広島地方裁判所平成6年3月30日判決 判例タイムズ877号261頁
(争点)
Yの説明義務違反の有無について
(事案)
患者Xは、鼻の付け根(鼻根部)の骨が少し出っ張って段のようになっているので、これを取ってもらいたいと思い、3ヵ所の病院に電話で費用の問い合わせをしたところ、Y医師の経営する、Y整形美容外科医院(以下、Y医院という。)では12万7000円で出来るということであったので、予約したうえで受診した。
平成2年8月11日、Xは、Y医院を訪れ、Yに対し、「鼻に段になったところがあるので削って欲しい。」と申し出た。Yは、骨を削るのは大変な手術だから止めるように述べ、それに代えて腰部から真皮を抽出して、これを鼻の段になったところの上下に挿入移植して、段を目立たなくする方法を提案した。
なお、自家組織である腰部の皮膚を取って鼻に埋め込むやり方は、Yは5年くらい前から始めていたが、あまり一般的なものではなく(通常はシリコンプロテーゼを入れていた)、むしろかなり特殊といっていい方法であるが、Yは、Xに対して、こうした説明はしなかった。
Yは、真皮を挿入移植する方法だと手術に要する時間が一時間程度であり、また、シリコンを挿入するのに比べて腫れがひくのが早く、2、3日もすれば外出できる等と説明した。これに対し、Xは、鼻が高くなったり大きくなるのはいやだったのと、後々傷痕が残ってしまうことが心配だったので難色を示したが、Yは、上記方法によれば上手く段が見えなくなり、鼻が高くなったり、大きくなったりするものではない、専門家の自分に任せてもらえれば、ちゃんとかわいい鼻にしてあげると言い、腰の傷はなるべく小さく、早く消えるように切るので、残りはするが、それでも、4、5年経てば赤い色も殆ど消えてきれいになると説明をした。また、自家組織を入れた場合は、数年経っても取り出すことが出来ないわけではないが、次第に血管や神経が入ってくるので、取り出すことが難しくなるが、Yはこのような点についての説明はしなかった。
そして、Yは時間がないとせき立てたので、Xは釈然としない気持ちのまま、手術に踏み切ることとした。
(*Yは全てを説明すればきりがないし、自分の手術方法について自信を持っているので、聞かれないことについては説明しない場合も多く、本件にあっても手術の難易および特殊性、手術に伴う痛みの程度、左腰背部に残る可能性のある傷の長さが10センチメートルに及ぶこと、手術の結果が気に入らない場合に復元手術をすることができるかどうか、体質によって傷の治りが悪いことがあること、傷口が開く可能性があること等について説明をしなかった。)
同日、Yは、局所麻酔のうえ、Xの背中にピオクタニンの液で鼻背部の大体の幅と長さを記載し、これを濡れた吸い取り紙で抑えて写したものを腰背部の左側へ写して医療用のレーザーで真皮(長さ約9センチメートル、幅約2センチメートル)を切りとり、このうち長さ3ミリメートル、幅1ミリメートルの真皮2つをXの鼻の段の上と下に移植挿入した。そして、Yは、左腰背部の真皮を取った跡を縫い合わせ、8日か9日で抜糸した。
なお、Yは必要な長さを遙かに超える真皮を取ったが、これは剥ぎ方が難しいので、仮に足りなければまた切開しなければならないことを慮って余分に切り取ったもので、Yは通常そのようなやり方をしていた。
Yは、Xの鼻の穴の内側を1ミリメートル程度切って真皮と軟骨の間を鼻骨のところまで剥離し、そこから鼻骨の骨膜の上の皮膚との間を剥離した間隙を通して真皮を入れた。このようにして鼻の段の上と下に真皮を入れてカットグート(動物の腸でできた糸)で上下とも留めた。
これには50ないし60分の時間を要した(以上、本件手術という)。
本件手術で真皮を取り出した結果、Xの左腰背部には幅2ミリメートル、長さ9~10センチメートルの傷痕が残った。
本件手術後、Xは、自分の鼻が前より大きくなっていると感じ、Y医院に対し、鼻の先に団子がぶら下がっているような感じがする等と訴えて再三電話し、挿入物を全部取り出して欲しいと要請した。
Yは、しばらく様子を見るように説得したが、Xが聞き入れなかったので、挿入物の一部を鼻根部の段が分からない程度に取り出した。
しかし、Xは、なお不満であり、福岡のT医師に挿入物をさらに取り出してくれるよう依頼し、その手術を受けた。
そこで、Xは、Yに対し、説明義務違反を理由に準委任契約に基づく債務不履行または不法行為に基づき損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
患者の請求額 : 360万円
(内訳:慰謝料300万+弁護士費用60万円)
(裁判所の認容額)
裁判所の認容額 : 45万円
(内訳:慰謝料40万円+弁護士費用5万円)
(裁判所の判断)
Yの説明義務違反の有無について
この点について、裁判所は、まず、一般に治療行為は患者の身体に対する侵襲行為であるところ、美容整形は、その医学的必要性・緊急性が他の医療行為に比して乏しく、また、その目的がより美しくありたいという患者の主観的願望を満足させるところにあるから、美容整形外科手術を行おうとする医師は、手術前に治療の方法・効果・副作用の有無等を説明し、患者の自己決定に必要かつ十分な判断材料を提供すべき義務があるというべきであると判示しました。
そして、実際に外科手術を行うについては、患者において右のように判断材料を十分に検討・吟味したうえで手術を受けるかどうかの判断をさせるように慎重に対処すべきであって、それは場合によっては説明と手術を日を変えて行うという位の慎重さが要求されて然るべきであると判示しました。
裁判所は、殊に、本件においては、Xの希望は鼻の段を取りたいというやや特殊なものであり、しかもXは、当初は段になっている部分の骨を削って段を除去したいという具体的な希望を表明したものであり、これに対してYは骨を削るという方法を勧めずに鼻根骨の上下に真皮を挿入するという方法を提案したものであるが、真皮を挿入するという方法自体、他の医師は余りやっていない特殊なやり方であり、しかも程度はどうであれ左腰背部に傷痕を残すことになるのであるから、特にその点については詳しく説明をするべきであったと判断しました。
また、鼻の段をとりたいが、鼻を高くしたり大きくしたりすることは困るというXの希望が表明されているのであるから、この点についてもYがしようとしている手術がどのようなもので、これによってXの希望が満たされるかどうかの点について十分に説明をし、しかるのちにXが手術をするかどうか、するとしてどのような方法を選択するか等の決定をさせるべきであったと判示しました。
裁判所は、しかるに、Yは、とるべき真皮の大きさについても述べず、傷痕についてはなるべく小さく切るから残りはするが、4、5年も経てばきれいになると述べ、また手術の効果についても明確・具体的には示さず、「可愛くしてあげる」等の極めて主観的な表現で示したものであるから、説明は不十分、不正確であり、義務を尽くしたとは認めがたいと判断しました。
裁判所は、そうすると、Yは過失により上記説明義務を怠ったものというべきである(Xは、この外にも手術に要する費用が誤りであったと主張するが、電話で一般論として問い合わせた場合と、手術の具体的な内容が決まった後の費用とは異なることはあり得ることであるから、この点をもって説明義務に反するものということはできない。)と認定しました。
裁判所は、そして、手術の決定についてのYの説明義務違反が認められる以上、Yのなした手術につき、不法行為が成立すると判断し、裁判所認容額の賠償をYに命じました。
その後、判決は確定しました。