浦和(現さいたま)地方裁判所川越支部平成元年1月19日判決判例時報1318号99頁
(争点)
術後管理の瑕疵の有無
(事案)
昭和50年10月28日、A(大正6年生まれの女性)は、右心窩部に痛みを感じたため、医療法人であるYの経営する病院(以下、Y病院という。)の整形外科に来院し、同年11月19日、レントゲン検査等を受けた結果、総胆管の十二指腸への出口に石が詰まっていることが判明し、胆石症、総胆管結石症と診断された。
Y病院は、上記結石による総胆管拡張が著しいため手術が必要であるとして、Aに対し、手術をするように勧め、その結果Aは同月24日手術のためY病院に入院した。
Aは、同年12月3日、Y病院において、H医師の執刀、訴外M医師(K大学医学部教授)、訴外T医師の介助、訴外麻酔担当医Wにより、胆のう切除、総胆管切開、乳頭形成術(以下、本件手術という。)の手術を受けた。
本件手術では、胆のうと肝臓の腹腔内側とが癒着し、そこに石が溜まり胆のう炎を呈していたが、それを遊離する際小さな石が3個腹腔内に流出したため、それを確認除去したこと及び総胆管内に残結石があるか否かスプーンで探るとともに膵臓後面の癌の存否を確認するために膵臓を持ち上げた際、膵臓の表面に1ないし2ミリメートルの浅さで、径1ミリメートル程の傷をつけたため、2号絹糸で一針縫合したほかは、順調に行われ、胆のうを切除摘出し(胆石13個が存在した)、総胆管に糸2本を掛け切開して結石一個を除去し、中山式総胆管拡張器を4番まで入れて乳頭を形成したうえ、漏出物の誘導のために総胆管内にTドレーン(Tチューブ)一本、その直下及び胆のうを摘出した直下にゴムドレーン(腹腔ドレーン)各1本の合計3本を挿入し、その際、上記Tドレーンから造影剤を注入して胆管造影を行い、胆管の状態を確認した後止血し、三層縫合をして手術を終了した。
本件手術後、Y病院では、Y1医師(Y病院の理事長兼院長)、Y2医師(Y病院の外科部長)、H医師、訴外N医師、訴外D医師らが術後の看症をしたが、術後の経過は以下のとおりであった。
- 12月4日
- ゴムドレーンからかなり多量の出血
- 5日
- ゴムドレーンから胆汁様の分泌物+
- 6日
- ゴムドレーンはしばらく抜かないようにとの指示
- 7日
- ゴムドレーンからの滲出液3+
- 8日
- ゴムドレーンからの分泌物多量
- 9日
- ゴムドレーンを抜去
- 10日
- 分泌物は少量となる
- 12日
- ドレーン孔(ゴムドレーンを抜去した後、孔を縫合せずにおいたもの)から膿性の分泌物2+
- 13日
- ドレーン孔から分泌物3+
- 14日
- ドレーン孔から分泌物3+
- 15日
- 分泌物2+、臭いがある、粘調
- 16日
- 分泌物変わらず多い
- 17日
- 分泌物多い(「なぜ?どうすればよいでしょう」とのH医師による記載)
- 18日
- 右対孔からの分泌は灰白色
- 19日
- ドレーン孔より消化液排出す。回復室にてゴムドレーン1本を再挿入
- 20日
- ゴムドレーンの側(再挿入したドレーンの周囲)から黒色腸内容物(裁判所の鑑定結果によると膵壊死物質と推定される)が多量に排出
- 21日
- ゴムドレーンからの排出は少なくなるが、Tドレーンから食物残渣が排出
- 23日
- 分泌はきれいになったが、ゴムドレーンの側から排出される方が多い
- 24日
- ゴムドレーン側から黒色残渣、ゴムドレーンから白色(乳色)分泌物+
以上の経緯に加えて、同月25日に撮影したレントゲン検査で十二指腸下行脚の下部からの遺漏が見られため、Y2医師やH医師らは、ストレス性潰瘍により十二指腸に穿孔が生じ、更に、上記穿孔の周囲において限局性の腹膜炎が生じているものと考え、Aの症状について、K大学医学部教授で消化器外科の専門家である訴外M医師らとも検討したところ、瘻孔は既に形成されているからこのまま自然閉鎖を待つことが良く、Aに対しては再開腹手術をせず、抗生物質の投与等による保存的療法を続けることに決し、治療を続行した。
しかし、翌51年1月1日、Aは病状が急変し、心窩部の重圧感を訴え、また、茶褐色水様物を嘔吐したうえ痙攣発作を起こし、翌2日にも吐血したうえ痙攣発作を起こし、顕著な貧血症状を呈したため輸血を行い、一時症状は安定したが、同月3日午後7時ころから嘔気が出現し、全身冷感、意識状態不良となり、同日午後10時30分ころから呼吸困難、吐血、下血が続き、人工呼吸、輸血、補液などの治療を行うも、翌4日午前0時30分死亡した。
Aの死因は、胆石症術後合併症として、術後胆汁性腹膜炎、術後出血、胆汁瘻形成、術創感染、急性膵炎などの合併症が出現し、更に、壊死型急性膵炎及び腹壁感染を併発し、その結果、昭和50年12月30日ころには敗血症を招来し、更にその結果として、DIC(播種性血管内凝固)症候群による消化管出血及び中枢機能障害を引き起こして心停止し、死亡したことが推認される。
Aの遺族(夫および子ら)は、Y医療法人に対しては診療契約上の債務不履行(説明義務違反)及び不法行為、Y1医師及びY2医師に対しては不法行為による損害賠償を求めた。
(損害賠償請求)
請求額:遺族合計4852万5358円
(内訳:逸失利益1721万9027円+患者本人の慰謝料800万円+遺族慰謝料計1600万円+葬儀関係費290万6332円+弁護士費用440万円)
(裁判所の認容額)
認容額: 遺族合計1669万円
(内訳:逸失利益572万円+患者本人の慰謝料400万円+遺族慰謝料計500万円+葬儀費用50万円+弁護士費用150万円。各項目算定途上で一万円以下の切り捨てがあり、端数不一致)
(裁判所の判断)
術後管理の瑕疵の有無
この点について、裁判所は、まず、本件のような手術を実施した際の術後管理のひとつとして、胆汁性腹膜炎などの合併症を防止するため、腹腔内への渗出液をドレーンによって体外に誘導する必要があり、また、再開腹手術(腹膜炎に対する手術)の目的も、膿などを体外に誘導し、創を清潔にすることにあると認定しました。
その上で、裁判所は、H医師がAの膵を傷つけ、胆管から胆のうに注入した造影剤が膵方面へ漏出することなどの事情があったのであるから、特に術後管理には注意を要すべきところ、Aは胆石症術後合併症として、術後胆汁性腹膜炎、術後出血、胆汁瘻形成、術創感染、急性膵炎などの合併症が出現し、更に、壊死型急性膵炎及び腹壁感染を併発し、その結果敗血症を招来し、更にその結果としてDIC(播種性血管内凝固)症候群による消化管出血及び中枢機能障害を引き起こして心停止し、死亡したことに照らすと、結果的には腹腔内の渗出液の誘導が十分でなかったことが推認されると判示しました。
しかも、本件手術後の術後管理については、12月6日のカルテにおいて、ゴムドレーンはしばらく抜かないようにとの指示がなされ、しかも同月7日ゴムドレーンからの渗出液3+となり、同月8日ゴムドレーンからの分泌物多量となったにもかかわらず、同月9日には、ゴムドレーンを抜去してしまったこと、更に、抜去後2日程度は分泌物が少なくなったものの、同月12日から膿性の分泌物が連日のようにドレーン孔から排出されているにもかかわらず、同月19日に至ってようやく、ゴムドレーンを再挿入したところ、大量の膵壊死物質(カルテ記載によると黒色腸内容物)が排出されたこと、ドレーンの再挿入自体はさほど困難なものではないうえ、本件でもドレーンの再挿入によってかなり有効な誘導がなされているのであるから、より早期に再挿入がなされていれば、有効な誘導がなされた可能性があったのではないかと認められるとしました。
以上の事実によれば、本件においては、手術後の排出液の誘導が不十分であったため胆汁性腹膜炎などの胆石症術後合併症を発症させたという術後管理の瑕疵があったと認めざるを得ず、そうすると、上記術後管理に関して、Y病院において自己の責に帰すべからざる事由のあったことを認めるに足りる証拠もないと判断しました。
したがって、Aの死亡につきY病院は、Xらに対する、診療契約上の不完全履行に基づく債務不履行責任を免れないと認定しました。
他方、Y1医師及びY2医師についての過失は否定しました。
以上から、裁判所は、Y医療法人に対して、上記裁判所の認容額記載の損害賠償を命ずる判決を言渡しました。
その後、判決は確定しました。