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No.305「上背部の瘢痕除去のため、国立病院の医師が患者にティッシュ・エキスパンダー法および広背筋皮弁移植を実施。患者に筋力低下の機能障害が残る。担当医師の広背筋皮弁移植手術に関する説明義務違反を認め、国に損害賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成13年12月17日判決 判例タイムズ1102号230頁

(争点)

本件手術のXに対する適応及びY病院の担当医師の説明義務違反の有無

(事案)

患者Xは、昭和50年ころから、右肩甲部、肩、上腕部外側にかけて広範囲の有毛性の褐色母斑(ベッカー母斑)が発生したため、昭和59年6月11日、Y(国)の経営する医科大学病院(以下、Y病院という。)の皮膚科外来を受診し、Yとの間で、母斑除去等のため、Y病院が適切な治療行為を継続的に行うことを内容とする診療契約を締結した。

Xの担当医であったH医師は、当初、硬毛の電気分解による脱毛処理だけを行っていたが、Xの希望もあって、昭和59年8月29日から、上記母斑の除去のため、外来でアルゴンレーザー照射による治療を行った。

約2年間のレーザー治療の結果、母斑の色素はほぼ除去されたが、その副作用として、Xの右上背部(右肩甲背から右肩頂部、右腋下部)から右上腕部外側にかけて、広範囲の肥厚性瘢痕(ケロイド状で赤褐色の凹凸が散らばったように見える瘢痕で、一部に有毛性の褐色母斑も残存していた。以下、Xの上記部位に存在した肥厚性瘢痕と褐色母斑の混在した状態を、本件瘢痕等という。)が発生した。そこで、H医師は、昭和61年10月11日を最後に、レーザー治療を中止し、本件瘢痕等が自然に退縮することを期待した。

平成元年6月5日、Xが再度Y病院を訪れたところ、本件瘢痕等の状態は、あまり改善していなかったので、同病院皮膚科のZ医師は、Xを、同病院形成外科のM医師に紹介した。

Xは、瘢痕等の存在を非常に気にしており、同年6月6日、Y病院形成外科を受診した際、担当医のM医師およびO医師に対し、半袖を着た際に見える上腕部外側の本件瘢痕等だけでも完全に除去することを希望した。そこで、O医師らは、Xに対し、ティッシュ・エキスパンダー法(風船状のシリコンを正常な皮膚の下に挿入し、徐々に生理食塩水を充填して皮膚を伸展し、除去すべき皮膚を切除するとともに、伸展した皮膚で皮膚欠損部を覆う方法)による治療を説明したところ、Xは、この手術を受けることに同意した。

平成元年9月9日、Xは、Y病院に入院し、同月12日、Xの右上腕部内側(正常な皮膚部分)にエキスパンダーが挿入された。

O医師らは、同月30日に、Xが退院するまでに、エキスパンダーに190ミリリットルの生理食塩水を注入し、Xの退院後も外来で注入を続け、最終的に、Xの右上腕部内側のエキスパンダーに合計670ミリリットルの生理食塩水を注入した。

その後、Xの右上腕部内側の正常な皮膚が手術可能な程度に伸展したため、O医師らは、Xを再度Y病院に入院させ、同年10月20日、エキスパンダーの除去及び右上腕部瘢痕除去手術(右上腕部外側の瘢痕を切除し、エキスパンダーによって伸展された皮膚で、瘢痕を切除後の欠損部に縫いつける手術)を実施した。

その結果、Xの右上腕部外側には、線状の縫合創が残るのみで、それ以外の本件瘢痕等はほぼ除去され、正常な皮膚に置き換わった状態となり、Xは、同年11月11日に退院した。Xもこの右上腕部外側の手術結果には満足していた。

Xは、平成元年12月7日にY病院に来院し、O医師に対し、右上背部の本件瘢痕等について、レーザー治療の継続を求めた。O医師は、Xに対して、右上背部に存在する母斑の色素はほとんどなくなっており、これ以上レーザー治療を継続しても本件瘢痕等の外観を改善する効果はないことを説明したが、Xは、これを聞き入れなかった。

そこで、O医師は、Xに対し、同年12月7日から平成2年2月15日まで、外来でレーザー治療を複数回実施したが、Xの右上背部の本件瘢痕等の外観の状態は、ほとんど改善しなかった。

平成2年3月1日、O医師は、Xに対し、これ以上レーザー治療を継続しても、瘢痕を更に広げるだけであるとして、レーザー治療を中止する旨を告げた。O医師は、Xの褐色母斑は悪性化のおそれのないものであり、Xが特に希望しない場合には、放置しても差し支えないものであると考えていたことから、Xに対し、これですべての治療を終了するか、又は前年にXの上腕部外側の瘢痕除去のために行ったのと同じ方法(ティッシュ・エキスパンダー法)による施術をするか、いずれかにするようにと告げた。

O医師は、同年4月12日、Y病院に来院したXに対し、手術内容について、Xの背中に特大のエキスパンダ-を挿入して、それを伸展させることによってできた皮膚を利用して、Xの右上背部に存する本件瘢痕等を切除した跡を覆うという方法で行う旨の説明を行った(以下、本件説明という)。

O医師は、本件説明をした際、Xの上背部の瘢痕等が広範囲であるため、ティッシュ・エキスパンダー法によって伸展した皮膚だけでは本件瘢痕等の切除跡の全部を覆うことができないことを予想しており、足りない部分については、広背筋皮弁移植手術を合わせて行うことを考えていたが、その点についての具体的かつ明確な説明はしなかった。すなわち、O医師は、本件説明の際、手術内容が、前回のティッシュ・エキスパンダー法による手術だけではなく、Xの広背筋の一部を皮膚と共に切り離して移動させ、本件瘢痕等の切除部分の一部を覆うという広背筋皮弁移植手術をも行うものであること、後者の手術を行った場合には、筋力低下の可能性があること、手術した部位に凹凸が生じ、その整容の問題が生じることについての説明を行わなかった。

Xは、平成2年7月7日、背部にティッシュ・エキスパンダーを挿入するため、Y病院に入院し、同日、診断として「背部瘢痕」、手術名として「ティッシュ・エキスパンダー」と記載された手術同意書に署名押印した。

同月10日、O医師らは、Xの左背部の上と下(右上背部瘢痕の左隣及び広背筋皮弁作成予定部位の左隣)にエキスパンダーを各1個ずつ挿入し、縫合した上で、生理食塩水を、それぞれ250ミリリットル注入した。その後、O医師は、生理食塩水を追加注入して皮膚の伸展を図り、一旦退院させた後も追加注入して満杯にし、同年9月1日、背部の本件瘢痕等の除去手術のために、Xを再度Y病院に入院させた。

同月4日、O医師らは、Xの右上背部の皮膚を本件瘢痕等の左端線に沿って切開した上で左上背部に挿入したティッシュ・エキスパンダーを抜去し、当該エキスパンダーによって伸展した左上背部の皮膚を右上背部の本件瘢痕等の方向に引っ張り、目安をつけて本件瘢痕等の一部を切除した上で縫合した。 

次に、O医師らは、Xの右広背筋の一部を右上から左下へ島状に剥離して筋皮弁を作成した上、これを右広背筋上部の皮下をくぐらせて右上背部に挙上し、右腕の付け根部分から右脇下部分にかけて本件瘢痕等を切除した部分に移植して縫合した(以下、本件手術という)。

さらに、O医師らは、Xの左下背部に挿入したティッシュ・エキスパンダーを抜去した上、当該エキスパンダーによって伸展した左下背部の皮膚を利用して右広背筋皮弁採取後の欠損部を覆い、縫合した。

O医師は、上記手術後、入院中のXに対し、母斑の部分が取りきれなかったので、もう一度手術する必要があること、その内容は島状になっている肉の部分を上に引っ張り挙げて、母斑を切除した跡を覆うというものである旨の説明をした。Xは平成2年9月17日、Y病院を退院した。

O医師は、平成3年1月19日、Xを入院させ、同月21日、Xに対し、本件手術等で除去しきれなかった右肩峯部の本件瘢痕等を除去するための手術を行うことを説明し、その同意を得た。翌22日、本件手術で移植した広背筋皮弁を剥離し、肩部に残った本件瘢痕等を切除した後、挙上した広背筋皮弁を上方に持ち上げ、本件瘢痕等の切除部位を覆い、縫合した。

Xは、同年2月16日に退院した。このとき、本件手術によって移植された広背筋皮弁は厚ぼったく、周囲の上背部の皮膚よりも盛り上がっており、Xを背中側から見ると、右腕の付け根部分の背中に拳大の瘤が付いたように見える状態となっていた。

Xは、同年12月5日にY病院に来院した際、右肩部(広背筋皮弁移植部分)のたるみを訴えた。

平成4年1月30日、Y病院を外来受診したXに対し、O医師からの説明を事前に受けていたP医師が、本件手術で移植した広背筋皮弁の下辺の瘢痕を切除し、広背筋皮弁を下方に引っ張った上で縫合するという手術を行った。

Xは、平成7年4月25日、約3年ぶりにY病院に来院し、医師に対し、右肩部(広背筋皮弁移植部分の上部)の手術痕が瘢痕化して下に引っ張られる感じがすること、移植部分全体が下に下がってきていること、移植部分の下部にできた陥凹部を除去してほしいこと等を訴えた。

平成7年8月に専門研修医としてY病院形成外科に着任したN医師が、Xの担当医となった。N医師は、同年8月30日、Xに対して、筋皮弁移植部分の上部の瘢痕化した手術痕をギザギザに切除し、移植された広背筋皮弁を筋膜上で剥離し、これを持ち上げるようにして皮下縫合する手術(右背部瘢痕拘縮形成手術)を行った。その際、Xの皮下瘢痕組織は深部に及び、筋肉組織と癒着していたので、N医師は、皮膚と筋肉を剥離する際に、移植された広背筋の辺縁部を、必要最小限度切除した。

Xは、同年9月9日に、Y病院を退院した。その後、N医師は、Xに対し、同月28日、右上腕部の瘢痕除去手術を、同年10月26日、背中の瘢痕除去手術を、それぞれ行った。

Xが、筋皮弁移植部分の下部の陥凹部及び当該部分の瘢痕の形成手術を希望したので、N医師は、平成8年2月21日、XをY病院に入院させ、同月23日、Xに対して、移植した広背筋皮弁下辺縁部の瘢痕部を切除し、陥凹部を形成するために下から持ち上げるようにして縫合する手術を行った(右背下部瘢痕拘縮形成手術)。しかし、瘢痕部は除去できたものの、筋皮弁の移植によって組織が厚くなっているため、陥凹部を十分形成することはできなかった。

Xは、同年3月2日、N医師に対して、陥凹部の形成が思わしくないと訴えた。これに対し、N医師は、本件手術の内容が、広背筋皮弁の切除跡を覆うというものであったことを説明し、この移植された広背筋皮弁の部分が盛り上がっているため、移植された筋肉組織を操作しないと陥凹の形成はできないこと、自分の技術では筋肉の操作は困難であることを説明した。

Xは、N医師のこの説明にショックを受け、皮膚と共に筋肉の一部を切除して移植したということは知らなかったと述べ、同医師に対し、移植された広背筋を元に戻すよう求めた。これに対し、同医師は、同じところを短期間に何度も手術することはできないとして、これを拒絶した。

その後、Xは、Y(国)に対し、手術不適応及び説明義務違反を理由とする債務不履行に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者の請求額 : 1300万4931円
(内訳:治療費32万2665円+慰謝料1150万円(入通院慰謝料150万+後遺症慰謝料1000万)+弁護士費用118万2266円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 502万2665円
(内訳:治療費32万2665円+慰謝料400万円(入通院慰謝料と後遺症慰謝料双方を含む)+弁護士費用70万円 )

(裁判所の判断)

本件手術のXに対する適応及びY病院の担当医師の説明義務違反の有無

裁判所は、まず、Xの右上背部に存在した本件瘢痕等は、これをそのまま放置したとしても、悪性化するおそれ、すなわち、Xの生命や身体的機能に悪影響をもたらすおそれのないものであるから、O医師がXに対しティッシュ・エキスパンダー法と広背筋皮弁移植とを併用して行った手術は、病気治療のためではなく、専らXの身体の外観を美しく整えるために行われた手術であると判示しました。 

その上で、この種の手術については、これを受ける者が、担当医師から、当該手術の内容、その危険性、他の手術方法がある場合にはその長所と短所、手術が成功した場合に得られる状態(改善の程度)、手術後に生ずる可能性のある事態、健康への影響等についての十分な説明を受け、これらの点を理解した上で、当該手術を希望した場合に限り、担当医師は、当該手術を実施することができるものというべきであり、担当医師が上記の事項について十分な説明をしていない場合又は十分な説明はしたが本人が当該手術を希望しない場合には、担当医師は、当該手術を実施すべきではなく、仮にこれを実施した場合には、当該担当医師の行為は、診療契約上の債務不履行を構成するものと解するのが相当であると判示しました。

裁判所は、したがって、O医師が本件手術を行うに際しては、Xに対し、ティッシュ・エキスパンダー法のみでは、Xの本件瘢痕等を切除した跡を覆うのには足りず、広背筋皮弁移植手術(本件手術)をする必要があること、その手術の内容及びその危険性、他の手術方法との比較、手術が成功した場合に得られる状態(改善の程度)、手術後に生ずる可能性のある事態(筋力の低下や凹凸部分が生ずること)等について、十分説明すべき義務があるものというべきであると判断しました。とりわけ、本件手術は、広背筋の一部を切除するものであり、手術後に相当程度、広背筋の筋力が低下することから、本件手術をした場合には、広背筋の筋力を必要とする職業に従事したり、スポーツをするのに支障が生ずることを十分説明した上で、それでもXが、本件手術を希望するかを確認した上で、実施すべきものであると認定しました。

裁判所は、上記見解に立って、本件をみるに、O医師は、Xに対し、本件手術(広背筋皮弁移植手術)の内容、他の手術方法との比較、本件手術が成功した場合に得られる状態(改善の程度)、特に、手術後に生じる可能性のある事態(筋力の低下や凹凸部分が生ずること)等について十分な説明をした事実及びXに筋力低下等の犠牲を払っても本件手術を希望するか否かを検討させた上でXの同意を得たとの事実は、次の①から⑤のとおり、いずれもこれを認め難く、かえって、O医師は、Xに対し、本件手術の内容等についての具体的かつ明確な説明をしなかったと認定しました。

①本件手術の実施に当たって作成されたカルテには、O医師が、Xに対し、本件手術の内容等について明確かつ具体的な説明をしたことを窺わせる記載はないこと

②本件手術を含む一連の手術の過程で作成された3通の手術同意書にも、広背筋皮弁移植手術を実施することを窺わせる記載はないこと

③Xは、本件手術当時、音楽大学を受験するため、ピアノ教室に通っていたのであり、仮に、O医師が、Xに対し、本件手術による広背筋の筋力低下の説明をしていたとすれば、Xから、ピアノ等の楽器演奏への影響等についての質問があってしかるべきであるのに、O医師は、Xは、職業はなし、スポーツはしないと言ったと供述するとともに、Xがピアノ教室に通っていたことは知らなかったと供述しており、十分な説明をしたとのO医師の供述の信用性に疑問があること

④N医師が、平成8年3月2日、Xに対し、本件手術の内容が広背筋という筋肉の一部を皮膚と共に切り離して移動させ、その上部の本件瘢痕等の切除跡を覆うというものであったことを説明し、本件手術によって広背筋皮弁を移植した部分が盛り上がっているため、移植された筋肉組織を操作しないと陥凹部の形成はできないことを告げた時、入院中のXは、その説明にショックを受け、皮膚と共に筋肉の一部を切除して移植したとの事実は知らなかったと述べ、それ以来、Xは病室のカーテンを閉め切って、一人考え込む日々が続き、担当の看護師に対し、「筋肉を取ることまでは聞いていなかった。いまだに手が挙がらないし、創のところは凹んでしまった。一体、どういうことなのか、最初に手術をした医師に聞いてみたい」と述べたこと

⑤本件手術当時、O医師は、自分が過去に行った同種の手術の経験から、広背筋皮弁移植に伴う患者の筋力の低下等のデメリットについては、さほど重視していなかったこと

裁判所は、以上の事実関係に照らし、Y病院のO医師は、本件手術を実施するに際し、Xに対し、十分な説明をしたとは認められないのであるから、Yには、説明義務に違反して、本件手術を実施した債務不履行責任があると判断しました。 

裁判所は上記認容額の限度でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年2月10日
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