊髄及び神経根の除圧は問題なく、動態レントゲン上では頸椎骨癒合にも有意な不安定性は認められないが、「手術レベル誤認に伴い追加固定したことが、現症状(左手第4、第5指のしびれ、左肩から後頸部の痛みやこり、のどの痛みや違和感、嗄声等の症状であると推認される。)の一因である可能性は明瞭である」などという記載がされている。

D病院受診中のXの症状に改善はみられず、心臓の疾患等も相俟って、右手のしびれ、右肩から上肢にかけて違和感、胸部不快感、右足(大腿から足底にかけて)しびれ感、脱力感等の訴えもされるようになった。

そこで、Xは、Y病院において、「C6/7」の椎間板ヘルニアを除去して椎間を固定するための手術を受けたところ、手術部位の誤認により、第7頸椎・第1胸椎間(以下「C7/Th1」という。)の椎間板を切除され、予定されていたC6/7に加え、隣接するC7/Th1も固定されたため、本件手術の後、Xには、C6/7のみが固定されていれば生じなかったはずの症状が発生し後遺症として残存したなどと主張し、Y市に対し使用者責任又は債務不履行に基づく損害賠償請求をした。

原審(大阪地裁平成27年2月13日判決)は、Xの請求を不法行為に基づく損害賠償(慰謝料・弁護士費用)として165万円(及び遅延損害金)の限度で認容した。

Xは、原判決敗訴部分を不服として控訴し、請求原因を「C6/7に加え、隣接するC7/Th1も固定されたことにより、脊柱の著しい運動障害(6級5号)の後遺障害が残存し、これによる損害は5177万7117円である。」というものに交換的に変更した。Yは、原判決敗訴部分を不服として、附帯控訴をした。

Xは、平成27年5月13日、頸部痛によりH医院を受診し、レントゲン検査により変形性頸椎症との診断を受け、また、頸部の可動域は前屈20度、後屈5度、右外旋90度、左外旋60度と著名な可動域制限があるとの診断を受けた。

Xは、これをもって後遺障害等級6級5号に該当すると主張した。

(損害賠償請求)

一審裁判所における請求額:
5662万3714円
(内訳:不明)
一審裁判所の認容額:
165万円
(内訳:不明 慰謝料+弁護士費用)
控訴裁判所における請求額:
5012万7117円
(内訳:後遺障害による逸失利益3487万7117円+後遺障害慰謝料1220万円+弁護士費用470万円-原判決認容額165万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
330万円
(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用30万円)

(裁判所の判断)

固定する必要のない椎間を固定したことによって患者に生じた障害

裁判所は、C6/7に加え、隣接するC7/Th1も固定されたことにより、脊柱の著しい運動障害(後遺障害等級6級5号)の後遺症が残存するというXの主張について、以下のように述べました。

後遺障害等級6級5号に該当するためには、「頸椎及び胸腰椎のそれぞれに脊椎固定術が行われ、これにより頸部及び胸腰部が強直したこと」が必要であり、「強直」とは、関節の完全強直又はこれに近い状態をいい、「これに近い状態」とは、脊柱において、主要運動の全てが参考可動域角度の10%程度以下に制限されるものをいい、「10%程度」とは、参考可動域角度の10%に相当する角度を5度単位で切り上げた角度を示し、頸部の屈曲・伸展又は回旋については15度、胸腰部の屈曲・伸展については10度である。

そうすると、Xについて、このような脊柱の可動域制限があることを認めるに足りる証拠はないから、Xの上記主張は採用できないとしました。

さらに、本件手術後、XがY病院及びD病院の受診中を通じて訴えていたのは、主として目のかすみ、左手第4、第5指のしびれ、左肩から後頸部の痛みやこり、のどの痛みや違和感、嗄声等の愁訴であり、Y病院及びD病院の診療録には、首の動きに関する訴えも散見されるが、ごく僅かなものであって、頸部の可動域の検査もされておらず、H医院の検査結果のような頸部の可動域の制限があったとは認められないと判示しました。そして、このことは、H病院における検査結果の信用性に疑いを生じさせるものであるが、仮に本件手術から8年8か月を経過した時点において、上記検査結果のような可動域制限が発生しているとしても、これを本件手術と関連するものと認めることは困難と判示しました。

なお、本件手術は固定する必要のないC7/Th1の椎間を固定したのであるから、物理的には固定すべき1椎間を固定しただけの場合と比べて頸部の可動域が制限されるということは十分に考えられるが、本件では、そのような制限の程度は不明というほかなく、これが後遺障害といえる程のものであると認めるに足りる証拠はないと判示しました。

裁判所は、本件過誤によってX主張の障害が生じたことは認められないと判断しました。

しかし、本件過誤は、病変が見られなかった身体の部位に侵襲を加えて不可逆的な変化を与えたものであって、これによりXは精神的な苦痛を被ったものというべきであるから、かかる苦痛を慰謝するために相当な金銭的賠償を要するものというべきであるとしました。

以上から、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年6月 7日
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