平成15年2月17日 金沢地方裁判所判決
(争点)
- 患者が本件クリニカルトライアルに症例登録され、その実施要領(プロトコール)に基づく化学療法を受けたか
- 患者を本件クリニカルトライアルに症例登録することにつき、被告病院の医師には、これを説明して同意を得る義務があったか
- 慰謝料金額
(事案)
平成9年12月に子宮頚部断端癌の開腹手術を受け、卵巣癌も発見された患者に対し、平成10年1月、被告病院の医師はシスプラチン製剤による化学療法(CP療法)を行うことを説明し、患者は同意した。その後CP療法による化学療法が開始されたが、腎機能障害が認められたことなどから、CP療法は1サイクルで中止され、代わってタキソール療法が実施された。しかしその後も腫瘍に増大傾向がみられたため、被告病院の医師らは放射線治療への変更を予定したが、同治療の開始前に患者が自己の希望で退院し、その後患者は他の病院に入通院して治療を受け、同年12月に死亡した。
患者に実施されたCP療法は、CAP療法との比較調査(クリニカルトライアル)であり、患者への説明と患者の同意を得ることなく当該クリニカルトライアルの被験者とされ、治療方法に関する患者の自己決定権が侵害(不法行為及び診療契約の債務不履行)されて精神的苦痛を被ったとして、患者の遺族が損害賠償を請求した事案。
(損害賠償請求)
遺族(夫及び子供3人)合計1080万円(うち慰謝料900万)
(判決による請求認容額)
遺族合計165万円(うち慰謝料150万+弁護士費用15万)
(裁判所の判断)
争点1(本件クリニカルトライアルへの症例登録等)について
患者について症例登録票が作成され、登録事務局によって選択条件を満たしていることが確認され、症例番号が付され、コンピュータ管理されていた登録症例一覧表にデータ入力されたことによって、患者は本件クリニカルトライアルの対象症例として登録され、本件プロトコールに従ったCP療法を第1サイクル目までは受けていたと認定。
争点2(クリニカルトライアルについての同意を得る義務)について
原告と被告との間では、本件クリニカルトライアルが「比較臨床試験」に該当するかどうかについても争いがあったが、判決は、医師が患者を試験ないし調査の対象症例とすることについて、患者に対するインフォームドコンセントが必要かどうかは、「比較臨床試験」に該当するかどうかによって決まるものではなく、試験ないし調査のプロトコールの内容、実際の治療内容等とインフォームドコンセントの趣旨とによって判断されるとした。
そうであれば、医師が治療方法の具体的内容を決定するについて本来の目的以外に他の目的(他事目的)を有していて、この他事目的が治療方法の具体的内容の決定に影響を与え得る場合には、その他事目的について患者に説明し、その同意を得る必要があると判示した。
そして、本件クリニカルトライアルに登録されると、CAP療法とCP療法との選択は無作為に割り付けられ、薬剤の投与量・スケジュールもプロトコールどおりに実施されることなどに照らせば、医師がプロトコールに従うのは患者のために最前を尽くすという本来の目的以外に、本件クリニカルトライアルを成功させ、卵巣癌の治療方法の確立に寄与するという他事目的が考慮されていることになる。そうすると、被告病院の医師には、本件クリニカルトライアルの対象症例にすることについて患者に説明し、その同意を得る義務があったと認定。医師が本件プロトコールにこだわらず、患者にとって最前の治療方法を選択したと認め得る事情もないとして、患者の自己決定権の侵害行為(不法行為及び診療契約の債務不履行に該当)を認定。
争点3(慰謝料金額)について
本件クリニカルトライアルの目的が北陸地域において高用量化学療法を定着させることにあったと認められること、患者に投与されたシスプラチンが高用量であったこと、それによる副作用の程度が激しくなった可能性が否定できないこと、患者が、医師は患者のために最善の治療をしてくれていると信じて苦しい治療に耐えてきたのに、本件クリニカルトライアルに登録されていたことを知り、自分に対する治療が一種の実験だったと理解し、激しい憤りを感じたことを総合勘案して、慰謝料として150万円が相当と認定し、被告に賠償をもとめうる原告側の弁護士費用として15万円を相当と認定した。