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No.355 「再入院中に大動脈解離で患者が死亡。典型的な症状を示していたのに大動脈解離と診断せず、手術が可能である医療機関に転送しなかったことにつき注意義務違反を認めた地裁判決」

名古屋地方裁判所平成16年6月25日判決 判例タイムズ1211号 207頁

(争点)

転医義務違反の有無

(事案)

平成10年1月11日(日曜日)午前9時30分ころ、A(66歳の男性)は、入浴中に咽頭部から下顎部にかけて及び胸部にちくちくした痛みを感じ、次第に息苦しさや胸痛も出てきたため、午後0時30分ころ、Y医療法人の設置する病院(以下、Y病院という)の救急外来を受診し、I医師の診察を受けた。

初診時、Aの意識は清明だったが、顔色は不良で冷や汗があり、血圧が高かった。I医師は、血液検査、胸部レントゲン検査、胸部単純CTスキャン検査、心電図検査、胸部腹部超音波検査などを指示して実施した。

Aは、同日午後2時ころ、狭心症の診断を受けて、Y病院に入院したが、冠血管拡張剤や鎮痛剤の処方等を受け、夕方ころまでに症状が軽減した。

なお、胸部レントゲン検査、心電図検査などの結果、格別な所見は認められなかったが、胸部腹部超音波検査の結果、U技師から、総合所見として「脂肪肝・前立腺肥大・胆石症・解離性動脈瘤検索は必要。造影CT。」との報告がなされた。

この報告を受けて、I医師は、Aについて胸部造影CTスキャン検査の実施を指示した。

同日実施された胸部の単純CTスキャン検査及び造影CTスキャン検査の結果、剥離内膜像は認めず、ごく少量の心嚢液の貯留と大動脈弓部の部分的拡張をわずかに認め、下行大動脈の壁肥厚像を認めたが、I医師は、大動脈内に細い三日月状で白く濃く写っている像(鑑定の結果によれば、早期血栓梗塞型大動脈乖離の比較的わかりやすい像とされる。)が大動脈解離を示唆する像であることは読影できなかった。

I医師は、上記CTスキャン検査の結果や臨床症状を考え、Aについて、大動脈解離である可能性は低いと判断した。

I医師は、A及びAの妻に対して、検査の結果、特に異常がない旨説明し、同月15日、Aは退院し、通院治療によって経過観察をすると共に糖尿病を中心とした内科的治療を受けることになった。

同月17日(土曜日)、Aは、I医師の外来診療を受けた後、帰宅途中に、同病院の駐車場で停車中の乗用車に接触する事故を起こした。事故の相手方と話していた際、Aは、激しい胸内苦悶感、右下肢痛を来したため、Y医院に戻り、午後5時頃、再度外来を受診した。

I医師が診察したところ、Aは、右足部が血行障害のため蒼白で、右下腿から腰部にかけての痛みと右足のしびれ感を訴えていた。I医師は、心電図検査、血液検査、胸部レントゲン検査などを指示して実施し、酸素吸入、輸液等の処理をした。

連絡を受けたAの妻子がY病院に行くと、Aは、激しい胸痛のため、ほとんど言葉を発することができないような状態であった。

同日午後6時20分ころには右足部の血行がやや改善し、同日午後8時30分ころまでに、右下腿から右足部の血行障害はほぼ消失した。しかし、胸苦しさがなお続いており、午後9時30分ころ、Aは再入院した。

Aは、17日の入院時にも左背部から右胸部にかけての突き刺すような痛み、四肢冷感、四肢しびれ感などを訴え、その後、胸痛に加えて腰部痛も訴えたが、I医師が鎮痛剤を処方すると症状は治まった。

18日朝、I医師がAを診察したところ、胸痛などの訴えはなかった。

Y病院においては、非常勤の放射線科医師であるT医師が2週間に1回程度の割合で来院し、同病院で撮影されたレントゲン検査ないしCTスキャン検査の画像を読影し、その結果を報告していた。T医師は、17日に来院した際、11日に実施されたAの胸部単純及び造影CTスキャン検査の画像を読影し、「上行大動脈から下行大動脈(胸部)の造影されない壁肥厚像がみられる(下行に目立つ。)。内腔の剥離内膜像は示さず。心嚢水がわずかにある。大動脈弓部に拡張が部分的にある。大動脈解離。ディべーキーⅠ型を考える。」旨放射線科検査報告書に記載した。

18日朝、I医師はT医師による上記報告書を見て、再度、11日に実施されたAの胸部CTスキャン検査の画像を読影したが、大動脈解離との診断に与することができず、同CTスキャン検査の結果及び18日朝に下肢の血行障害や胸痛が治まっていたことなどAの臨床所見に照らして、Aについて大動脈解離と診断することは困難であると判断した。

18日午前10時頃、Aは胸が締めつけられるような感じを訴え、Y病院からの連絡により、妻子らが駆け付けた。同日午後0時ころ、Aが胸痛を訴え、Aに付き添っていた妻らが看護師に訴えた。看護師はI医師に、Aから胸苦しさの訴えがある旨連絡したが、I医師は、そのまま経過をみるように指示した。

同日午後1時50分ころ、Aが白目をむき、いびきをかき始めるなど容態が急変した。妻らがすぐに看護師を呼んだが、看護師が駆けつけた時にはAの呼吸は停止しており、両上肢に痙攣様の動きが認められた。I医師らは、Aに対して蘇生措置を講じたが、同日午後6時45分、Aは死亡した。

そこでAの遺族(妻子ら)は、Y医療法人に対し、I医師には大動脈解離の鑑別診断を怠り、専門医のもとに転医させなかった過失があるとして、Y医療法人に対し、診療契約上の債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
5984万9685円
(内訳:逸失利益2664万9787円+慰謝料2700万円+葬儀費用120万円+弁護士費用500万円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
4738万5738円
(内訳:逸失利益1818万5738円+慰謝料2500万円+葬儀費用120万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

転医義務違反の有無
(1)平成10年1月11日から15日の間における転医義務違反について

この点につき、裁判所は、まず、診療経過及び鑑定の結果によれば、Aは11日のY病院受診時に既に急性大動脈解離を発症していたものと推認でき、I医師は、客観的には11日のAの診察時に急性大動脈解離を見逃していたものと認定しました。

しかし、I医師のかかる診断が過失であるか否かについては、当該医師が属する専門領域における医師として、当時の医療水準に照らして通常要求される診療上の注意義務に違反したと認められるか否かが判断されなければならないとし、I医師が、CTスキャン検査の結果、急性大動脈解離であると診断しなかったことに、心臓血管の専門家でない外科医として、当時の医療水準に照らして医師としての注意義務違反があったということはできないと判示しました。

更に、突然、咽頭部痛及び胸痛を来した旨の主訴からは、大動脈解離のほかに、心因梗塞、肺梗塞、狭心症、急性心膜炎などの疾患も疑われること等も考え合わせると、11日から15日の間においてI医師がAを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送すべき注意義務があったとはいえないと判断しました。

(2)同年1月17日における転医義務違反について

この点につき、裁判所は、急性大動脈解離の典型的な初発症状が突然生じる激烈な胸痛などがあり、解離の伸展により臓器虚血などが引き起こされること等からすると、17日午後5時ころの外来受診時に、Aは急性大動脈解離の典型的な症状を示していたものと認定しました。

そして、Y病院においては、大動脈解離の疑いがあると診断した患者は他の病院に転送したというのであるから、I医師は、遅くとも17日中には、Aを急性大動脈解離の手術が可能である医療機関に転送すべき注意義務があったと判示し、Aを転送しなかったI医師には、上記の診療上の注意義務を怠った過失があると判断しました。

以上から、裁判所は上記裁判所の認容額の範囲で患者遺族らの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年3月 9日
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