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No.303「手術を受けた患者の体内に医療用縫合針が遺残され残存し続けていることにつき、病院側の責任を認め、700万円の慰謝料を含む損害賠償を命じた地裁判決」

さいたま地方裁判所平成26年4月24日判決 判例時報2230号62頁

(争点)

  1. 本件針の今後の移動可能性および体内に遺残していることの影響について
  2. (争点1を前提とした)損害額について

(事案)

平成22年9月29日頃、X(昭和45年生まれの女性)は突発性難聴となり近医を受診したが体調悪化が続き、同年11月22日朝、意識朦朧となりY財団法人が開設・運営し、心臓血管外科、糖尿病内科等を標榜する病院(以下、Y病院という。)に救急搬送された。Xは、Y病院において肺炎と診断され、糖尿病の持病があったことから糖尿病内科に入院した。

同年11月24日、Xは心室中隔欠損症及び感染性心内膜炎と診断され、Y病院のT医師を執刀医として同月27日には三尖弁形成術、心室中隔欠損孔閉鎖等の手術(以下、本件手術1という。)が行われた。

本件手術1中に使用した針の数があわなくなり、同日のうちに針の探索・除去のために再度体外循環下に心臓(右心房)が切開され、本件針の摘出が試みられた(以下、本件手術2という)が、血液が多量に噴出したこと等から本件針の発見には至らず、T医師はそれ以上の体外循環の継続は出血傾向の問題などもあり無理と考えて、本件針の摘出が得られないまま本件手術2を終了した。

本件針は、右心房から下大静脈へ移動し、さらに同年12月8日までには、肝静脈に入り込み、より深い位置へと移動した。これを受けてT医師は、本件針を外科的に摘出することは困難であるが、本件針が体内に遺残していることによる悪影響はほとんどないと判断した。

平成23年1月11日及び同年2月25日に撮影したCT検査画像における本件針の位置は、平成22年12月8日に撮影したCT画像における本件針の位置と同じであった。

Xは平成23年3月11日、東日本大震災の影響によって、Y病院からYが設置・運営するH病院に移動したが、同月27日に同病院を退院した。

平成23年6月15日、XはY病院を受診し、CT検査を受けたところ、当該CT画像における本件針の位置は平成22年12月8日に撮影したCT画像における本件針の位置と同じであることが判明し、T医師は、本件針が体内に遺残していることが出血や感染の原因となることはほぼないものと診断した。

平成25年4月8日、Xは、国立S病院の消化器外科を受診してM医師の診察を受け、同年5月13日に血管造影剤を注入した上でCT検査を受けた。M医師は、本件針は従前と移動していない旨等をXに説明した。

本件針は、医療用縫合針(ポリプロピレン製の糸にステンレス鋼(ニッケル、クロムを含む)製の細い針が接合された医療用品。)であり、針は円弧を描いており、全長は約1cmである。

Xは、Y財団法人に対し、診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、本件針の遺残によってXに生じた損害の賠償を求めた。

(損害賠償請求)

患者の請求額 : 合計4200万円
(内訳:既発生の財産的損害(本件針の身体への影響を調査するため、他院を受診し支出した金額)18万8710円+将来発生する損害(経過観察を受けるための費用)666万5820円+慰謝料3360万円+弁護士費用420万円の合計額の内金)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計802万2811円
(内訳: 既発生の財産的損害11万5070円+将来発生する損害17万7741円+慰謝料700万円+弁護士費用73万円)

(裁判所の判断)

1.本件針の今後の移動可能性および体内に遺残していることの影響について

裁判所は、まず、Y病院に勤務する外科医師、Yの協力医であるU医師(D大学心臓血管外科教授)及びXを平成25年5月13日に診察した国立S病院のM医師の3名の医師の意見を紹介しました。

その上で、本件針本体の材質がステンレスを中心とした合金であり、冠動脈ステントと同種の材質であることから、冠動脈ステントを体内に留置した場合と同様の生体反応を生じると考えられ、冠動脈ステントを体内に留置した場合、ステント周辺部に出現した新生内膜によって、留置後2、3ヶ月が経過するとステント全体が覆われ、ステントが血液と直接接触しなくなるという医学的知見による経過の予想は実際の経過によっても裏付けられているので、本件針は血管内壁に取り込まれて動かない状態となっており、今後本件針が移動する可能性は極めて低いと認定しました。

次に本件針が体内に遺残していることの影響について、本件針は、肋骨と胸部の筋肉・脂肪、肝臓の臓器に守られた、いわば身体中の血管の中でも最も安全な部類の場所に安置されているのであって、医学的にXに行動制限を及ぼすものではないと認定しました。

さらに、本件針の材質はステントのように体内に留置されることもある物質であること、手術のために滅菌消毒されていたと思われること、現在までXには本件針による感染等が生じていないことからすれば、本件針が体内に遺残されることによって今後周辺組織の細菌感染等が生じるおそれは極めて低いと言えると判示しました。

また、これらの検討から、本件針を体内に遺残させたまま生活しても特に問題はないため、本件針を摘出する手術を行う必要は認められないと判断しました。

2.(争点1を前提とした)損害額

裁判所は、本件針の遺残は、手術時に患者の体内に異物が遺残されることがないように注意するという医師の基本的な注意義務に違反した行為であり、いかに本件手術1が救命可能性の低い困難な手術であったといえども、本件針の遺残という過失の程度は決して軽いとは言えないと判示しました。

そして、上記認定したとおり、医学的には本件針が移動する可能性が著しく低く、摘出の必要性もないとわかっていても、通常一般人の感覚からして、自己の肝臓の中に針という鋭利な金属製の物質が遺残され存在し続けていることの恐怖感は大きいものと認められ、XがT医師から本件針の遺残を初めて知らされた時に受けた精神的衝撃は大きかったものと推認しました。さらに、Xが本件針の遺残によって、通常の日常生活を営むことが難しくなり、2度の自殺未遂をするなど精神的に追い詰められ、自己の状態を診断してもらうため複数の医療機関を受診したが、針の肝臓内への遺残という事象に照らして、こうしたXの抱いた恐怖心が同人の特殊な性格に起因するものであって過剰であるとの批判は当たらないものと考えると判示しました。

また、Xのように体内に針が遺残した先例が見当たらない以上、本件針の存在によって将来どのような不利益が生じるか不明であるというXの不安感は至極もっともであり、その意味においてXが本件針を摘出したいと思う心情も理解できるところであり、肝臓を40%切除しないと本件針が摘出できないと認められることからも精神的苦痛が生じていると認定しました。

従って、医学的には本件針が移動せず、身体に与える影響や生活制限がないと言っても、YはXに生じたこうした精神的苦痛を慰藉するに足りる相応の賠償金を支払うべきであると判断しました。

そして、裁判所は、上記裁判所認容額の限度において、Xの請求を認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年1月10日
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