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No.344 「内科小児科に通院していた2歳の女児が、肺膿瘍、膿胸になり、呼吸不全及び心不全により死亡。医師が、検査、転院の措置を怠ったために女児が適切な治療を行う機会を失い死亡に至ったとして、医師の過失を認めた地裁判決」

横浜地方裁判所川崎支部 平成3年4月25日判決 判例時報1406号70頁

(争点)

医師の過失の有無

(事案)

昭和56年4月3日、A(2歳の女児)は風邪ぎみであったため、Y医師の開業する内科小児科医院(以下、Y医院という。)でY医師の診察を受けた。そのときのAは、咳が少し出て、扁桃腺が腫れ、胸部にラッセル音が聴取されるという状態であった。そこで、Y医師は上気道炎と診断したが、気管支炎も頭に入れて診察し、炎症止め、咳止め等の薬とともに、抗生剤としてエリスロマイシンを3日分処方した。

なお、そのころ、子供の気管支炎、肺炎、膿胸の例が非常に多かった。

同月6日、Aは、Y医院で診察を受けたところ、Aの右肺の前後部、左肺の後部にラッセル音が聴取された。Y医師は下気道炎の初期症状であると診断したが、同時に、気管支炎、肺炎、心臓のうっ血性心不全等の併発も考え、当時、肺炎に移行し、膿胸となって死亡する例が多かったことから、気管支炎の予防のために、細菌感染を防ぐ目的でマドレキシンを2日分処方した。なお、抗生剤をエリスロマイシンからマドレキシンに変えたのは、マドレキシンの方が効果があると考えたからであった。

同月8日、Aの母であるX1は、Y医院へ薬を貰いに行く際、Aは熱が出たり下がったりしている状態であることをY医師に告げた。これを聞いて、Y医師は、気管支炎になっていると判断したが、この日はAを診察していないことから、抗生剤は処方せず、熱さまし等の薬を処方した。

同月10日、Aは38度強の熱があり、咳が多発し、同月6日と同様にラッセル音が聴取された。Y医師は、肺炎に近い細気管支炎であるとあると考え、同月6日に処方したマドレキシンがあまり効いていないと判断し、また、Aに下痢もなかったことから、抗生剤をエリスロマイシンに戻し、これを3日分処方した。

翌11日、Aは熱が上がったり下がったりの状態で、咳が出ており、胸部に捻髪音が聴取された。Y医師は、肺炎になりかけた細気管支炎であると診断し、注意を要すると考え、カルテの表紙に「すぐみる人」と記載した。そして、前日エリスロマイシンを処方したものの、Aがこれを服用していないことと、エリスロマイシンが効かないのではないかと考えたことから、抗生剤をケフレックスに変え、2日分処方した。

なお、Y医師は、Aの場合は、細菌性の肺炎ではないかと予想していた。それは、同年2月頃からY医院には黄色ブドウ球菌による患者が多く、Aも黄色ブドウ球菌による肺炎の可能性もあると考えられたからである。

同月13日も、Aの左肺の前後部に捻髪音が聴取され、咳があり、熱が高く、同月11日よりも症状が悪くなっていた。Y医師は、Aが完全に細気管支炎になっていると診断した。

翌14日は、Aの左肺後部の症状は少し良くなっているが、左肺前部はまだラッセル音が残っており、ケフレックスを1日分処方した。翌15日もAの症状は前日と同様で、Y医師はケフレックスを1日分処方した。

同月17日、Yは、Aの咳は強かったが、左肺前部の症状も少し良くなっており、全身症状は割合と良かった。そして、ケフレックスは高価薬であり、また、Aの肺の症状が好転してきていたことから、Y医師は、今回はエリスロマイシンを2日分処方した。

同月20日、Aは夜間に強い咳と鼻汁が出て、特にベッドの中で咳が強く出るという状態であり、胸部に笛声音、捻髪音が聴取された。Y医師は、細気管支炎であって、しかも気管支の細かいところまで炎症が進んでいて同月17日よりもAの病状が悪化しており、また、心臓もあまり良くない状況であると診断し、再度ケフレックスを1日分処方した。

このころからY医師は、Aの肺に膿が発生しているかもしれないという懸念を持っていたが、人員不足から、レントゲン撮影は行わなかった。

同月21日、Aの右肺の前後部に捻髪音が聴取され、Y医師はケフレックスを2日分処方した。そして、症状が悪くなっており、注意しなければならないと考え、X1に対し、Aの具合が悪くなったら電話するようにと告げて、自宅の電話番号を教えた。

同月22日午前10時5分ころ、Aは急に手を組んで震え出し、白目をむき、唇は紫色になったため、Aの父であるX2が直ちにY医師に電話をかけ、Aの症状を伝えたところ、Y医師は、B病院にAを連れて行くように指示した。そこで、X2は、救急車を呼び、Aを同病院に連れていき、その途中に車中で、救急隊員により酸素吸入、心臓マッサージの処置が取られたが、同日午前11時20分ころ、Aは、肺膿瘍及び膿胸を原因とする呼吸不全及び心不全により死亡した。

そこで、Aの両親X1及びX2は、Y医師に対し、診療契約の債務不履行または、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
3842万3516円
(内訳:逸失利益1443万3517円+慰謝料2000万円+葬儀費用50万円+弁護士費用349万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
3288万3930円
(内訳:逸失利益1139万3931円+慰謝料1800万円+葬儀費用50万円+弁護士費用299万)

(裁判所の判断)

医師の過失の有無

裁判所は、Aはまず黄色ブドウ球菌を起炎菌とする肺炎を起こし、その炎症性変化が高度に進行して、肺膿瘍、膿胸を惹起し、肺機能の減退、停止をきたしたため、呼吸不全及び心不全となって死亡したものと判断しました。

そして、患者を診療する医師としては、患者の病状、その原因を正確に把握するために適切な検査を行ったうえで、病状に適した治療を行うべき義務があり、また、人的、物的設備が不十分であるため、自己の病院ではこのような検査、治療が不可能な場合には、転院の措置をとるべき義務があるとしました。

次に、ブドウ球菌肺炎の診断方法として、レントゲン撮影、血液検査があり、治療方法として適切な抗生剤の投与があり、また、幼児のブドウ球菌肺炎の進行は急激であることから、入院をしたうえで、経過観察、治療を行う必要があると認定しました。

その上で、本件では、Aに対し投薬を開始してから1週間が経過しても、症状が悪化の傾向にあり、昭和56年4月10日ころには肺炎の徴候もみられ、同月13日には完全な細気管支炎(肺炎)であると診断されたのであるから、Y医師は、Aの病状、その原因を把握するため、同月11日ないしは同月13日には血液検査、レントゲン撮影を行うべきであったと判示しました。そして、Y医院ではレントゲン設備はあるものの、人的要員の不足から、子供のレントゲン撮影を行うことが困難であったと認められるのであるから、Y医師は、そのころには、Aを他の施設の整った病院へ転院させる措置をとるべきであったと判示しました。

裁判所は、Y医師には上記のような義務があったにも拘わらず、検査、転院の措置を怠ったため、Aの肺炎の症状及び起因炎を把握することができず、その結果、ケフレックスの投与によりAの外見的な症状が好転したことを理由に、本件の起因炎には効果のないエルスロマイシンを投与し、更に、肺膿瘍、膿胸を予測できずに、入院のうえ適切な治療を行う機会を失い、その結果、Aを死亡に至らしめたと認定し、この点につき、Y医師には、過失があったと判断しました。 以上より、上記の裁判所の認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年10月 6日
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