大阪高等裁判所平成13年1月23日判決 判例時報1764号 70頁
(争点)
高カロリー輸液療法中に総合ビタミン剤投与を失念した医師の過失の有無
(事案)
A(昭和9年1月生まれの女性)は、平成6年8月6日朝より腹痛、悪寒、嘔吐を訴えてY医療法人が経営するY病院に入院した。
Aは、小腸が以前の虫垂炎の手術跡(盲腸を切った跡)と卵管に癒着し、小腸絞扼、穿孔、汎発性腹膜炎をおこしていた。そこで、同年8月8日、Y病院のO医師(主治医)の執刀により回盲部切除術、腹腔ドレナージ術(以下、本件手術という)を受けた。
Aは、本件手術後完全絶食であり、8月11日から、高カロリー輸液「ハイカリック液」中に、高カロリー輸液用総合ビタミン剤「オーツカMV」を混入して投与された。なお、高カロリー輸液療法の施行は、Aが死亡した同年11月5日まで続けられた。
Aは、8月21日から23日まで流動食を与えられ、ほぼ全量を摂取し、食後に吐き気などもなかった。
しかし、Aは、8月17日からごく軽い縫合不全を起こしていた。O医師は、同月23日にそのことに気づき、その保存的療法の一環として、Aに対し、同月24日以降の絶食を指示した。そのため、Aは、同年8月24日から同年10月5日まで絶食を続けた。その間にAが経口摂取した飲み物は、水、茶とリンゴジュースだけであり、そのリンゴジュースも、約2ヶ月の間に7回摂取したにすぎない。
ところが、O医師は、高カロリー輸液療法の施行を続けながら、9月17日以降、総合ビタミン剤の投与指示を失念してしまった。
Aの縫合不全は、9月29日頃には完全治癒していた。そこで、Aは、O医師の指示により、10月6日から流動食を開始し、10月10日から3分粥、10月25日から5分粥、10月29日から7分粥、10月31日から同年11月4日まで全粥となった。
しかし、Aは、10月10日頃から胸焼けが、同月11日頃から吐き気、嘔吐が始まり、この頃から便秘がちとなった。このような状態が10月21日まで続いた。そのため、Aは、その間、3分粥、5分粥も満足に摂取できない状態が続いた。
O医師は、10月21日、Aに対して、胃カメラによる上部消化管内視鏡検査を実施したが、どこも異常がなかった。
Aは、10月22日から胸焼け、吐き気、嘔吐などの症状が消失し、食事摂取量も5割以上に増加した。10月27日から29日にかけては、100%の食事摂取量となるときが多かった。しかし、10月30日以降、再び食事摂取量が落ちていった。
11月5日、Aは、ビタミンB1欠乏による急性心不全、すなわち衝心脚気により死亡した。なお、O医師が、同日、Aに対し救命措置(人工呼吸器の装着、心臓マッサージ)を講じた後、Aの血液ガス分析をしたところ、アシドーシス(血中の酸と塩基との関係が酸優位の状態となったもの)が認められた。
そこで、Xら(Aの相続人ら)は、Y医療法人に対し、O医師には、(1)Aに高カロリー輸液療法の施行を続けながら、9月17日から総合ビタミン剤の混入投与を失念した(2)Aには10月10日頃からビタミンB1欠乏による脚気の症状が現れていたのに、それでも総合ビタミンを投与しなかった過失があるとして、損害賠償請求をした。
原審(大阪地裁堺支部平成12年2月25日判決)は、Xらの請求を一部認容したところ、これを不服としてXらが控訴した。
(損害賠償請求)
- 控訴審における請求額:
- (患者遺族合計)4080万円
(内訳:不明)
(控訴審の認容額)
- 認容額:
- (患者遺族合計)3590万2533円
(内訳:逸失利益1390万2534円+慰謝料1800万円+弁護士費用400万円。
相続人が複数のため端数不一致)
(裁判所の判断)
高カロリー輸液療法中に総合ビタミン剤投与を失念した医師の過失の有無
裁判所は、O医師が高カロリー輸液に総合ビタミン剤を混入投与するのを失念した平成6年9月17日当時、高カロリー輸液の能書(改訂前)には使用上の注意として、次の(1)(2)のとおり記載されていたと判示しました。
- (1)副作用
- 高カロリー輸液療法施行中に重篤なアシドーシスが現れることがあるので、投与中は観察を十分に行い、症状が現れた場合には適切な措置を行うこと。
- (2)適用上の注意
- ビタミンB1の経口摂取が不能又は不十分な場合、患者の糖代謝を円滑に行うため、ビタミンB1を補給すること
また、厚生省薬務局(当時)も「医薬品副作用情報」により、上記(1)(2)と同趣旨の使用上の注意をしていた旨判示しました。
その上で、裁判所は、一般的な市中病院に勤務する医師(O医師も含まれる)にとって、平成6年9月中旬当時、上記(1)(2)の内容は当然知っておくべき内容(医療水準)になっていたと認定しました。
次に、AにビタミンB1欠乏による脚気の症状が現れていた平成6年10月中旬ないし下旬当時は、本件高カロリー輸液のメーカーがY病院を始めとする医療機関に対し、高カロリー輸液療法施行中に重篤なアシドーシスが起こることがあることを警告し、適切な量のビタミンB1の投与を考慮することとの使用上の注意をする旨の文書を配布した直後であったこと、また、「医薬品副作用情報」により厚生省薬務局も、同趣旨の警告、使用上の注意をしていた旨を指摘しました。
そして、一般的な市中病院に勤務する医師(O医師も含まれる)にとって、平成6年10月中旬ないし下旬当時、上記メーカーの配布文書の内容は当然知っておくべき内容(医療水準)になっていたことが認められるとしました。
裁判所は、以上の認定判断により、O医師(ないしY病院の医療関係者)の次の(1)(2)の措置には、不法行為上の過失があるとしました。
- (1)
- Aに高カロリー輸液の施行を続けながら、平成6年9月17日から総合ビタミン剤の投与を失念した。
- (2)
- 平成6年10月10日頃からAにビタミンB1欠乏による脚気の症状が現れていたのに、それでもこれに気付かず、なお総合ビタミン剤の投与をしなかった。
そして、O医師(ないしY病院の医療関係者)が次のいずれかの措置をとっておれば、AがビタミンB1欠乏による衝心脚気で死亡することはなかったとしました。
- (1)
- 平成6年9月17日以降も、高カロリー輸液に総合ビタミン剤を混入してAに投与する。
- (2)
- Aに脚気の症状が現れた平成6年10月中旬から下旬にかけて、AにビタミンB1を大量に投与する。
裁判所は、したがって、Y医療法人は、O医師(ないしY病院の医療関係者)の使用者として、民法715条所定の使用者責任を免れないとしました。
一審の認定した損害額を変更し、上記の控訴審の認容額の支払いを命ずる判決を言い渡し、その後、控訴審判決は確定しました。