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No.357 「重症新生児仮死の状態で出生し、重度の後遺障害が発生したことにつき、医師に低酸素状態を原因とする脳性麻痺の後遺障害を回避するために急速遂娩を検討・実行すべき義務違反があったとして、病院に対し、子と両親合計で1億8000万円以上の賠償を命じた地裁判決」

高知地方裁判所平成 28年12月9日判決 判例時報2332号 71頁

(争点)

急速遂娩の準備及び実行をすべき義務を怠った過失の有無

(事案)

X2(X1の母・初妊婦)は出産日の前日(妊娠39週2日)の午前7時45分頃、破水したため、午前8時45分頃、Yの運営する病院(以下、Y病院という)を訪ねた。X2を診察した医師は、子宮口が約1.5cm開大しており、高位破水の可能性があると診断し、X2は、同日、出産するためにY病院へ入院した。

なお、D医師は出産日当時、Y病院の産婦人科に勤務し、X2の出産を担当した医師であるが、鉗子分娩をしたことがなかった。EおよびFは、出産日当時Y病院に勤務し、X2の出産を担当した助産師である。また、Y病院に出産日当時あった吸引分娩をするための器具は、胎児の頭部が産婦がいきんでいないときにも少し見えるぐらいの位置になければ使用することができなかった。

Y病院では、出産日当時、帝王切開の手術に取り掛かるまでに約30~40分、手術を始めてから児を取り上げるまでに約15分の時間が必要であった。

診療経過一覧表によれば、入院日翌日である出産日の午後0時15分頃、X2の子宮口は全開大(子宮口が全部開いている状態)となり、プロスタルモンFの点滴が継続され、増量された。しかし、子宮の収縮は弱いままであった。

午後0時40分、X2に高度遅発性一過性徐脈が発生し、午後2時37分頃から、午後0時40分頃に生じたときよりも心拍数の低下幅が大きい高度遅発一過性徐脈が継続して発生し、午後3時40分頃にも高度遅発一過性徐脈が発生し、午後3時50分頃から基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生するようになった。

午後4時前までX1及びX2の観察をしていたベテランの助産師であるEの見立てによれば、X1がその後すぐに娩出されるような状況にはなかった。なお、E助産師は午後3時50分頃、分娩を早めるべきであることを既にD医師に提案し、また、午後4時頃の引き継ぎの際、F助産師に対し、クリステレルによる出産が可能な状態であると報告していた。

D医師は、午後4時40分頃に分娩室に入室し、胎児心拍数陣痛図を見た。

しかし、D医師は、クリステレル又は帝王切開を実施すべきかを検討することなく、陣痛促進薬による分娩を続行する判断をし、同日午後6時21分、経膣分娩によりX1が重症新生児仮死の状態で出生した。

X1は、出産日の約6か月後に、低酸素性虚血性脳症と診断されるとともに、重症新生児仮死後の重度脳障害であるとの医師の意見が付されているほか、出生日の約10か月半後には、脳性麻痺により、両上肢及び両下肢の機能を全廃し、体幹の機能障害により座っていることができず、また、合併症として、呼吸障害、嚥下障害があり、最重度の知的障害が認められるとの診断がされた(以下、本件後遺障害という)。

そこで、X1および両親(母親X2と父親X3)はY病院の医師及び助産師には急速遂娩の準備及び実行をすべき業務があるのにこれを怠った過失があるとして、使用者責任に基づきYに対して損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

新生児と両親合計の請求額:
2億440万4022円
(内訳:入院雑費16万6500円+将来の介護費用9241万0225円+介護用品等1495万9551円+逸失利益3976万7746円+入院慰謝料180万円+後遺障害慰謝料4000万円-産科医療補償制度による補償金1320万円+両親固有の慰謝料1000万円+弁護士費用1850万円)

(裁判所の認容額)

新生児と両親合計の認容額:
1憶8181万6531円
(内訳:入院雑費16万6500円+将来の介護費用9241万0225円+購入済みの介護用品・器具等101万8085円+将来の介護用品等の雑費234万9156円+将来の介護器具407万6044円+逸失利益3976万7746円+入院慰謝料170万円+後遺障害慰謝料3000万円―産科医療補償制度による補償金1320万円+両親固有の慰謝料700万円+弁護士費用1652万8775円)

(裁判所の判断)

急速遂娩の準備及び実行をすべき義務を怠った過失の有無

この点について、裁判所は、遅発一過性徐脈がある場合には、胎児が低酸素状態にあることが、基線細変動が減少している場合には、胎児の状態が悪化していることがそれぞれ推測されるところ、X1の遅発一過性徐脈は一時的なものではなく、午後3時40分頃には高度遅発一過性徐脈が発生し、午後3時50分頃から、基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生するようになっていたのであるから、D医師においては、遅くとも午後4時40分頃に分娩室に入室した頃には、X2が低酸素状態にあり、その状態が悪化していることを認識することができたと指摘しました。

そして、X1がその後直ちに娩出されるような状況にはなかったことからすれば、陣痛促進薬による経膣分娩をそのまま続行した場合には、上記の低酸素状態が更に増悪し、ひいてはX1に低酸素状態を原因とする脳性麻痺などの後遺障害が生じることがあり得ることを予見することができたと判示しました。

従って、D医師には遅くとも、午後4時40分過ぎの時点で、クリステレル又は帝王切開を実施すべきかを検討し、いずれかの準備に着手し、これを実行すべき注意義務があったところ、D医師は、午後4時40分頃に分娩の状況を診たものの、これらの準備に着手することもなく、従前の状況を正確に把握しないまま、陣痛促進薬による分娩を続行する判断をしたのであるから、D医師には、上記注意義務に違反した過失があると判断しました。

そして、D医師が、午後4時40分頃にクリステレル又は帝王切開の準備に着手していれば、Y病院の急速遂娩を行う体制からすれば、遅くとも午後5時35分頃の時点で、X1の低酸素状態を解消することができ、したがってX1が本件後遺障害を負わなかったものと推認されるから、D医師の過失とX1に生じた本件後遺障害との間には相当因果関係があるとしました。

以上から、裁判所は上記裁判所の認容額の範囲で、Xらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年4月 9日
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