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No.360 「医師が子宮頸がん予防ワクチンを適正位置より高い位置に注射した過失により、患者に左肩関節炎が発症。市立病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

福岡地方裁判所小倉支部平成26年12月9日判決 医療判例解説第60号(2016年2月)58頁

(争点)

医師が肩峰三横指下の位置に行うべき子宮頸がん予防ワクチンの接種を、それより高い位置(肩峰一横指下の位置)に打ったか否か

(事案)

X(昭和38年生まれの女性)は、平成22年頃、子宮頸がん予防ワクチンであるサーバリックスの接種を受けることとし、同年4月から同接種のために、Y市が設置・運営するY市立病院(以下、「Y病院」という。)を受診した。(以下、平成22年の事柄については、原則として月日のみで記載する。)

サーバリックスは、0ヶ月、1ヶ月、6ヶ月の3回上腕部の三角筋に筋肉内注射することで発がん性ウィルスの感染予防に効果があるとされている生物由来薬剤で、皮下注射又は静脈内注射はしてはならないとされ、施術者は、表皮、真皮、皮下組織の下部にある筋肉に確実に到達させるため、三角筋の中央に相当する肩峰三横指下の位置で、成人の場合、長さ25mm以上の注射針の3分の2程度を、皮膚面に垂直に深く刺入して、薬液を注入すべきものとされている。

Xは、Y病院に勤務する産婦人科のA医師により、4月6日(第1回目)、5月13日(第2回目)及び10月19日(第3回目)にそれぞれサーバリックスの接種を受けた(このうち第3回目の接種時の注射を「本件注射」という。)。

Xは、10月19日午後1時頃から午後1時30分ころまでの間に本件注射を受け、その直後の同日午後4時頃、左肩に激痛を感じ、その後、左腕が上がらない、眠れないなどの症状を発症した。

同月22日、Xは、左肩の痛みを訴えてY病院を受診し、A医師から鎮痛剤の処方を受けて服用したが、左肩の痛みは持続した。

翌23日、Xは、左肩の疼痛を訴えてW医院を受診し、B医師の診察を受けたところ、B医師は、Xが示す本件注射の位置を見て、直ちにMRI検査を指示し、三角筋と腱板に炎症を起こしている可能性が高いと診断した。

25日、W医院の院長であるF医師は、Xが受けた左肩付近のMRI検査の画像に、左棘下筋、三角筋及び肩峰下滑液包に炎症所見を認め、Xの求めに応じて、棘下筋と三角筋肉に炎症がある旨のメモを作成し、同月26日、Xに対し、本件注射により左肩関節内の肩峰下滑液包にサーバリックスの薬液が入った可能性を指摘して、高い位置に打ってはいけないので、もっと下に打つようにY病院に伝えるように促した。

同日、Xは、Y病院を訪れて、W医院での説明を伝えたところ、Y病院のカルテに「某整形外科受診→MRI上三角筋下の棘下筋に炎症+ 筋注の場合が上すぎる?3回目の反応が強い?気をつける!」と書き留められた。

同日以後、Xは、W医院に通院し、リハビリ及び注射による治療を受けたが、同年11月になって軽減はしたもののなお左肩の痛みが持続していたため、同月9日、V大学病院を受診し、以後、同病院で治療を受けるようになった。

Y市は、同年12月25日、W医院において、B医師に聞き取り調査を行ったところ、B医師は、Xの上腕にシールが貼ってあったことは確認したが、注射痕は見ていない旨答えた。

平成23年1月4日、V大学病院のG医師は、Xについて、本件注射後数時間後に接種部位から左肩全体に広がる肩関節痛が出現し、Xの肩関節に腫脹及び可動域制限が認められること、平成22年10月25日撮影のMRI画像から肩峰下滑液包及び腱板に炎症所見を認めたとして、左肩アジュバント滑液包炎(子宮頸がん予防ワクチン投与後)と診断し、Xに対して、注射針が誤って滑液包内に注入された可能性が十分あると説明した。

そこで、Xは、Y病院の医師は、Xの左腕の肩峰から三横指(手指の幅)下部に注射すべき義務があったのに、左肩峰から一横指下部辺りの適正位置より高い位置に注射した過失により、注射針をXの左肩峰下滑液包に到達させて同滑液包内に薬液を注入したため、Xは、左肩関節炎を発症し、疼痛及び可動域制限の後遺障害を残したとして、Y市に対し、不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
1559万0279円
(内訳:治療費等96万6161円+通院交通費等10万6836円+入院(26日間)雑費3万9000円+休業損害125万1070円+傷害慰謝料300万円+後遺障害慰謝料290万円+後遺障害逸失利益580万5148円+損害賠償関係費用10万4766円+弁護士費用141万7298円)

(裁判所の認容額)

認容額:
762万8614円
(内訳:治療費等88万1901円+通院交通費等4万4199円+入院雑費3万7500円+休業損害112万5014円+傷害慰謝料195万円+後遺障害慰謝料290万円+弁護士費用69万円)

(裁判所の判断)

医師が肩峰三横指下の位置に行うべき子宮頸がん予防ワクチン(サーバリックス)の接種を、それより高い位置(肩峰一横指下の位置)に打ったか否か

この点について、裁判所は、(1)W医院のB医師は、左肩峰一横指下付近に本件注射をされた旨のXの説明を受けて診察した上、直ちにMRI検査を受けるよう指示したこと、W医院院長のF医師は、平成22年10月25日の撮影のMRI画像から肩峰下滑液包に炎症所見を認め、Xに対してサーバリックスは高い位置に打ってはいけないと説明をしたものであり、これに、(2)Xの左肩峰三横指下部に注射がされた場合、肩峰下滑液包に薬液が注入される可能性は低いのに対し、Xの左肩峰一横指下付近に注射針を垂直に刺入した場合には、左肩峰下滑液包に同注射針が到達し、薬液が注入される可能性があること、滑液包の炎症が三角筋内の炎症から波及したものとは考えにくいこと、平成22年10月23日、左肩の激しい痛みを訴えてW医院を受診したXの左肩を確認したところ、肩峰一横指下部辺りに注射痕が残っていた旨述べるB医師の証言等内容を併せ考えると、本件注射は、Xの左肩峰一横指下付近に注射針を刺入されて行われたもの、すなわち、Y病院のA医師が、本件注射時、Xの左肩峰一横指下付近に注射針を刺入し、三角筋の下の肩峰下滑液包に薬液を注入した結果、Xの左肩に炎症が生じたものと認めるのが相当であると判示しました。

なお、B医師は、平成22年12月25日、Y市から説明を求められた際、同年10月23日の診察の際、Xの左上腕の高い位置に保護テープが貼ってあり、保護テープを中心に赤く腫脹が見られたが、保護テープを剝がして注射痕を確認したわけではない旨説明したものの、Y病院の副院長(整形外科部長)及び事務長がW医院を訪れて、B医師に質問をするという状況で、緊張していたり、予期しない点を質問されて動揺したりして、質問に的確に回答することが出来なかったと証言しました。

この点につき、裁判所は、その場は、Yが状況を正確に把握しようとして設定(W医院への訪問)したものではあったが、当時32歳であったB医師にとって、その出身大学から医師を派遣している関係にあるY病院の副院長らの質問に答え、あるいはこれに質問することに、相当程度精神的負担を感じるものであったことが推察されるのであり、その後に、改めて、Xの左肩峰一横指下に注射痕を確認したというB医師の証言態度は、上記応答によって、信用を失うものとはいえないと判示してB医師の証言及び陳述書の内容を採用しました。

裁判所は、A医師が、上腕部の三角筋内に注射されるよう肩峰三横指下の位置付近に行うべきサーバリックスの接種を、それより高い位置(肩峰一横指下の位置)に打ったことが認められ、これが注意義務違反を構成するところ、Xには、本件注射後3時間程度のうち左肩に強い痛みが生じたこと、本件注射の6日後(平成22年10月25日)に滑液包内に炎症所見が見られたこと、可動域制限の状況が出るなどしたことが認められ、本件注射により左肩関節炎を発症したものと認定しました。

以上から、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年6月 7日
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