仙台高等裁判所平成27年12月9日判決 判例時報2296号86頁
(争点)
- 乳幼児の死因
- 担当保育士の過失の有無
- 保育園経営者らの過失の有無
(事案)
平成21年秋から、Xらの長女A(事件当時1歳)は、有限会社Y1の運営する保育施設(認可外保育施設、以下「本件施設」という)において、ならし保育を受けた後、翌22年1月6日、正式に本件施設に入園し、0歳から1歳までの乳幼児が所属する基礎クラスで保育を受けていた。当時のAの栄養状態は良好であり、定期健診等で異常を指摘されたこともなかった。
Y2はY1の代表取締役であり、本件事故当時、本件施設の園長であった。Y3(Y2の妻)は、Y1の取締役であり、本件事故当時、本件施設の副園長であった。Y2およびY3は、保育担当者らを指導監督するなどして本件施設において乳幼児の保育施設の運営に従事するとともに、保育担当者らとともに保育の一部を担っていた。
本件事故が発生した当時、保育従事者は10名で、うち7名が有資格者であった。また、保育していた乳幼児は合計72名(内訳:0歳児が1名、1歳児が10名、2歳児が10名、3歳児が17名、4歳児が12名、5歳児が22名)であった。乳幼児は、基礎クラスを含む4組に分けられて保育され、基礎クラスには2か月から2歳くらいまでの乳幼児が当初配属され、その後は、年齢に関係なく、能力に応じて順次進級する組分けになっていた。
Aは、平成22年1月8日午前8時頃に本件施設に登園した後、元気に過ごし、特段の異常はみられなかった。
午前11時20分頃から、当時基礎クラスの保育を担当していたY4(本件施設に勤務していた保育士)は、基礎クラスの部屋においてAに離乳食を食べさせ始めた。同部屋内にはAの他に4名の乳幼児が保育を受けており、Y4、B(本件施設に勤務し、当時基礎クラスの保育を担当していた保育士)およびその他1名の担当者が共同して保育に当たっていた。
Aは、離乳食を半分ほど食べ終わったところでぐずって泣き始めた。そこで、Y4は、Aをバスタオルを敷いた大人用の敷き布団(厚さ平均4.7㎝)の上にうつ伏せに寝かせ、その肩から足にかけてバスタオル(重さ230g)をかけ、さらに、その上から大人用の毛布(大きさ200㎝×138㎝、厚さ0.8㎝、重さ1270g)を四つ折りにしたものをAの全身を覆うようにしてかけ、頭部付近に楕円形の空洞(縦約8㎝×横約16㎝)を設けた上で、Aの背部を軽くたたき続けて寝かしつけたところ、Aは、午後0時10分頃入眠した。
そこで、Y4は、巻きタオルケット(Y3が作成した、タオルケットを巻いて円筒形にしたもの。長さ約60㎝、重さ約660g)2つをAの背部から腰部付近にいずれも横向きに乗せて、Aの傍を離れ、その後、昼食の終わった乳幼児2名を連れて、1ヶ月後に迫っていた発表会で行う遊戯の練習をさせるため、基礎クラスの部屋を出て、ホールに行った。Y4は、部屋を出る際に、部屋内で残りの乳幼児2名に対して食事の介助等の保育に当たっていたBおよび他の1名の保育士に対して、同部屋内の乳幼児らの保育を任せるというつもりで、細かい指示はせずに「行ってきます。お願いします。」と一声かけた。
午後0時40分頃までには、Y4が上記2名を連れ帰り、A以外の乳幼児らも午睡を始めた。その際、Y4は、Aがうつ伏せ寝になっていることは認識していたが、仰向けにすると目覚めると思い、姿勢を直そうとはしなかった。なお、他の1名の保育士は、乳幼児の午睡時には階下での仕事を予定しており、その頃までに部屋を出た。
Bは、午後0時53分頃、午睡中の基礎クラスの乳幼児らの検温をしようとして、Aの左手が白くなっていることに気付いた。そこで、Bが、四つ折りの毛布をめくったところ、Aは顔を真下に向け、その鼻口部が敷布団の上に敷いたバスタオルに押しつけられた状態となっており、呼吸は停止し、ぐったりとしていた。Aの唇にはよだれか離乳食の液のような半透明の液体が付着しており、上記バスタオルがAの唇全体に張り付いた状態であった。
Bは、Y4およびY2にAの状態等を伝え、B及びY4は、Aに心臓マッサージ及び人工呼吸をするなどし、Y2は午後0時54分、救急車の出動を要請した。
Aは、救急車による搬送中の時点で心肺停止状態となっていた。救急車に途中から乗り込んだ医師が、Aに対し心臓マッサージを行うとともに気道挿管を行った。その際、Aの口腔内にミルク臭のある少量の泥状吐物を認めたものの、気道閉塞を生じさせる量ではなかった。また、Aの気管内チューブからは、痰、異物等は吸引されなかった。
Aは、蘇生せず、午後2時9分に死亡が確認された。
そこで、Aの両親であるXらは、Aの保育を担当していた保育士のY4、本件施設を運営するY1、本件施設を管理運営する立場にあったY2及びY3、本件施設を指導監督する立場にあったY市、Aの死体検案書を作成した医師に対して損害賠償請求訴訟を提起した。
一審の福島地方裁判所郡山支部は、Xらの請求の一部を認めてY1~Y4に対して損害賠償を命じたため、Y1~Y4が控訴した。Y4については控訴審において弁論が分離されたため、本判決はY1~Y3を控訴人とする。
なお、Y市と医師に対する損害賠償請求は一審で棄却され、Xらが控訴をしなかったため確定している。
(損害賠償請求)
遺族(両親)の一審請求額:両親合計6560万0467円
(内訳:逸失利益2709万2717円+乳児の慰謝料2500万円+遺族固有の慰謝料両親合計600万円+葬儀費用150万円+治療費及び文書作成料5万7750円+弁護士費用595万円)
(裁判所の認容額)
一審(福島地方裁判所)認容額※:両親合計5775万5606円(Y1~Y4が、父親分2887万7803円、母親分2887万7803円それぞれにつき連帯責任)
(内訳:逸失利益2219万7856円+乳児の死亡慰謝料2400万円+葬儀費用150万円+治療費及び文書作成料5万7750円+遺族固有の慰謝料両親合計500万円+弁護士費用500万円)
※注…一審(福島地方裁判所郡山支部平成27年3月6日)につき、判例時報2265号93頁を参照しました。
控訴審(仙台高等裁判所)の認容額:Y1に対する請求につき、一審と同額(内訳も同内容)。
Y2及びY3に対する請求につき、治療費及び文書作成料分(5万7750円)が控訴審で取り下げられたため、それらを減額した父親分2884万8928円、母親分2884万8928円が認められた(Y1と連帯責任。治療費及び文書作成料以外の内訳は第一審と同じ)。
Y4は控訴審において弁論が分離されたため本判決の対象外となった。
(裁判所の判断)
1. 乳幼児の死因
この点につき、裁判所は、まず、乳幼児突然死症候群による死亡と窒息による死亡との鑑別に関する知見によれば、これらの各死因については、明らかな窒息の痕跡がない限り、剖検所見のみから鑑別することは難しく、剖検所見に加え、病歴、生前の健康状態、死亡時の状況等を総合して判断する必要があると認めることができるとしました。したがって、剖検所見のみに基づき、Aの死因を原因不明の幼児急死と判断したD医師鑑定の結論をそのまま採用することはできないとしました。
そして、D医師鑑定及びF医師鑑定によれば、Aの剖検所見は、これのみで窒息死を鑑別するには足りないものであるが、窒息死の可能性を肯定しうるものであること、Aには、発育の経過等、病歴、生前の健康状態等からは睡眠中に突然心肺停止を惹起する原因を見いだせないこと(F医師鑑定)、死亡時の状況として、Aがバスタオルを敷いた大人用の敷き布団(頭の重さ等により相当程度沈み込み、うつ伏せ寝状態では二酸化炭素の拡散状態を悪化させるものであった。)の上にうつ伏せに寝かされ、四つ折りにした大人用の毛布を全身を覆うように頭部から足先にかけられ、さらに、背中から腰の辺りに巻きタオルケットを横向きに二本乗せられ、40分以上も放置されていたこと、発見された際、顔面を真下に向け、その鼻口部が敷き布団の上に敷いたバスタオルに押し付けられた状態であり、Aの唇にはよだれか離乳食の液のような半透明の液体が付着しており、下に敷かれたバスタオルがAの唇に張り付いた状態であったことなど、Aが顔面を下に向けた姿勢を継続していたことを推認させる状況、及びAの呼吸を阻害し、呼気の再呼吸を助長する状況が存在していたことを総合して検討すると、F医師鑑定の判断に従い、Aの死因は、睡眠中、顔面を下に向けた姿勢を取っていたことに起因する鼻口部圧迫又はこれと再呼吸の競合による急性の窒息死であると認めるのが相当であると判断しました。
2. 担当保育士の過失の有無
この点につき、裁判所は、Y4は、本件施設に勤務する保育士であるから、保育の専門家として、基礎クラスに所属する1歳ほどまでの乳幼児をうつ伏せに寝かせておいた場合には、前記認定のとおり窒息死の危険があることを認識すべきであったし、実際にこれを認識していたと判示しました。さらに、本件事故に際しては、Aをうつ伏せに寝かせた上に、大人用の毛布を全身にかけて巻きタオルケットを乗せることにより窒息死の危険性を著しく高めていたものであり、この点についても保育の専門家として当然に認識し得たと判示しました。
従って、Y4には、Aを上記のように危険のある状態で寝かせた以上は、Aの顔色や呼吸等をきめ細かに観察し、Aが窒息死をすることがないように配慮すべき注意義務があり、それにもかかわらず、Y4は、Aを上記危険のある状態で寝かせたままでAの傍を離れ、その後の状態を観察せず、20分程度を経過した後に基礎クラスの部屋内に戻った際にもうつ伏せ寝のまま放置し、また、他の保育担当者に対して適切な観察が行われるような手配も行っていないから、Y4には上記注意義務を怠った過失があったと判断しました。
3. 保育園経営者らの過失の有無
Y1の責任につき、裁判所は、本件事故は一審被告Y4がY1の営む本件施設において保育業務を遂行中に過失により招いたものであるから、Y4の使用者であるY1は民法715条の使用者責任を免れないと判断しました。
Y2及びY3につき、裁判所は、本件施設の園長ないし副園長という施設全体の管理等について責任を負担する立場にあるから、本件施設において、乳幼児(心身の機能が未熟であるため、健康を損ないやすく、また、危険を回避する能力が低い)の健康と安全を確保するため、個々の乳幼児の動静や健康状態の的確な把握とこれを踏まえた適切な対応が行われるよう、職員を指導監督し、また保育の運営体制を整えるべき注意義務を負っていたと判示しました。
そのうえで、Y2及びY3は、基礎クラスの保育担当者らが乳幼児を早く寝付かせるためにうつ伏せに寝かせていること、さらには、上記のとおり更に危険な状態で寝付かせていることを知っていた以上は、上記注意義務に照らし、その運用の実情を具体的に確認して、保育担当者らを指導し、うつ伏せ寝をやめさせるか、窒息死等の危険を確実に回避することができるように、うつ伏せ寝をさせている乳幼児について頻度を高めた具体的な時程を定めて直接的に顔色や呼吸を観察することとする等の乳幼児の様子をより注意深く観察する態勢の整備を行うべきであったと指摘しました。
そして、それにもかかわらず、Y2及びY3は、保育担当者の行為を放置し、容認し、これらの対応を行わなかったものであり、上記注意義務を怠った過失があると判断しました。
以上から、裁判所は、上記認容額の限度でXらの請求を認め、その後、判決は確定しました。