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No.354 「心筋梗塞の既往歴を有する患者を脳内出血の治療目的で受け入れた病院で、患者が死亡。医師に患者の病状を把握し、心疾患の専門医療機関への転院の処置等をしなかった過失があるとした地裁判決」

東京地方裁判所平成6年6月8日判決判例タイムズ879号 230頁

(争点)

医師らの転医義務違反の有無

(事案)

A(大正14年生まれの男性)は昭和56年から心臓を患い、昭和57年12月には心筋梗塞のため心疾患の専門医療機関であるB研究所に3ヶ月にわたって入院し、その後も概ね1、2ヶ月に一回程度の割合で通院して治療を受けていた。

この間、Aは、軽度の狭心症の発作に見舞われることもあったものの、いずれもB研究所から処方されていた所持薬を服用するなどしてことなきを得ていた。

ところが、Aは、昭和60年9月19日午後10時ころから翌20日朝にかけて、ろれつが回らず、手足も自由に動かないという症状を呈し、B研究所に連絡・相談して、主治医Dの紹介により、同年9月20日、T大学病院脳神経センター(以下、脳神経センターという)でY1医師(脳神経外科の専門医。T大学病院に加え、Y2医師の経営するH医院にも勤務していた)の診察を受けた。

Y1医師は、CTスキャン撮影の結果を検討し、左視床に出血があって、脳室穿破による脳室拡大があるので、外科的治療を要するものと診断した。

他方、Y1医師は、Aの主治医Dが作成して送付した診療依頼書等によって、Aが昭和57年に心筋梗塞によりB研究所に入院したという既往症を有し、現在も通院、投薬中であることを知っていた。Y1医師は、これらを総合した結果、既に脳内出血は止まっているものの、決して軽症というべき病状ではなかったのに対して、心臓疾患については、古い心筋梗塞はあるものの、現在は症状が落ち着いていたところから、早急に入院させた上、ドレナージ手術を行うべきであるものと判断して、Aらに説明した。

しかし、脳神経センターは満床でAは同センターに入院することができなかったので、Y1医師は、脳神経外科を専門とするH医院にAを入院させた。Y1医師は、Aの入院に先立ちH医院の院長であるY2医師に対し、脳内出血に関する所見と共に、Aに心筋梗塞の既往症があり、B研究所に通院中であることを電話により伝えた。

同日午後6時40分頃、Aは、H医院に到着した。Y2医師は、直ちに心電図検査等の諸検査を行い、Aに付き添っていたAの家族から既往症などの事情を聴取した。

Y2医師は、B研究所及び脳神経センターからの診療依頼の趣旨、脳神経センター及びH医院で撮影されたCTスキャン及びレントゲン、問診の結果等を総合的に検討して、Aには心筋梗塞の既往症があるものの、現在は症状は落ち着いているのに対して、脳には視床出血があり、脳室内に穿破しているため、早晩、頭蓋内圧亢進と脳室拡大を伴う水頭症に準ずる症状が発症することが予測されたので、これに対処するために早急にルンバール(腰椎穿刺)検査やドレナージ手術を行う必要があるものと判断して、そのための治療計画を立てた。

Aは、入院時の諸検査が終了した後の同日午後8時30分頃、胸部痛を訴えたので、看護師は、酸素吸入や心電図モニターの装着など処置を行い、AがB研究所から処方されていたニトロール(冠動脈拡張剤)の投与やフランドルテープ(冠動脈拡張剤)の貼付を行い、同8時50分頃には胸部痛は消失した。

翌21日午後、Y1医師は、H医院に出勤し、Y2医師からのルンバール検査やドレナージ手術の施行に関する申し送りを受け、また、Aのカルテや同日午後1時頃に撮影されたCTスキャンを検討して、水頭症は進行していないものと判断して、脳室ドレナージ手術は当面不要であるが、今後の治療方針を早急に確定するため、髄液圧を測定し髄液の性状を確認するルンバール検査を行うことが必要であると判断した。なお、Y1医師は、その際、Aが前日の午後8時30分に胸部痛を訴えた事実は了知していたが、その処置の状況や格別の申し送りもなかったなどから、特別の対策を要するものとは判断しなかった。

Y1医師は、午後4時頃、Aに対して、ルンバール検査を施行し、その結果、髄液圧は正常であって、ドレナージ手術は不要と判断した。

Aは、上記ルンバール検査終了後の同日午後4時15分頃、以前の発作とは程度を異にする激しい胸部痛による苦悶状態に陥った。当時外来患者の診察中であったY1医師は、連絡を受けて病室に臨んだ看護師から、電話で状況の説明を受け、酸素吸入、ニトログリセリン(冠動脈拡張剤)やアダラート(血圧降下剤、冠動脈拡張剤)の投与などの処置を電話で指示し、その後外来診療が一段落したところで直接病室に臨み、更にフェノバール(鎮痛剤)、インダシン座薬(鎮痛剤)の投与、フランドルテープの貼付など必要な処置を行ったが、再び外来診療を行うため途中で病室を退出した。

その後、午後4時50分頃には、Aの胸部痛による苦悶状態は一旦軽減したものの解消するには至らないまま、午後5時15分頃には、再び強まり、午後5時50分頃には、二度にわたって心室性不整脈(心室頻拍)を生じた。

これに対し、Y1医師やY2医師は、即時に転院等の特別な処置を講じるべきほどに重篤な心筋梗塞であるとは判断せず、格別の処置は採らなかった。

Y1医師は、外来診療を終えた後の同日午後6時頃、改めてAの病状を確認することもしないまま、脳内出血と心臓発作の疑いを有する重症の患者がある旨のみを当直の医師に口頭で申し送って、帰宅した。

Aの発作は一旦は収まり、夕食を取ったが、午後7時10分頃、胸部痛を起こした。この際にも、看護師がニトログリセリンを投与したのみで、それ以外には特別の処置は採られなかった。そして、同日午後4時15分頃以降の心電図には、明らかにこれらの一連の心筋梗塞の発症を示す所見が現れていた。

Aは、同日午後9時20分頃、突然、ベッドから起き上がり、立ち上がるような姿勢を取ろうとして、転落防止用の手すり(高さ42センチメートル)を超えてベッドから転落した。

Aは、転落直後に宿直医師が駆け付けた際、外傷はなかったもの既に心室細動、全身チアノーゼ、呼吸微弱、頸動脈触知不能という状態にあって、宿直医師やY2医師及び看護師らによる蘇生処置にもかかわらず、同日午後11時頃死亡した。

そこで、Xら(患者の相続人ら)は、Y2医師に対しては、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求を、Y1医師に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
(遺族全員でY1及びY2医師に対し)3574万6392円
(内訳:逸失利益1574万6392円+慰謝料2000万円)
(遺族のうち3名からY2医師に対し)150万円
(内訳:A死亡後の遺族のうち3名に対するY2医師の侮辱行為に対する慰謝料一人当たり50万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
(遺族合計でY1及びY2医師に対し)800万円
(内訳: 慰謝料800万円)

(裁判所の判断)

医師らの転医義務違反の有無

裁判所は、まず、Aの死因は心筋梗塞の再発作を生じ、心室細動を合併したことにあると認定しました。

その上で、昭和60年9月21日午後4時15分頃から起きたAの胸部痛は、AがH医院に入院した直後から度々繰り返していた胸部痛とは程度を異にする激しいものであって、その持続時間も30分以上に及ぶものであり、同日午後5時50分頃においては重篤な心室性不整脈(心室頻拍)が二度にわたり生じていたことが心電図上も明らかに看取される状況であったのであるから、H医院に勤務する医師としてAの治療にあたっていたY1医師及びY2医師としては、これらの過程において、心筋梗塞ではないかを疑って、時機に応じた心電図記録の分析を含むAの容体の継続的な経過観察を行い、上記胸痛発作が心筋梗塞によるものであることを見極めた上で、CCUを有する心疾患の専門医療機関に転院させる処置を採るべきであったと判示しました。さらに、Y1医師及びY2医師が、Aの病状につき適切な診断を行った上で、CCUを有する心疾患の専門医療機関へ転院させていれば、そこで専門的かつ集中的な治療が行われて、心筋梗塞の再発作に心室細動を合併したことによるAの死亡という結果を回避し得たと判断しました。

しかし、裁判所は、Y1医師及びY2医師は、Aが上記胸部痛を訴えた際、重篤な心筋梗塞によるものではないものと速断して、心筋虚血への対応として必要な投薬等の処置の指示はしたものの、それ以上には上記発作後のAの容体を看護師に問い合わせたり、心筋梗塞の所見を明確に記録していた心電図を分析することを怠って、結局、Aに心筋梗塞やその合併症である不整脈(心室頻脈)が発生していることを把握することができず、そのため、CCUを有する心疾患の専門医療機関への即時転院の処置を採る機会を逸したと指摘しました。

したがって、Y1医師及びY2医師に、Aの病状把握やそれに対する適切な処置を講じることについて注意義務違反が存在したと判断しました。

以上より、裁判所は上記裁判所の認容額の範囲で遺族の請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年3月 9日
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