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No.348 「高校1年生の男子生徒が糖尿病性昏睡により死亡。急性胃炎と誤診した医師の過失を認めたうえ、患者生徒に保護者の付添がなく正確な症状が伝えられなかったことと、患者生徒の多飲多食が病状を悪化させたとして過失相殺(患者生徒の過失7割)をした地裁判決」

広島地方裁判所尾道支部所平成元年5月25日判決 判例時報1338号 127頁

(争点)

  1. Y医師の診断が債務不履行にあたるか否か
  2. 患者側に過失があるか否か

(事案)

A(当時16歳の県立高校1年生男子。身長157.4㎝、体重94.6㎏)は、昭和56年8月7日、母であるX2に対して、足がふらふらする、体がだるいと訴えた。過食はなかった。

翌8月8日、Aは、朝食も食べず、だるい、しんどいと言うのでY医師が開設する内科医院(以下、Y医院という)に車で連れて行かれ、Y医師の診察を受けた。

Y医師は、これまでにAを慢性胃炎等で診察・治療したことがあり、Aが異常肥満児であることもよく知っており、会うたびに食べ過ぎないよう注意をしていた。また、Aは糖尿病の既往歴はないが、脂肪肝と診断されて昭和55年3月から4月にB大学附属病院に入院して治療を受けていたことがあり、脂肪肝についてはY医師も知っていた。なお、Aの父親であるX1は、昭和55年5月、Y医院で健康診断を受け、尿から糖が検出されたことがあった(但しY医師はこの点については記憶がなかった)。

Aは、Y医師に対し、腹痛、吐き気、つかえた感じがあることを訴えた。Y医師は、急性胃炎と診断し、その治療をしたが、口渇、多飲症状があるとは見受けなかった(当日のカルテには「冷えた麦茶」との記載有り)。

Aは、帰宅後、昼におかゆを食べ、夕食を少し食べたが、しきりに喉が渇いて苦しいと訴えた。唇も白く乾いていた。そして、キリンレモン、ポカリスエット、麦茶等を多飲した。

翌8月9日は日曜日であった。重湯をつくったがAは食べず、唇が渇き、だらけて「しんどい、喉が渇く」と訴えたので、X2がY医師へ電話で治療を頼み、X1が車でAをY医院まで連れて行った。

Aのみ診察室に入りY医師の診察を受けたが、Aの主訴は吐き気、腹痛であった。Y医師は、前日と同じく急性胃炎の治療をした。その際Aからジュースを飲んでもよいかという質問が出た。Y医師は、ジュース、プリンはいいが、コーラのような刺激のあるものは駄目だと告げた。

Y医院からの帰途、AにせがまれてX1は、缶ジュース、アイスキャンディー等を買った。帰宅後Aは有頂天になってそれらを飲んだり食べたりした。それでもなお、「喉が渇く、しんどい」と訴え、水分を無茶に欲しがるので、X1、X2はおかしいと考えてY医院より大きいC内科医院で受診するため、午後5時過ぎころ家を出た。

Aは、C内科医院において診察を待つ間にも、しんどい、喉が乾く、死にそうなどと訴えじっと座っていることができず床をころげまわる程の苦しみようであった。

午後6時30分ころ、C内科医院のC医師が帰宅してAを診察したところ、立って歩きにくい状態で、嘔吐、意識障害、呼吸障害があった。

C医師は、以前Aを診察治療したことがあり、Aが病的肥満、脂肪肝であったこと、父親から糖が出ると聞いていたこと等Aの現在の状態と過去の印象を総合して、糖尿病の疑いをもち尿検査等をした。その結果、尿糖は1g/dl、血糖は760mg/dlであった。C医師は、糖尿病性昏睡と診断し、空き室がなかったのでD病院に転院させた。

Aは、同日午後7時15分D病院に入院し、同病院でも糖尿病性昏睡と診断された。血糖値は、午後7時30分に1230mg/dl、同8時30分に1050mg/dl、同9時30分に1060mg/dlであり、意識障害、血圧低下、呼吸困難等の症状があり、翌8月10日午前1時40分、若年性糖尿病による糖尿病性昏睡により死亡した。

そこで、患者の遺族であるAの両親(X1およびX2)は、Y医師に対し、急性胃炎と誤診し、糖尿病の症状を見逃した過失は重大であるとして、診療契約上の債務不履行基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
(両親合計)6083万2340円
(内訳:逸失利益3383万2340円+葬儀費用100万円+両親の慰謝料計2000万円+弁護士費用600万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
(両親合計)1647万3252円
(内訳:逸失利益3941万0841円+葬儀費用50万円+両親の慰謝料計1000万円の合計額4991万0841円から7割を過失相殺として控除した1497万3252円+弁護士費用150万円)

(裁判所の判断)

1 Y医師の診断が債務不履行にあたるか否か

この点について、裁判所は、初診の8月8日時点はともかくとして、翌8月9日の診察の時点で、若年性糖尿病を疑うべきではなかったかが問題となるとしました。

Y医師は、初診の際食べ過ぎによる腹痛、吐き気が主訴であったから急性胃炎と診断したというが、Aに過食があった形跡はないから、Aが過食を訴えたということには疑問があるとし、初診時のカルテに「冷えた麦茶」と判読できる記載があるところからみて、AはYの問診に対して冷えた麦茶の飲み過ぎを答えたとみるのが合理的であると判示しました。

更に、Aが翌8月9日の診察の際にジュースを飲みたがっている点などに鑑み、AはY医師に対し、言葉不十分ながら糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていたものと考えられると判断し、もしYに過食の予断がなければ、Aが異常肥満体であること、かつて脂肪肝で入院治療を受けたことがあることを知っているY医師としては、社会経験の乏しいAの不完全な主訴のみに依存せず、待合室で待っているX1に対し家庭内における症状を補充的に説明を求めることによって糖尿病を疑いえたものと考えられると判断しました。このことは、Y医師の診察から数時間後に診察したB医師がすぐ糖尿病を疑ったことにてらしても裏付けされると判示しました。

そうすると、Y医師は、Aが8月9日にYの診察を受けた時点では若年性糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていることに気づき若年性糖尿病を疑うべきであったのに、過食による急性胃炎と誤診したものと認められ、この誤診につき不可抗力ないしこれに準ずるような事情があったとは認め難いと判示しました。したがって、Y医師は、善良な管理者としての注意義務を怠ったもので、本件診療契約に基づく診療債務につき不完全履行(債務不履行の一種)があると判断しました。

2 患者側に過失があるか否か

この点につき裁判所は、Aは、まだ高校1年生で社会生活経験が浅いため、病気の症状を的確、正確に医師に告げる能力が十分であったとは考えられないのに、Y医師の診察を受ける際保護者が付き添わなかったため、家庭内における症状全部が正確にY医師に伝えられなかった形跡があると判示しました。また、Aは、ジュース、アイスキャンディー、プリン等を常識の範囲をこえるほど多飲食しており、証拠によると、糖質の多いこれらジュース等の多飲食がその後の病状激変の大きな原因となっていることが明らかであると判示しました。

したがって、Xらに生じた損害のうちその7割は、患者側の過失によるものとして控除するのが相当であると判断しました。

以上より、上記の裁判所の認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年12月 8日
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