平成14年9月24日最高裁第三小法廷判決(判例時報1803号28頁)
(争点)
- 高齢の患者本人に末期がんであると告知するのは適当でないと考えていた医師に、連絡が容易な患者の家族に対して告知する義務があったか否か
(事案)
主に成人病に関する諸疾患の調査及び診断・治療を行うことを目的とする財団法人Y は、Y市内においてY県成人病医療センター(以下、「本件病院」という。)を開設し運営している。
平成2、3年当時、患者A(死亡時77歳の男性)は、Y市内において、妻X1と二人暮らしであり、Aの成人した子であるX2、X3及びX4は、Aと別居していた。子X4は、Aの自宅の近所に居住し、同人と日常頻繁な行き来があり、X2もAと同じY市内に居住していた。
Aは、昭和60年11月ころから、本件病院循環器外来に1、2週間に一度の割合で通院し、虚血性心疾患、期外収縮及び脳動脈硬化症等の治療を受けていた。
本件病院において、平成2年10月26日、Aに対する上記疾患等の治療効果を確認するため、同人の胸部レントゲン撮影がされたところ、肺にコイン様陰影が認められた。
その後の各検査結果等も総合すると、Aは、既に同日時点で、病期?に相当する進行性末期がんにり患しており、救命、延命のための有効な治療方法はなく、とう痛等に対する対症療法を行うしかない状況にあった。
C大学医学部講師で毎週土曜日に本件病院の外来診察を担当していたB医師は、平成2年11月17日、初めてAを診察し、転移性、多発性のがんであって、手術によって治療することは不可能で化学療法も有用とは考えられないと判断し、同人の余命は長くて1年程度と予測した。
B医師は、平成2年12月29日のAのカルテに末期がんであろうと記載した。また、同医師は、同3年1月19日の診察の際、Aから肺の病気はどうかとの質問を受けたが、A本人に末期がんであると告知するのは適当でないと考えていたことから、前からある胸部の病気が進行している旨を答えた。同医師は、Aの病状について家族に説明する必要があると考えていたが、本件病院における診察の担当から外れる見込みがあったことから、同日のカルテに転移病変につき患者の家族に何らかの説明が必要である旨の記載をした。
B医師は、Aの家族へ病状を説明するために、上記診察の期間中に、一人で通院していたAに対し、入院して内視鏡検査を受けるように一度勧めたことがあったが、Aは病身の妻と二人暮らしであることを理由にこれを拒んでいた。また、B医師は、Aに対し、診察に家族を同伴するように一度勧めたことがあったが、その家族関係について具体的に尋ねることはなかった。
その後、B医師が本件病院における診察の担当から外れたため、平成3年2月9日及び同年3月2日、Aは、本件病院で他の医師の診察を受けたが、同医師は、とう痛対策のための処方を施すだけであった。結果として、B医師を含む本件病院の医師らは、Aに対して末期がんあるいは末期的疾患である旨の説明をすることはなく、また、Aの家族に対して連絡を取るなどして接触することもなかった。
平成3年3月5日。X1が付き添って、C大学医学部附属病院整形外科を受診し、同科の紹介により、同月12日、同病院第2内科を受診した結果、末期がんと診断された。同月19日、同科の担当医はX2らを同病院に呼び、Aが末期がんである旨の説明をした。
Aは、C大学医学部附属病院の紹介により、平成3年3月23日、D病院に入院し、その後、入退院を繰り返したが、同年10月4日、入院先のD病院において、左じん臓がん、骨転移を原因とする肺転移、肺炎により死亡した。Aは死亡に至るまで自己が末期がんである旨の説明を受けていなかった。
(損害賠償請求額)
1審(秋田地裁) 1900万円(内訳:患者妻について慰謝料1000万円、子供3名について慰謝料各300万円)
(判決による請求認容額)
1審で認めた金額 0円
原審(仙台高裁秋田支部)で認めた金額 120万円(内訳:患者の慰謝料120万円を患者妻が60万円、子供3名が20万円ずつ相続)
最高裁で認めた金額 120万円(上告棄却)
(裁判所の判断)
高齢の患者本人に末期がんであると告知するのは適当でないと考えていた医師に、連絡が容易な患者の家族に対して告知する義務があったか否か
裁判所は「医師は、診療契約上の義務として、患者に対し診断結果、治療方針等の説明義務を負担する。そして、患者が末期的疾患にり患し、余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきでないと判断した場合には、患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと、当該医師は、診療契約に付随する義務として、少なくとも、患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し、同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し、告知が適当であると判断できたときには、その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。」と判示しました。
その理由として、「なぜならば、このようにして告知を受けた家族等の側では、医師側の治療方針を理解した上で、物心両面において患者の治療を支え、また、患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができるようになり、適時の告知によって行われるであろうこのような家族等の協力と配慮は、患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからである。」判示しました。
その上で、本件病院等の医師らの対応は、余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に対するものとして不十分なものであり、同医師らには、患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り、告知するに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったとして、Y(本件病院)側の上告を棄却しました。
反対意見は、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すべきであるとしています。その理由として、進行性末期がんの患者あるいはその家族等に対する末期がんの告知について、診療契約上、医療機関側はどのような債務を負うのか、あるいは医療機関側にはどのような注意義務が課されているのかの具体的内容を定めるに当たっては、診療が行われていた平成2、3年当時における医療水準に照らして判断すべきであり、当時の医療水準を検討するに当たっては、厚生省・日本医師会から発行された「がん末期医療に関するケアのマニュアル」を十分にしんしゃくすべきである旨述べています。
そして、原審はこの点に関する検討が不十分であるから、これらの点を明らかにした上で債務不履行・注意義務違反を審理判断させるため破棄差し戻しすべきとしています。