今回は、「がん告知」に関する判決を2件ご紹介いたします。
「がん告知」、とりわけ進行性末期がんのように、「死」に近い病名の告知について、旧来の判例は、「医師の裁量」を広く認める傾向にありましたが、次第に「患者の自己決定権」を重視するようになりました。
そして、今回ご紹介するNo.36の最高裁判所判決は、高齢の本人に告知するのは相当でないと医師が判断した場合で、連絡の容易な家族がいる場合に、家族と連絡を取らず、家族に告知することの適否の検討をしなかった医師に、診療契約に付随する義務の違反を認めました。
その論拠として、「告知を受けた家族等の協力と配慮が、患者本人にとって法的保護に値する利益である」と判示しています。
なお、この判決では、担当した4名の裁判官のうち、1名の裁判官の反対意見も判決の末尾に記載されています。その内容は、平成2、3年当時の医療水準に照らして医療機関側の債務・注意義務について判断すべきであり、その際には厚生省・日本医師会から発行された「がん末期医療に関するケアのマニュアル」を十分にしんしゃくすべきであるから、破棄差し戻しにすべきというものです。
裁判所法の第11条は、最高裁判所について「裁判書には、各裁判官の意見を表示しなければならない」と定めていることから、最高裁判所の判決には少数意見も表示されます。これに対して、高等裁判所(原則3名の裁判官)や、地方裁判所(原則1名、事案によって3名の裁判官)では、裁判所法の第75条1項で「合議体でする裁判の評議はこれを公行しない」と定めているので、裁判官の意見が分かれた場合でも少数意見を判決に表示することはありません。
ところで、上記最高裁判決の反対意見で言及されている「がん末期医療に関するケアのマニュアル」の改訂版は日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団から「がん緩和ケアに関するマニュアル」として平成14年に発行されています。
また、厚生労働省医政局は平成16年7月16日に、「終末期医療に関する調査等検討会」報告書を発表しています。
これらを読みますと、医療現場では告知をすべきか否かの問題をこえて、告知の方法や告知後のケアについての議論が深まっていることを感じます。
No37の判決で着目すべきは、がんの可能性の説明をしなかったこと自体について慰謝料を認めている点です。死亡との因果関係は否定されているのですが、それでも400万円の慰謝料を認めているのです。
理由の中で、裁判所は、患者が自らの健康状況を把握するために健康診断を受けたにも拘わらず、病院ががんの可能性の説明をしなかったことで、「患者は自己決定の機会を失い、自らの死期が近いことを知ることができず、人生の最後の段階の過ごし方を考える機会をもつことができなかった」と判示しています。