神戸地方裁判所伊丹支部平成21年12月17日判決 判例タイムズ1326号239頁
(争点)
- 不可抗力の免責の可否
- 重過失免責又は過失相殺の可否
(事案)
平成11年6月、X(大正8年生まれの高齢者)は、訴外病院で脳血管性認知症であると診断された。
Xは、物取られ妄想や、徘徊で警察に保護されることが多く、平成16年1月25日、指定認知症対応型共同生活介護事業を業とするY株式会社(以下、Yという)と認知症対応型共同生活介護利用契約(以下、本件契約という。)を締結し、Yが運営するグループホーム(以下、本件施設という。)に入居した。この段階では認知症の程度は中程度、声かけ、見守りにて日常生活はほぼ自立しており、要介護1であった。
本件契約書には、事業者は、利用者に対する介護サービスの提供に当たって、万一事故が発生した場合は、不可抗力による場合を除き、速やかに利用者に対して損害を賠償する旨の特約条項(第19条1項本文)が存在した。また、平成17年8月25日、本件契約は、Xの症状の進行のため要介護1から要介護2とする契約更新がされた。その際には、成年後見人が選任されており、同後見人が代理して、更新確認書に署名押印している。
本件施設は、1、2階に各9室の居室があり、各居室には1人ずつ入居が可能になっており、各階に食堂や居間があるため、入居者は、各居室のある階で生活するスタイルとなっていた。
入居者を介護する各階の職員は、日中は各3名であるが、早朝、夜間には少なくなり、午前7時から午前9時まで及び午後6時から午後8時まではいずれも各2名、午後8時から午前7時までは各1名であった。
Xは、2階に居室を持っており、居室内には、ベッドとタンス、テレビが置かれていた。
Xは、第1事故に遭うまでは、自力歩行ができており、生活も比較的自立していたが、窓や扉の戸締まりを気にし、夕食後は、必ずといってよいほど玄関の戸締まりを確認し、また起床後はカーテンを自分で開けるなどの習慣があった。Xの性格や習慣等については、Y職員も認識していた。
平成18年4月15日、X居室内でベッドから落下する事故に遭い、K診療所で、第一腰椎体圧骨折、骨粗鬆症と診断された。この際、Xの成年後見人は、Yに対し、Xは骨が弱いので、気をつけて欲しい旨要望したが、Yが具体的な対策を取った形成は窺えない。
- 【第1事故】
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Xは、平成18年7月20日、Xの居室内で、起床直後に、居室の窓のカーテンを開ける際にふらつき、転倒した。転倒の際には、Y職員の見守りはなく、「どすん」という音がしたため、Y職員がX居室を訪問し、ベッドと窓の間の床の上に右側位の状態で倒れ込んでいるXを発見した。
Xは、A病院に搬送され、右大腿骨転子部骨折と診断され、同病院に入院し、同年10月30日に退院するまで、103日間入院した。その間、同年7月27日に手術を受け、術後1週間後より歩行訓練を開始し、介助下で歩行可能となった。
- 【第2事故】
Xは、A病院退院日に、本件施設に戻ることになった。Yは、Y職員による就寝後のこまめな巡視を実施したり、X居室内のタンスの配置換えによりXの転倒を防止する配慮をした。
しかしながら、Aは、同年11月7日午後7時ころ就寝し、同10分から同30分ころまでの間に、X居室の窓のカーテンの開閉の際に転倒した。転倒の際にはY職員の見守りはなく、同10分ころに、Y職員が巡視した際には異常がなく、同30分ころに、巡視した際に、X居室窓際で、体をくの字で右側仰臥位の状態で床に倒れているXを発見した。
Xは、A病院に緊急搬送され右側座骨骨折と診断され、同日、A病院に入院し、翌平成19年2月14日に退院した。
XはA病院退院後、Yの運営する施設とは別の施設に入所及び転所したが、第1事故、第2事故による負傷および入院生活があったため、自力で立ち、歩行することが困難となり、要介護状態区分も要介護3に変更された。
そこで、Xは、本件契約に基づき、Yに対して損害賠償の支払を求めて訴訟を提起しました。
訴訟においては、本件契約書19条1項本文中の不可抗力の文言の解釈については、争いがあり、Yは、Yに故意及び過失のないことである旨、Xは、天災地変など人力の及ばないことである旨それぞれ主張しました。
また、Yは、本件居室の状況に問題はなく、医師及びY職員からの説明等があったにもかかわらず、Xが適切なバランスをとって歩行しなかったことに重過失があるから本件契約書の規定により免責される旨、仮に免責が認められないとしても、過失相殺又は過失相殺の類推もしくは骨粗鬆症という素因の存在から、Yの損害賠償責任の減額がなされるべき旨主張しました。
(損害賠償請求)
入居者の請求額:544万7815円
内訳:治療費および入院費76万3315円+入院雑費30万4500円+慰謝料438万円
(裁判所の認容額)
376万7810円
内訳:治療費および入院費76万3310円+入院雑費30万4500円+慰謝料270万円
(裁判所の判断)
1 不可抗力の免責の可否
この点について、裁判所は、まず、不可抗力の文言は、Xが主張するように、天災地変など人力の及ばないことと解釈するのが自然ではあるが、この点は、しばらくおくとして、X及びYのいずれの見解に立つにしても、本件契約書第19条1項本文の規定の仕方(不可抗力による場合が除外される旨の規定の仕方になっている。)及び効果(Yは、速やかに利用者に対して損害賠償をすることになっている。)からして、同本文は、Yによる介護サービスの提供に当たって、事故が発生し、Xの生命・身体・財産に損害が発生した場合は、迅速な救済のために、事故および損害の発生をXが主張立証すれば足り、Yが不可抗力による事故であることを主張立証しない限り、Yが損害賠償責任を負うことを規定したものとみることができると判示しました。
そして、第1、第2各事故が発生し、いずれの事故でも、Xが骨折の傷害を負っているのであるから、Yが、不可抗力による事故であることを主張立証しない限り、損害賠償責任を負うことになるとしました。
さらに、Xは、認知症に罹患しており、成年後見人も選任されていたところ、第1事故前の平成18年4月15日に、本件施設内でベッドから落下する事故に遭っており、K診療所で、第1腰椎体圧迫骨折、骨粗鬆症の診断を受け、その後、Yは、Xの成年後見人から具体的な危険性を指摘した要望を受けていたのにもかかわらず、事故発生及び損害拡大の各防止のために、何らかの対策を取った形跡がないと指摘しました。また、第1事故後も、Yは、Xの就寝後に、Y職員によるこまめな巡視を実施したり、X居室内のタンスの配置換えによりXの転倒を防止する配慮をしていたなどある程度の対策をとっていたものの、それ以上の対策、例えば、Y職員が把握していたカーテンの開閉などのXの習慣的な行動は、Y職員の巡視や見守りの際にさせたり、Xが一人で歩く際には杖などの補助器具を与えるなどの対策をとったり、そうした対策を検討していた形跡はないし、そもそも入院103日が必要な第一事故後に、Xが退所せずに、本件施設に戻ったのであるから、認知症対応型共同生活介護計画の変更を、少なくとも検討する必要が全くなくなったとはいいがたいと判示しました。
裁判所は、したがって、Yが、第1、第2各事故について、無過失であるとは到底いえないので、本件契約書第19条1項本文の不可抗力の文言をどう解するにせよ、Yが同文言によって免責されることはないと判断しました。
2 重過失免責又は過失相殺の可否
この点につき、裁判所は、Xは、認知症に罹患しており、成年後見人も選任されていたのであるから、精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況(民法7条)にあったといえ、通常人と同様に、重過失や過失を問うことはできないと判示しました。
また、XとYは、Xが認知症にあり、要介護状態にあることを前提に、本件契約を締結しており、YがXに対し、本件契約上、対価を得て介護サービスを提供する立場にあるのであるから(疾患を有する患者に対応する医療契約と類似した性格がある。)、契約関係にない事故の場合と同様には、過失相殺の類推や素因の存在を理由に損害賠償責任を減額するのは相当ではないと判断しました。
以上のことから、裁判所は、上記認容額の限度でXの請求を認め、その後、判決は確定しました。