山口地方裁判所平成27年7月8日判決 判例時報2284号99頁
(争点)
分娩を担当したQ2医師の過失の有無
(事案)
X(当時27歳)は、平成22年12月18日、Q医院(Q1医療法人社団が開設し産婦人科を経営する医院)で、Q2医師(Q1医療法人社団の代表者)の診察を受けて妊娠していることが確認された。この妊娠はXにとって初めての妊娠であり、平成23年4月9日ころには、出産予定日が同年8月12日と知らされた。
Xは、7月30日(妊娠週数38週1日目)午前3時50分ないし4時ころに破水したことから、午後4時45分ころQ医院を訪れ、Q2医師の診察を受けた。子宮口開口度は1cmであった。
その後、Xは、Q2医師の指示で分娩室に移動し、午前4時53分ころから、胎児心拍数モニタリングのモニターを装着され、午前4時56分、Xに子宮口からメトロイリンテル(以下「バルーン」という。陣痛誘発のために子宮膣内に挿入・留置するためのゴム製の囊)が挿入された。
Q2医師の指示により、午前6時、Xに抗生剤等が投与され、午前6時10分から陣痛促進剤オキシトシンの持続投与が開始されたが陣痛が過強気味であったことから随時投与量が減量され、午前7時20分には投与が一旦中止された。
午前9時35分には、Xの子宮口開口度は7cmであることが確認された。
Xは、以前からQ医院の助産師に対して無痛分娩は希望しない旨を伝えていたが、午前9時35分ころ、Q医師から無痛分娩に切り替えることができるかどうするかを聞かれ、かなり陣痛が強くなっていたことから、両親の促しもあり無痛分娩にしてもらうことにした。
そして、そのころQ2医師は、Xの分娩方法を硬膜外麻酔による無痛分娩に変更することとして、Xに対して硬膜外麻酔が施行された。
午前9時55分、過強陣痛によりオキシトシンの投与が中止された。その後、Xの子宮口開大度は、Q医師が午前10時20分に診察したときには変化はなかったが、午前11時50分には9cm、午後0時30分に9.5cmとなった。
Q2医師が午後1時15分に診察したときには、児頭は下がっておらず、硬膜下麻酔が追加された。
午後2時、Xの子宮膣内に設置されていたバルーンが除去され、このころまでに子宮口が全開大していた。このときまでのXの分娩経過は良好であり、胎児に異常はなかった。
このころ、児頭はステーション方式で±0ないし-3と高い位置にあり、下降しないため、Q2医師は、Xにいきむように指示し、吸引カップを使用して吸引分娩を開始するとともに、看護師2名がクリステレル胎児圧出法としてXの腹部を押し始めた。
Q2医師は、児頭を2回吸引したが、児頭は全く下降しなかった。次に、Q2医師は、鉗子分娩を開始したが、これを3回施行しても児頭は下降しなかった。吸引や鉗子による牽引が行われている間は、胎児の心拍数は持続性徐脈であった。
午後2時30分、Q2医師は、上記の吸引・鉗子による牽引によっても胎児の児頭が下降しないことから、回旋異常にあると判断し、帝王切開術を実施することにした。ただ、このとき、Q2医師は、胎児が回旋異常であることをエコーや触診、内診により確かめたわけではなかった。
Q医師は、当直医の到着を待って帝王切開術を行うことにしたが、午後2時30分に来るはずの当直医が到着せず、予定された飛行機にも搭乗していないことが分かり、更に、依頼しようとしていた他の医師にも連絡が取れなかったことから、Q2医師は、Q医院での帝王切開術は無理と考え、Z大学医学部付属病院(以下Z病院)の医師に連絡を取り、受け入れを要請して承諾を得た。
救急車が午後3時17分に到着し、午後3時26分に搬送が開始され、午後3時28分ころにZ病院に到着し、午後3時29分にXがZ病院に収容された。
Z病院到着時には、Xは未だ硬膜外麻酔が効いており、陣痛が来ているか不明瞭であったが、その後、麻酔薬が切れてから十分陣痛が来ていると判断された。しかし、内診では、鮮血出血が持続しており、児頭がステーション-3より高い位置にあり、児頭が下降しておらず、吸引分娩の適応がないと判断された。また、胎勢が後方後頭位であったことから、回旋異常による分娩停止と判断され、緊急に帝王切開術を行うこととされた。
午後4時22分ころ、原告らに手術の方法、合併症について説明がされ、手術承諾書等が作成された。その際、Z病院来院時には既に胎児の状態が悪化している可能性があることが説明された。
午後5時ころから、帝王切開術が開始され、午後5時18分ころ、Aが3226gで娩出されたが、自発呼吸がなく、皮膚の色が蒼白で、筋緊張がなく、刺激にも全く反応しない状態であり、午後5時45分に、NICU(胎児集中管理室)に入室となった。午後6時40分ころに帝王切開術は終了した。
Aは、出生時から著明なアシドーシス及び高度の出血傾向が認められ、出血性ショックの状態であり、その後アシドーシス等の改善措置が試みられたが、改善がないままに経過し、7月31日午前9時7分死亡が確認された。
そこで、Xと夫(Aの父親)は、Q2医師には、適応を欠くにもかかわらず吸引分娩及び鉗子分娩並びにクリステレル胎児圧出法を実施した過失があるとして、Q1医療法人社団及びQ2医師に対して損害賠償を請求した。
(損害賠償請求)
患者遺族の請求額 : 合計7146万3800円
(内訳:死亡による逸失利益3346万2300円+死亡慰謝料3000万円+入院雑費1500円+葬儀費用150万円+弁護士費用650万円)
(裁判所の認容額)
裁判所の認容額 : 合計5428万5373円
(内訳:死亡による逸失利益1988万3873円+死亡慰謝料2800万円+入院雑費1500円+葬儀費用150万円+弁護士費用490万円)
(裁判所の判断)
分娩を担当したQ2医師の過失の有無
この点について、裁判所は、吸引・鉗子分娩は、児頭がステーション±0を超え、先進部は排臨の状態に達しているか、あるいは下降部は少なくとも±0以上になっていなくてはならないこと、あるいは児頭が+2以上にあること、あるいは先進児頭が低在ないし出口部まで下降していることなどを条件とし、分娩第2期遷延の場合などに適応があると説明がされていること、吸引・鉗子分娩は適応や手技を誤ると危険なものであり、帽状腱膜下血腫などの分娩外傷の原因ともなること、吸引・鉗子分娩と併用されたクリステレル胎児圧出法は、外部から圧迫を加えるものであり、子宮胎盤循環の悪化が生じることが認められることを指摘しました。
その上で、裁判所は、Xの子宮口が全開大となったが児頭が未だ高い位置にあり、必ずしも吸引・鉗子分娩を実施すべき条件を満たしているかどうかが明らかではなく、他方、午後2時ころまでには子宮口全開大しているが、分娩第2期で分娩が遷延しているとか停止しているなどの状況はなく、初産婦母胎合併症などで分娩を急ぐ事情があるわけではなく、また、Q2医師が陳述書に記載している、アメリカ産婦人科医会が、子宮口全開大後いきませるまでに待つべき時間として勧めている約100分を経過しているわけでもないのであるから、Q2医師は、適応を誤ると危険な結果を招来しかねない吸引・鉗子による牽引などの手技を直ちにとるのではなく、分娩第2期の推移を見守るか、胎児の状態をエコーなどで確認するなどして情報収集し、それに応じた処置をとるなど慎重に対応すべきであったと判示しました。
その上で、裁判所は、それにもかかわらず、Q2医師は、予定していた時間(午後2時・硬膜外麻酔により分娩時間の短縮を常としていたQ2医師が、これまでの経験から吸引・鉗子分娩に取りかかる時間を決め、Xに告げていたと推認される)が来たことから、硬膜下麻酔、吸引・鉗子分娩という手順を、その時点での児頭の位置及び胎勢を十分確認せず、また、吸引・鉗子のどちらがより適切かの検討も不十分なまま実施し、吸引分娩により直ちに児頭が下降しないことについて、次の手技の適応如何の検討もせず鉗子分娩に取りかかり、結果として、直ちに下降しない児頭に対して各手技を複数回実施するとともに、看護師2人をしてクリステレル胎児圧出法を実施して、胎児に過重な力を加えた過失があると認定しました。
そして、鑑定の結果などによれば、Q2医師あるいはその指示による吸引・鉗子分娩及びクリステレル胎児圧出法により、胎児は帽状腱膜下血腫を発症し、それにより急性出血性ショックを来たし、重症新生児仮死状態となり、多臓器不全で死亡したということができるから、Q2医師の行為とAの死亡との間には相当因果関係があると判断しました。
以上のことから、裁判所は、Q1医療法人社団及びQ2医師に対して、連帯して上記裁判所認定額の損害を賠償するように命じました。その後、判決は確定しました。