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No.332 「新生児が、低酸素性虚血性脳症の症状を呈する新生児仮死を伴って出生。助産師に、分娩監視装置による適切な胎児心拍数の観察を怠った過失があるとして、病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成5年3月22日判決 判例タイムズ857号228頁

(争点)

病院側の過失及び結果との因果関係の有無

(事案)

X1は昭和56年11月ころ妊娠(夫はX2)し、昭和57年2月25日からY医療法人の開設する医療センター(以下、Y医療センターという)において継続的に診療を受け、出産予定日であった同年8月20日午後7時10分ころ、Y医療センターに入院した。

Y医療センターでは、同日午後8時40分から同9時20分までの間、分娩監視装置を装着してX1の状態を観察したところ、全く異常は認められなかった。翌21日午前2時ころになり努責感があらわれ、分娩が近づいたと判断されたため、X1は同日午前2時40分に分娩室に入室し、再び分娩監視装置が装着された。

X1の分娩に立ち会っていた助産師は、分娩監視装置の心拍同期音を聴くことにより胎児心拍数を測定していたが、同日午前3時26分ころの測定で、胎児心拍数がそれまでの1分間144の正常値(午前3時17分の測定)から1分間96に低下したため、X1に対し3リットルの酸素吸入を実施した。その結果、心拍数は2分後には回復(1分間132)した。その後、同日午前3時35分、40分、44分の各測定の際にも1分間108の軽度の徐脈がみられたが、それぞれ早期に回復した。

同日午前3時45分に人工破膜が行われ、同3時48分に排臨となった。その後N助産師が単独でX1の分娩介助に当たり、同4時にX3(男児)が自然分娩により出生した。娩出時のX3の胎向は第二後頭位で、正常な分娩であったが、娩出時X3の頸部には臍帯の巻絡(1回)が見られた。X3は、出生1分後のアプガールスコア(心拍、呼吸運動、筋緊張、反射性興奮、皮膚色の各項目について新生児の状態を観察し、10点満点で採点する方法により、仮死の程度を判定するテスト)が1点の重度の仮死状態であった。

なお、当日の当直医でX1の分娩担当医であったK医師は、一度X1の様子を見に来たものの、隣室の異常分娩の介助に立ち会っていたため、X1の分娩に立ち会うことはできなかった。

N助産師は、X3のアプガールスコアを測定し、胎盤の娩出を確認した後、X3をY医療センターの未熟児集中治療室へ運び、X3は、同日午前4時6分に同室に入院した。この時点でのX3の状態は、全身がチアノーゼを呈し蒼白で、脈はかすかに1分間60を数える程度で殆ど聴取不可能であり、筋は弛緩して体動もなく、刺激に対する反応もなく、重度の仮死状態(2度)であった。

同日午前4時10分に気管内挿管による蘇生術が開始されたが、常位胎盤早期剥離を原因とする胎児仮死に基づく低酸素性虚血性脳症と診断された。同月25日ころの検査では脳波異常が観測され、同年9月6日に撮影されたCT検査によれば、脳室周囲の脳実質に低吸収域像が認められた。

X3は、呼啜が安定した同年9月29日に退院したが、脳波異常は改善せず、昭和61年2月23日には痙攣の重積発作が発生してY医療センターに再入院し、テンション・アテトーゼ型の脳性麻痺と診断された。その後渡米して治療を受けているが、現在も重度運動神経機能発育遅延、不随意運動性脳性小児麻痺及び痙攣症により治療を継続中であり、痙攣性四肢麻痺により支えなしには座ることができず、言語能力もなく、食事、用便も独力ではできない状態である。

そこで、X1、X2及びX3は、Y医療センターのK医師とN助産師が、X1の分娩に際して、胎児心拍数が低下し仮死状態が強く示唆されたにもかかわらず、低酸素状態の改善を目的とした治療や対応をとらなかったなどの過失があったと主張して、損害賠償を求めてY医療法人に対して訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
新生児及び両親合計1億4055万7731円
(内訳:逸失利益6693万円7795円+介護料4461万9936円+新生児の慰謝料1900万+両親の慰謝料2名合計1000万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
6598万3017円
(内訳:逸失利益3077万7801円+介護料1420万5216円+新生児の慰謝料1500万円+両親の慰謝料2名合計600万円)

(裁判所の判断)

病院側の過失及び結果との因果関係の有無

この点について、裁判所はまず、分娩を介助する医師及び助産師は、胎児心拍数を常時観察し、胎児心拍数に異常が表れた場合には、その程度に応じて低酸素症を改善するための措置、すなわち、母体への酸素吸入、母体の体位変換、子宮収縮剤の投与中止、子宮収縮抑制剤の投与等の措置をとるとともに、その後も分娩監視装置によって胎児心拍に異常がないかどうか、特に遅発一過性徐脈や基線細変動の消滅等重篤な胎児仮死の兆候が現れないかどうかを注意深く観察し、低酸素症の改善が見られない場合には急速遂娩の措置をとるなどして一刻も早く胎児を娩出させる努力をするほか、出生後直ちに蘇生術が開始できるように準備を整えるべき義務を有すると判示しました。

そして、裁判所は、これを本件についてみるに、まず、午前3時26分に生じた徐脈に際しては、3リットルの酸素吸入が施されており、一度徐脈を生じたからといって直ちに急速遂娩の措置を取るべきであるとはいえないから、この措置は適切なものであったと認められるとしました。また、午前3時35分、40分、44分に軽度の徐脈が出現した際には、同3時45分に人工破膜が行われた以外に特に処置はなされていないが、上記各徐脈はいずれも1分間108の軽度の徐脈であり、しかもいずれも程なく回復していることから、人工破膜以上の処置を取るべきであったとは直ちにはいえないと判断しました。しかしながら、一旦上記のような高度徐脈が出現した以上、担当医師及び立会助産師には、その後は耳による胎児心音の確認のみではなく、分娩監視装置によって胎児心拍の状況及び陣痛曲線との関係を注意深く観察すべき義務があったというべきところ、N助産師がX1の分娩の介助を開始した際(排臨となった午前3時48分の直後と認めるのが合理的である)、それまで立ち会っていたS助産師からは、一度徐脈が生じたが酸素吸入により回復したことを告げられただけで、特に注意を必要とする旨の説明を受けなかったことや、その後S助産師が他の分娩室に行き、X1の分娩についてはN助産師が単独で介助することになったことから、分娩監視装置に特段の注意を向けることも、また、これを観察する余裕もなく、耳で胎児心音を聞いていたのみであったこと、分娩担当医であったK医師は、隣室の異常分娩に立ち会っており、X1の分娩には、一度様子を見に来たものの立ち会えなかったこと、N助産師は当時もう一人いた当直医を呼ぶこともしなかったことが認められ、これらの事実によれば、少なくともN助産師が分娩介助を始めて以降、同助産師が分娩監視装置を注意深く観察していたとは到底認められないとしました。したがって裁判所は、N助産師には、分娩監視装置の適切な観察を怠った過失があるといわざるを得ないと認定しました。

裁判所は、そして、本件は分娩中に発生した常位胎盤早期剥離によって胎児仮死となっていたと推認されるから、N助産師が分娩監視装置の適切な観察を行っていれば胎児仮死又は新生児仮死を予見ないし発見することができたと認めるのが相当であると判断しました。

さらに、裁判所は、分娩中に胎児仮死の存在が予想される場合には、母体の体位変換、酸素吸入、子宮の収縮を抑制する措置等により、低酸素症の進行を止めることが可能であること、これらの方法によっても低酸素症の改善が見られない場合には、帝王切開、吸引分娩、鉗子分娩等の急速遂娩の措置によって胎児を早く娩出させて蘇生させることにより、重篤な後遺症を残すような低酸素性虚血性脳症の発生を防止することができること、特に出生後5分以内に蘇生させれば予後が良いとされていることを判示しました。そして、本件では午前4時にX3が出生したにもかかわらず、未熟児集中治療室への入院が午前4時6分、気管内挿管による蘇生が開始されたのが出生後10分を経過した午前4時10分であったと認められるとしました。

裁判所は、これらの事実を総合すると、本件において、N助産師が胎児仮死又は新生児仮死の存在を予見していれば、当時すでに排臨となっていたのであるから、吸引分娩、鉗子分娩等の急速遂娩等の措置をとることは比較的容易であったものと認められ、あるいは仮にそれが不可能であったとしても、未熟児集中治療室と事前に連絡をとるなどして、分娩前に蘇生の準備を整え、出生後速やかに蘇生術を施すことによって、本件のような重篤な低酸素性虚血性脳症の発症を防止し得た蓋然性はかなり高かったということができるとしました。したがって裁判所は、N助産師の過失とX3の脳性麻痺との間には因果関係があると判断しました。

裁判所は、以上によれば、分娩監視装置による適切な胎児心拍数の観察を怠ったN助産師の過失により、Xらは損害を被ったというべきであるところ、N助産師がY医療法人の雇用する助産師であることは当事者間に争いがなく、N助産師の上記行為がY医療法人の業務の執行に際してなされたものであることは本件証拠により明かであるから、Y医療法人は民法715条に基づきXらが被った損害を賠償する義務があると判断し、上記「裁判所の認容額」記載の賠償を命じました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年4月20日
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