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No.353 「日帰りで内痔核根治術を受けた患者が4日後に敗血症により死亡。手術3日後の救急搬送時に血液検査を行わず、その後の血液検査結果からも患者の状態が重篤と判断しなかった医師らの過失を認めた地裁判決」

千葉地方裁判所平成28年3月25日判決 医療判例解説63号(2016年8月号)79頁

(争点)

  1. 救急搬送による入院時に血液検査を行わなかった過失の有無
  2. Y3医師が血液検査から重篤であると判断しなかった過失の有無

(事案)

平成22年1月20日、A(昭和24年生まれの女性・主婦・平成11年にゴム輪結紮療法による治療を受けた内痔核の既往歴有り)はY1医療法人の経営する病院(以下、「Y病院」という)において、Y2医師の診察を受けたところ、1時方向から3時方向(以下、仰臥した人を足側から見て、腹側を0時方向、同人の左側を3時方向、背側を6時方向などという。)に1つの内核痔があり、病期はⅡ度からⅢ度である(具体的には、排便時に脱肛があり、庭仕事をすると自然に出てくる状態)との所見であった。

Y2医師は、同月26日に手術時間約30分で日帰り手術を行うことを提案し、Aは了解した。その後AとY1医療法人との間に腰椎麻酔により内痔核根治術を行う旨の診療契約が締結された。

Aは同日午前8時30分、日帰り手術室に入室した。腰椎麻酔(サドルブロック法)が行われ、体位を砕石位にとって、午前9時10分頃、術者をY3医師、指導的助手をY2医師としてPPH法(自動吻合器を用いて、歯状線より上側に位置する直腸粘膜を環状に切除吻合することにより、歯状線より下にある肛門粘膜を高い位置につり上げて痔核脱肛をなくすという手術)による手術が開始された(以下、「本件手術」という)。

本件手術の際、Y3医師が、本件手術で使用する自動吻合器プロキシメイトILS(以下、「プロキシメイト」という。)をファイヤした(注:PPH法では、肛門から挿入したプロキシメイト本体のステイプルハウジングに切除すべき粘膜が入った後、固定式アンビルとステイプルハウジングで粘膜を挟み込み、ファイヤリングハンドルを握り込み、ファイヤリングハンドルとプロキシメイト本体とを平行にすることによって、ステイプルハウジングから円形ナイフが押し出され、円形ナイフが固定式アンビル内に設置されたワッシャーを円形に打ち抜き、直腸粘膜を環状に切除する。ファイヤリングハンドルを握り込むことを、「ファイヤする」といい、この打ち抜いた時に出る音をファイヤ音という。円形ナイフがワッシャーを打ち抜くと同時に内蔵されていた28個のステイプルが押し出され、直腸粘膜の切断面上下2枚を重ね合わせ、2枚の直腸粘膜を吻合する)が、ファイヤ音がしなかったため、側にいたY2医師が、自分の手をかぶせるようにしてそのまま握り込んだものの、結局ファイヤ音はしなかった。

そのためY3医師らは、直腸粘膜の切離と縫合を同時にするプロキシメイトの機能が作動しなかったと考え、プロキシメイト本体を肛門から抜こうとしたところ、円形ナイフで切断されて環状となるべき粘膜の一部が体内の粘膜につながっていたために抜くことができず、巾着縫合糸を切ってからプロキシメイト本体を肛門から抜いた。

プロキシメイトをファイヤした後のAのステイプルライン(プロキシメイトのファイヤによりステイプルが円周状にかかる部分)周辺の状態は、少なくとも直腸の円周の一部(約4分の1)にはステイプルがかかっておらず、本来であれば切除されるべき粘膜が、6から7cmの長さの短冊状となり、0時方向に幅1cm程度の幅で体内の粘膜とつながっており、0時方向から3時方向にかけて、口側の粘膜と肛門側の粘膜との間に離隔が生じ、粘膜が裂けて粘膜下の組織が見えている状態であった。Y2医師は、短冊状になった粘膜を切除した上、ステイプルラインを縫合針により吸収糸で追加縫合した。

同日午前9時50分頃、本件手術が終了した。Aは午前10時頃に手術室から退室し、Y病院の日帰りセンター病棟で入院を継続した後、午後5時19分頃退院し、自動車を運転して帰宅した。

同月28日午後9時頃にAが強い痛みを訴えたため、Aの夫であるX1は、自宅から近いW病院に連れていったが、その後、Aは、同病院から救急車によりY病院に搬送された。

救急車の車内における同日午後10時35分頃のAの容態は、歩行困難、血圧68mmHg/53mmHg、脈拍は強(脈拍数127回/分)、経皮的酸素飽和度86%、体温35度と計測された。また、同日午後10時37分頃のAの容態は、意識は清明で、表情、顔色及び呼吸等正常、呼吸回数1分毎17回、脈拍は正常、脈拍回数毎分79回、経皮的酸素飽和度98%、血圧79mmHg/47mmHgであった。

救急車は、同日午後10時51分頃Y病院に到着した。

Y病院に到着した後の同日午後11時7分頃のAの容態は、血圧82mmHg/57mmHg、脈拍数104回/分、体温36度、経皮的酸素飽和度98%であった。

Y病院の当直医であったZ医師は、Aが本件手術を受けたことを聞いたことからY2医師に電話し、Y2医師から、本件手術の際に本件プロキシメイトが正常にファイヤできず、Y2医師が手縫いで修復したことなどを聞いた。Y2医師は、Z医師に対して肛門痛や下血、腹痛を確認するように言い、Z医師は、Aに対し、肛門痛や下血、腹痛を確認したところ、症状は大腿部全面の痛みのみである旨の回答をした。Y2医師及びZ医師が相談した結果、縫合不全の可能性は低く、本件手術の際の腰椎麻酔の影響によって大腿部の神経痛が発生している可能性があるとして、腰痛麻酔後神経障害の疑いと診断し、Aを経過観察のため入院させることとした。Z医師は腰椎麻酔後神経障害の疑いと診断し、同月29日午前1時頃、Aを入院させた。その際、血液検査及びX線検査等は行われなかった。

同日午前10時頃に採取された血液についての検査結果(以下「本件血液検査結果」という)は、CPK(クレアチンフォスキナーゼ)が2,297IU/LとY病院でもパニック値(即治療を必要とする危険な病態を示唆する異常値)であり、CRP(タンパク質の一種であり、生体内に炎症性疾患や組織の壊死がある場合に著しく増加する)は38.1mg/dLと、基準値を大きく超えていた。また白血球数は3,100/μLと、AのY病院での前回の血液検査(平成21年9月3日)の3,400/μLから減少し、血小板数も前回の23.4/μLから8.7/μLへと大幅に減少していたほか、肝機能及び腎機能の悪化を示す数値が他にもあった。

同日午後8時10分頃、AはY病院の集中治療室に入室し、同日午後9時頃から午後10時40分頃までの間、エンドトキシン吸着術(血液を取り出して血中の毒素であるエンドトキシンを吸着させて取り除いた上、血液を体内に戻す治療方法)が行われた。

Aは、同日午後10時45分頃、気管挿管をしたまま手術室に搬送され、翌30日午前2時20分までの間、人工肛門を造設する緊急手術が行われた。

Aは、同日午前2時45分頃、集中治療室に帰室したが、同日午前6時13分頃、脈を触知することができなくなった。同日午前6時37分頃には心拍が再開したものの、同日午前7時19分頃再度脈を触知することができなくなり、同日午前8時7分頃、Aの死亡が確認された。

Aの死因は本件手術に起因する敗血症であった。

そこで、Xら(Aの夫および子ら)は、Aが死亡したのはY2医師およびY3医師による本件手術時の手技上の過失(債務不履行による善管注意義務違反を含む)及び術後管理上の過失によるものであると主張して、Y1医療法人に対し、使用者責任又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、Y2医師及びY3医師に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づく支払いを請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
4641万7580円
(内訳:逸失利益1669万7800円+Aの慰謝料2400万円
+弁護士費用421万9780円+葬儀費用150万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
Y1医療法人及びY2医師につき4579万7800円(連帯責任)
(内訳:逸失利益1669万7800円+Aの慰謝料2400万+弁護士費用410万
+葬儀費用100万円)
Y3医師につき880万円の限度でY1及びY2と連帯責任
(内訳:Aの慰謝料800万+弁護士費用80万円)

(裁判所の判断)

1 救急搬送による入院時に血液検査を行わなかった過失の有無
(1)Z医師について

裁判所は、Z医師が、Aの診断として腰椎麻酔後神経障害の疑いとしたことについて過失があるとまではいえないものの、サドルブロック法によって麻酔がされた場合に、腰椎麻酔後神経障害として大腿神経に神経痛が出ることは典型的な症状ではないこと、腰椎麻酔後神経障害は、一般的には手術後2日以内に消滅するとされていることなど、Aの症状及び経過は腰椎麻酔後神経障害と整合しないものであったから、Z医師は、その他の疾患である可能性も念頭において医学的処置を考慮すべきであったと判示しました。

そして、本件手術において、本件プロキシメイトにつき正常なファイヤがされず直腸粘膜が離隔したため、手縫いによる多くの追加縫合を行ったという経過からは、後に縫合不全が発生する可能性があることは否定できず、また、本件手術部位は直腸であり、後腹膜に含まれるところ、鑑定によれば後腹膜における炎症では腹痛等が発生しない可能性があると認められるとしました。さらに、縫合不全は、直腸穿孔などを引き起こし、重大な結果をもたらす可能性がある上、Aは、Y病院に搬送された時点でこそ体温及び酸素飽和度は回復していたものの、搬送される救急車の中において、いったんはショック状態に陥ったという経過があることも考慮すると、Z医師は、Aの鎮痛のための処方をするとともに、縫合不全を含む重篤な疾患が発生している可能性についても併せて検討すべきであったと判示しました。

複数の鑑定の検討などを踏まえ、裁判所は、発熱がないことなど、Aの症状に縫合不全と整合しない部分があったとしても、Z医師には、縫合不全を含む重篤な疾患が発生している可能性を検討するために、少なくとも、貧血の出現や炎症反応の有無等を調べるための血液検査を行うべき義務があったが、Z医師は血液検査を行っていないから、同医師には上記義務を怠った過失が認められると判断しました。

(2)Y2医師について

Y2医師は、本件手術に指導的助手として立ち会い、また、追加縫合を行った医師として、Aの手術部位の状態を最も把握しているべき立場にあったところ、1月28日にAがY病院に搬送された後、Z医師から電話でAの状況を聞き、縫合不全の疑いを一度は持ったのであり、腰椎麻酔後神経障害の疑いと診断をしたこと自体はやむを得ないものの、その疑いの程度が高いものではないこと、本件手術の際に本件プロキシメイトが正常にファイヤせず直腸粘膜が離隔するというY2医師にとっても初めて経験する事態が発生しており、その後の経過について慎重に確認すべきであったことなどに照らせば、Y2医師には、Aに縫合不全を含む重篤な疾患が発生している可能性を検討するために、少なくとも、貧血の出現や炎症反応の有無等を調べるための血液検査をZ医師に指示すべき義務を負っていたというべきであるとしました。しかし、Y2医師は、Z医師に対してそのような指示をしていないから、上記義務を怠った過失が認められると判断しました。

また、裁判所は、Y医療法人については、Z医師及びY2医師の上記(1)(2)の過失に基づき使用者責任が認められるので、Y医療法人とY2医師は、Aの死亡による損害の賠償義務を負うと判断しました。

2 Y3医師が血液検査から重篤であると判断しなかった過失の有無

裁判所は、本件血液検査結果を含む当時のAの状態について、敗血症の状態になっており、広範な組織障害を伴った重症炎症所見と考えられるとの鑑定結果及び、感染による筋障害を来す壊疸性筋膜炎を考えなければいけない病態で、腎機能障害が出現し血小板が低下しているため重篤な状態になりつつあることが判断できるとする鑑定結果を踏まえ、本件血液検査結果が判明した時点において、Y3医師は、Aについて、重大な炎症性疾患が発生している可能性があることを認識することが可能であったと判示しました。

そして、裁判所は、本件血液検査結果の結果から、重篤な炎症性疾患が発生していることが疑われるのであるから、Y3医師は、遅くとも本件血液検査結果が判明した時点においては、本件手術部位の周辺において縫合不全を含む重篤な状態が発生している可能性を考慮し、その診断のために、直ちに(単純)CT検査を行う義務があったと認定し、これをしなかったY3医師には、その点において過失があると判断しました。

なお、裁判所はY3医師の上記過失とAの死亡との因果関係は否定しましたが、上記過失がなければAが死亡した時点において、なお生存していた相当程度の可能性があり、その程度も比較的高いものであったと認定し、Y3医師は、Y3医師の過失がなければAが死亡しなかった相当程度の可能性に係る損害(880万円)の限度で責任を負うと判示しました。

以上より、裁判所は、上記裁判所の認容額記載の損害賠償を命じ、判決はその後確定しました。

カテゴリ: 2018年2月 8日
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