大阪地方裁判所堺支部平成11年11月5日判決 判例タイムズ1032号219頁
(争点)
Y2医師の分娩監視に不適切な点があるかどうか
(事案)
平成3年10月23日、X(27歳・初産婦)は、Y病院(Y2医師の父親が経営していた産婦人科が、平成4年1月にY1医療法人として医療法人化され、Y2医師はその代表者理事長を務める)において初診を受け、妊娠6週4日(出産予定日は平成4年6月14日)と診断された。妊娠経過に問題はなく、胎児超音波検査においても、胎児の発育は、妊娠週数相当であり、その後の妊娠経過も順調であった。
平成4年6月5日(妊娠38週5日)の妊婦検診において、Xは、経膣分娩が可能と判断された。この時点での子宮頸管の熟化度を示すビショップ・スコアは、合計3点であり、子宮頸管熟化不全と判断され、同月11日、Xに対して、子宮頸管熟化剤であるマイリスが静脈注射された。
同月16日(妊娠40週2日)午後9時10分ころ、Xは、産微(少量の出血)とともに陣痛が始まり、翌17日午前2時15分ころ、Y病院に入院した。
同日午前3時10分、Xに対して分娩監視装置が装着され、胎児心拍数モニタリングが開始された。この時点での基線胎児心拍数(陣痛間欠期の胎児心拍数)は120ないし160bpmの正常範囲内にあり、基線細変動や一過性頻脈も認められ、胎児は健康と判断された。
午前6時35分に陣痛発作が30秒、間欠が2~3分となり、子宮口はほぼ全開大し、展退度が90%、子宮頸部の硬さが軟、子宮口の位置が中央となったが、児頭はステーションマイナス1、ビショップ・スコアは12点で、陣痛や軟産道には問題はなかった。そのころ、Y2医師は、Xを分娩室に入室させた。
午前6時53分ころ、人工破膜を行ったところ、羊水は緑色で混濁は(++)であった。そのため、Y2医師はXに対して酸素を3ℓ投与し、点滴ルートを確保してブドウ糖の点滴を行った。さらに、子宮口開大目的でブスコパン及びマイリスを投与した。
人工破膜の後、胎児心拍数が今までとは異なったパターンで急激に低下し始め、80bpm以下になることもあったが、午前7時ころには、胎児心拍数はいったん回復したものの、午前7時04ころから、再び徐脈が発生し、午前7時17分ころまで、80ないし100bpmまで低下する持続的な徐脈ないし遅発一過性徐脈が発生した。そこで、Y2医師は、午前7時10分ころ、Xにメイロンを投与した。
午前7時17分ころには、胎児心拍数が120ないし160bpmにやや持直したが、午前7時24分ころから同30分ころまでに、再び、胎児心拍数が100bpmを下回る一過性の徐脈が数回連続して起こり、その後、午前7時30分ころには、再び、胎児心拍数は、120ないし160bpmに回復した。
午前7時28分の内診の結果、胎児の大泉門が先進して母体の左前方にあり、小泉門が右後方にあって、第二前方前頭位という児頭回旋異常(反屈位)が発生していた。
Y2医師は、人工破膜の際に羊水が混濁していたことや、その後の胎児心拍数の低下、回旋異常の存在等から、なるべく早く胎児を娩出させる必要があると考えたが、未だ、児頭の位置が高く、Y2医師としては、吸引分娩も鉗子分娩もできる位置ではなかったため、児頭を下げるためにも、アトニンOを5単位投与し、また、Y2医師がクリステレル圧出法を、その後、T看護師がY2医師に代わってクリステレル圧出法を施行した。
クリステレル圧出法施行の影響か、午前7時34分ころから、胎児心拍数が再び低下し始め、そのころから、胎児心拍数のベースラインが80bpmに低下する遷延性徐脈ないし持続的な徐脈が発生し、午前7時44分ころから同50分ころまでの間に胎児心拍数は100ないし140bpmへとやや回復したが、午前7時50分ころからは80ないし100bpmに持続的に低下し、午前8時08分ころからは、80bpm以下の徐脈が持続し、細変動も減少してきた。
Y2医師は、午前8時10分すぎころから、吸引分娩に取りかかり、吸引を2回試みたが、2回とも滑脱したため、鉗子分娩に切り換え、午前8時20分ころ、鉗子分娩によって、Aを娩出した。出生後のAは重度仮死状態にあり、Y2医師が蘇生術を施した結果、同日午前8時32分に自発呼吸が発来した。
その後、Aは、B病院に転院したものの、出生直後から痙攣が重積し、新生児早期から重度の痙性麻痺が出現し、経口哺乳もまったくできず、正常の精神運動発達は全く認められない状態であり、B病院において、低酸素性虚血性脳症、脳性麻痺と診断された。その後、Aは、低酸素性脳障害による痙性四肢麻痺やてんかん発作、小児脳性麻痺などの診断を受け、生活全般にわたって介助が必要な状態であった。
Aは、平成11年1月13日、死亡した。その原因は痙攣の重積による呼吸不全であった。
Aの両親であるXらは、Aに脳性麻痺の障害が残り、その後、Aが死亡したのは、Yらの分娩監視に過失があったためであるなどと主張して、Y2医師に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求を、Y1医療法人に対しては、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
新生児遺族(両親)の請求額 : 合計9569万5904円
(内訳:逸失利益2597万6278円+新生児の慰謝料2500万円+介護費用2402万円+両親固有の慰謝料両名合計1000万円+葬儀費用200万円+弁護士費用869万9626円)
(裁判所の認容額)
裁判所の認容額 : 遺族合計5752万9416円
(内訳:逸失利益1931万9416円+新生児の慰謝料1600万円+介護費用1201万円+両親固有の慰謝料両名合計400万円+葬儀費用100万円+弁護士費用520万円)
(裁判所の判断)
Y2医師の分娩監視に不適切な点があるかどうか
この点について、裁判所は、分娩経過中に胎児仮死に陥った場合には、
1.まず、母体の体位変換、酸素吸入、陣痛抑制などの経母体治療を行い、
2.もし、胎児仮死所見の消滅をみれば、経過観察をし、
3.胎児仮死の所見が不変又は悪化のときは急速遂娩を行い、
4.胎児仮死が重症又は急激発症のときは直ちに急速遂娩(経母体治療併用)をすべきである
という知見を示しました。
その上で、本件においては、全体としてみれば午前6時53分以降は、胎児心拍数は極めて不安定な状態を示していたといえるのであるから、Y2医師には、再度の徐脈が発生した場合には、適時、適切な処置ができるように厳重な分娩監視が求められていたと指摘しました。
そして、そのような経過の中で、再度、午前7時34分ころから、ベースラインが80bpm以下になるような遷延性徐脈ないし持続的な徐脈が出現したのであるから、その徐脈の回復の遅延が明らかになった午前7時40分ころには、急速遂娩を考慮してその準備に取りかかるべきであり、その後、いったんは、持ち直しかけた胎児心拍数が、回復しないことが明らかになった午前7時50分ころには遅くとも明らかな胎児仮死と判断して、直ちに吸引ないし監視分娩を実行すべきであったと判断しました。
裁判所は、また、急速遂娩を考慮すべきであった午前7時40分ころの段階で、児頭の位置との関係による吸引分娩ないし鉗子分娩の困難さや、回旋異常の存在等による分娩遷延の可能性などから早急な経膣分娩が困難であると判断した場合には、直ちにアトニンOの投与を中止して、経母体治療を行って胎児心拍数の回復を期待しながら帝王切開に切り換えるべきであったとしました。
しかるところ、Y2医師は吸引分娩ないし鉗子分娩をするには児頭の位置が高いと考えており、また、回旋異常が存在していることも併せて考えれば、早急な経膣分娩が困難であることは、予測できたにもかかわらず、急速遂娩を考慮すべきであった午前7時40分の時点で、帝王切開による分娩を選択することなく、経膣分娩の方法を選択し、アトニンOの投与によって陣痛を強め、また、クリステレル圧出法を施して児頭の下降を試みはしたが、午前7時34分ころに現れた徐脈の回復が遅延し始め、その後、回復することがないことが明らかになった午前7時50分ころになっても、直ちに吸引分娩ないし鉗子分娩に取りかかることをせず、午前8時10分すぎまで、看護師をして漫然とクリステレル圧出法を繰り返して、児頭の下降を図るのみで、胎児心拍数が低下するに任せていたのであるから、Y2医師の措置には過失があると判示しました。
裁判所は、以上のとおり、Y2医師のX1に対する分娩監視には、不法行為における過失があったと判断しました。
更に、裁判所は、本件においては、午前7時50分ころに直ちに吸引分娩ないし鉗子分娩に取りかかっていれば、ほどなく、胎児を娩出することができ、その結果、Aに障害が残らなかった蓋然性が高いと判示しました。また、急速遂娩を考慮すべきだった午前7時40分ころに早急な経膣分娩が困難であると判断し、直ちに、アトニンOの投与を中止して陣痛の促進を中止し、陣痛を抑制するなどの経母体治療を行って、胎児心拍の回復を待つと共に、帝王切開の準備を行って帝王切開をしておれば、仮に帝王切開の実施までに45分ないし1時間の時間がかかったとしても、経母体治療の効果によって、胎児へのストレスを軽減しておれば、Aに障害が残らなかった蓋然性は高いとも判示しました。
そして、裁判所は、上記裁判所認容額の限度でXらの請求を認め、その後、判決は確定しました。