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No.325 「下顎骨を削合して埋状智歯を抜歯する手術において、歯科医師の過失または注意義務違反により患者の左舌神経を損傷し、舌左側に麻痺感や知覚鈍麻の症状が残存。後遺障害等級表第14級9号(局部に神経症状を残すもの)の後遺障害に当たるとして、慰謝料、逸失利益等の損害を認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成26年11月6日判決 判例タイムズ1424号311頁

(争点)

  1. 後遺障害の程度
  2. 後遺障害逸失利益の有無

(事案)

患者X(当時21歳、女性)は、平成21年9月11日、左下奥歯の痛みを主訴として、Y医療法人が開設するY歯科クリニック(以下、Yクリニック)を受診した。Yクリニックの歯科医師が診察したところ、左下8番の埋伏智歯について智歯周囲炎を発症していることが判明したため、同日、下顎骨を削合して同歯を抜歯する手術をした。その際、Yクリニックの歯科医師の過失ないし注意義務違反によりXの左舌神経に損傷が生じた(以下「本件事故」という。)。

本件事故後も、XはYクリニックに通院していたが、同月28日には、冷たい水がしみる旨、同年11月30日には、舌と歯茎がまだ麻酔したときのように感覚がなく痺れている、熱い物も舌に痛く感じる旨を訴え、平成22年2月1日にも、舌が痺れたままで熱い物がしみる旨を訴えた。この訴えに対して、Yクリニックは、XにビタミンB6製剤やビタミンB12製剤を処方していたが、症状の改善がみられなかった。そこで、Yクリニックの院長であるA歯科医師(Y医療法人の代表者)は、Xに対して、F大学病院の歯科口腔外科を紹介した。

Xは、平成22年2月3日、F大学病院の歯科口腔外科を受診した。診察の結果、Xには、左舌前方3分の2及び左下顎臼歯部舌側歯肉の知覚鈍麻並びに左舌の味覚消失が認められた。Xが同年4月8日に同大学病院を受診した際にも、左側舌神経領域の完全麻痺及び知覚麻痺が認められ、一般的に今後の知覚、味覚の回復は難しいと診断された。

XとA歯科医師は、F大学病院での診断結果を受けて協議し、A歯科医師は、Xに対して、日本で神経縫合手術を行っている数少ない医療機関であるW県立医科大学附属病院(以下、W医大病院)においてB歯科医師による神経縫合手術を受けることを勧め、Xはこれを受けることに決めた。

Xは、同年4月26日にW医大病院を受診して味覚検査、感覚検査等を受け、同年5月18日には手術適応の確認のため、精密検査等を受けた。Xは、同年6月14日に同病院に入院し、同月16日にB歯科医師による神経縫合手術(以下、「本件神経縫合手術」という)を受けた後、同月19日に退院した。

Xは、術後の経過観察のために、D赤十字病院に2日間、D整形外科病院に10日間、それぞれ通院し、平成23年3月8日、同年9月13日、平成24年6月12日、同年12月18日にW医大病院を受診した。

平成24年12月18日の術後経過観察の結果、B医師は、Xの左舌神経の損傷による麻痺、神経障害性疼痛等について、以下の症状が固定した旨診断した。

ア.
テーストディスクを使用した味覚検査
 舌左半側の鼓索神経支配領域の味覚は苦味に反応を見せたが、他の味(甘味、塩味、酸味)には最高濃度でも判別不可能である。
イ.
SW知覚テスター試験(様々な径(太さ)のテスターによって神経麻痺が問題になっている箇所を圧迫して、どのくらいの径のテスターで認識できるか触覚を測定する検査で、健常な反対側の箇所との比較で知覚を評価する。)
 最小径(1)~最大径(20)について、舌右側(健側)は最小径の1を認識することができるのに対し、舌左側は3以下を認識することができない。
ウ.
Tinel徴候(末梢神経の損傷を確認する検査。神経の損傷された部位を軽くたたくと、その損傷された神経の支配領域に放散痛が生じることで、神経の損傷が確認される。)
 智歯抜歯をした歯槽部舌側歯肉を圧迫すると、僅かに左側舌尖部から舌縁にかけて軽度のチリチリした痛みがある。

Xは、Y医療法人から、本件事故による治療費(65万9650円)、X本人の入通院交通費及び宿泊費並びに付添人の交通費及び宿泊費として合計133万9365円の支払いを受けた。

Xは、Y医療法人に対し、本件事故により後遺障害が残存したことについて、不法行為(使用者責任)又は債務不履行責任に基づき損害賠償を求めて提訴した。

なお、Y歯科クリニックは、Xの左舌神経を損傷したことについて、歯科医師の過失ないし注義務違反があることについて争っていない。

Xの現在(口頭弁論終結時)の舌の症状として、以下のようなものがある。

ア.
舌の左半側は常に麻痺感があり、麻酔がかかったまま覚めないような状態であり、食べ物等を口の中に入れてもその形が分からない
イ.
話をするときに呂律が回りにくく、速く話そうとすると舌を噛んでしまう
ウ.
食べ物や飲み物、歯ブラシなどで歯茎に刺激を与えると強い痛みを感じる。刺激を与えなくても、チリチリした痛みやしびれが体調等の変化により、月に数回程度生じ、一度生じると30分から1時間程度継続し、集中力が欠ける
エ.
舌の左半側は味覚障害がある。舌の右半側は味覚が正常であるため、右側で噛むことが多くなっている。

Xは、本件事故当時、大学4年生であり、F県内に居住していたが、平成22年3月に大学を卒業してG銀行に就職し、実家のあるD県内に転居した。Xは、G銀行では営業の業務を行っていたが、空港における業務を希望して転職活動を行い、平成25年4月にH株式会社に転職し、東京都内に転居した。Xは、同社において、グランドスタッフとして羽田空港で搭乗手続の案内等の旅客サービス業務を行っている。

(損害賠償請求)

患者の請求額:合計1868万4823円(Yから支払い済みの治療費などを除いた額)
(内訳:休業損害9万2937円+傷害慰謝料300万円+後遺障害逸失利益1089万3266円+後遺障害慰謝料300万円+弁護士費用169万8620円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額:422万9117円
(内訳:休業損害9万2937円+傷害慰謝料110万円+後遺障害逸失利益155万6180円+後遺障害慰謝料110万円+弁護士費用38万円)

(裁判所の判断)

1. 後遺障害の程度

裁判所は、本件事故で生じたXの味覚障害については、4味質全てを認知できない味覚脱失にまでは至っていないものの、舌の左半側において基本3味質を認知することができないというものであること、知覚については、本件神経縫合手術によって著明に改善したものの、平成24年12月18日のW医大病院における検査結果や、舌の一部についての麻痺感や食べ物の形が分からないといったXの訴える症状に照らせば、Xの舌右半側に比して左半側は知覚が鈍麻しており、常時ではないものの、刺激や体調により舌の疼痛が生じていることを指摘しました。また、裁判所は、Xの呂律の回りにくさや舌をよく噛むといった舌の運動機能に関わる症状も舌の知覚障害に関連して生じているものと推認しました。

以上のようなXの症状を総合して、Xの後遺障害は第14級9号(局部に神経症状を残すもの)に相当すると認定しました。

2. 後遺障害逸失利益の有無

この点について、裁判所は、給与の額の面で本件事故は影響しておらず、また、転職後の給与の方が転職前のそれよりも増加していることを認定したものの、Xの舌左側には常時麻痺感や知覚鈍麻の症状が認められ、これがXの呂律を回りにくくさせており、Xの現在従事している接客等の業務において若干なりとも支障となることが考えられると判示しました。また、舌の疼痛についても、常時とはいえないまでも、Xの体調の変化等により、一定時間継続する痛みが月に複数回生じるというのであるから、これがXの業務における集中の妨げになり得るものと考えられると判示しました。

これらの事情に加えて、Xが若年であり、味覚障害が将来家事労働にもたらす不便等も勘案すると、Xの後遺障害が現時点においてXの給与収入に影響を及ぼしていないとしても、将来にわたって労働能力に何ら影響を及ぼさないようなものではないものと認められるとして、Xは、上記の後遺障害により、症状固定日(24歳)から43年間わたって労働能力を2%喪失したと認めるのが相当であると判断しました。

以上のことから、裁判所は、Y医療法人に対して上記裁判所認定額の賠償をするように命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年12月12日
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