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No.297「悪性腫瘍で大学病院に入院中の3歳5か月の患者がベッドから転落し頭部を打ち、頭蓋内出血を引き起こし、4ヶ月後に死亡。看護師によるベッドの安全柵の確認が不十分であったとして、担当看護師と学校法人に損害賠償を命じた地裁判決」

宇都宮地方裁判所 平成6年9月28日判決 判例時報1536号93頁

(争点)

  1. 看護師Y1の過失
  2. 本件事故と患者Aの死亡との因果関係

 

(事案)

患者A(事故当時3歳5か月の男児)は、昭和63年4月5日、上腹部悪性腫瘍(神経芽細胞腫)で学校法人Y大学が開設するY病院に入院した。Aは、4月7日に頭部CT検査(骨及び脳に腫瘍を窺わせる所見はない)、同月9日に腹部CT検査等の諸検査や化学療法を受けた後、7月5日に右副腎神経芽細胞腫摘出手術を受け、その後、入退院を繰り返しながら抗癌剤投与等の化学療法を受けていた。

Aは、平成元年10月17日、右副腎付近の下大静脈周囲に残存している可能性があった神経芽細胞腫切除手術を受けたところ、その段階では既に開腹部に神経芽細胞腫は認められず、また、X線検査などの諸検査によっても他の臓器への転移は確認されていなかった。

Aの担当看護師Y1(学校法人Y大学がY病院の看護師として雇用)は、平成元年10月25日午後1時25分ころ、Y病院小児科病室317号室のAのベッド(以下、本件ベッド)上で入院中のAにせがまれ、本を読んでいたが、316号室の患者の処置を手伝うために本件ベッドの転落防止用安全柵(以下、本件安全柵)を中段まで引き上げたうえ、317号室を出て316号室へ向かった。

その後まもなく、本件安全柵が落下し、Aがピータイルの床上で泣いているのが発見された(以下、本件事故)。

Y病院のM医師が本件事故直後にAを診察した際、Aには腫脹や皮膚損傷などの外傷は認められず、また、頭部X線撮影によっても頭部骨折は認められなかった。

しかし、Aは撮影途中で嘔吐し、撮影終了後帰室したころから容体が悪化して、顔面蒼白となり、次第に意識レベルが低下して呼吸が浅表性となった。

そこで、Y病院は、Aに酸素投与を始め、静脈路を確保したうえ、CTスキャンによる頭部撮影を実施した結果、Aには脳内出血、急性硬脳膜下出血、くも膜下出血が認められ、全身状態不良のため、午後2時45分、AをICU(集中治療室)に収容し、気管内挿管を行い、レスピレーターによって呼吸を確保してラボナール療法を開始した。また、午後4時35分から硬脳膜下血腫及び脳内血腫除去手術を実施し、血腫除去手術は午後6時45分に終了した。

しかし、Aは、その後意識を回復せず、容態の改善のないまま、平成2年2月5日午後4時35分に死亡した。

Aが死亡したのは脳血腫が生じたことに伴い、脳浮腫が発生し、それが脳組織を圧迫し、その結果、脳組織全般が破壊され、脳死状態となり、内臓全体に異常を来たし(特に腎不全状態に陥り)、それが心不全に進行したためである。

そこで、Aの母であるX(Aの損害賠償請求権を単独相続した)は、Aの死亡は看護師Y1の注意義務違反によるものであるとして、Y1及びY1の使用者である学校法人Y大学に対して、上記患者遺族の請求額について損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(母)の請求額 : 合計6258万4841円
(内訳:患者の逸失利益4158万4841円+患者の慰謝料1000万円+父母の慰謝料1000万円+葬儀費用100万円)

 

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計550万円
(内訳:患者の逸失利益0円+患者の慰謝料400万円+母の慰謝料100万円+葬儀費用50万円)

 

(裁判所の認容額)

1.看護師Y1の過失

この点について、裁判所は、Aが本件事故の数日前に地下から3階の病室まで階段で昇る程の回復を見せていたこと、本件ベッドは、金属製柵で周囲を囲まれた横1.01m、縦2.01m、床からマットレスまでの高さが0.6m、マットレス上部までの高さが0.7m、柵上端までの高さが1.31mあり、側面両側に中段、上段の2段階にセットできる構造の転落防止用の安全策が設定されていたこと、安全柵を上段にセットした場合にはマットレス上部から柵上端までの高さが71cm(Aの身長が約1.02mであるから同人の肩付近の高さ)、同じく中段にセットした場合には27.5cm(Aの腰付近の高さ)あったことを認定しました。

そして、裁判所は、これらの事実とAが本件事故当時3歳5か月の幼児であったことによれば、看護師Y1は、Aのベッドから離れるに際して、安全柵を上段にセットし、かつ、それが完全にセットされたことを確認すべき注意義務を負っていたと判示しました。

また、裁判所は、看護師Y1が「安全柵上部のスライドガイドを両手で持ち上げて中段にセットした後、両手を下方に若干力を加えながら前後に数回柵を振って確認した」旨述べていることに対し、安全柵のバネが弱ってストッパーが掛かりにくい例が何回かあったため、Y病院の看護師が安全柵をセットする際にはストッパーが確実に掛かっていることを十分に確認するよう再三指導を受けていたことなどを踏まえて、安全柵が完全にセットされたことを確認すべき方法としては、本件安全柵のストッパーロッドがストッパーロッド受に完全に掛かったことを十分に確認することが必要であり、看護師Y1が述べた方法では未だ確認方法としては不十分なものであったと判断して、Y1の過失を認めました。

2.本件事故と患者Aの死亡との因果関係

この点について、裁判所は、Aの死因は、本件事故の際、本件ベッドから転落し、右前頭部を病室床面に打ち付けた衝撃によって硬脳膜下出血及び神経芽細胞腫の転移巣内部の腫瘍内出血が同時に発生したことに起因する脳死に基づく循環不全であったと認定しました。

なお、Y病院側は、脳死の主因は腫瘍内出血であり、腫瘍が存在しなければAは死亡しなかった旨述べ、本件事故は単なる契機に止まり、Aの死亡との間には因果関係がないと主張していました。

これに対し、裁判所は、本件事故に至るまでAは2回目の開腹手術後も食欲が旺盛であるなど経過も良好で、本件事故直後から硬脳膜下出血及び神経芽細胞腫の重篤な症状が発現したと認定し、たとえAに神経芽細胞腫の脳内転移があったとしても、本件事故による頭部打撃が引き金とならなければAに対し重篤な症状をもたらすことはなかったことは明らかであり、Aの症状及び死亡は本件事故を直接の原因として発現したと認定したうえで、本件においては、本件事故に基づく頭部打撲と脳実質内に神経芽細胞腫が転移していたことが併存競合したことによりAが死亡したものと認めることが相当であり、単にそのいずれか一方のみが死亡の原因であるとはいえないと判示しました。

そのうえで、裁判所は、本件事故による頭部打撲がAの脳実質内出血とこれに基づく長期入院及び死亡に対し、その直接の原因をなしており、両者の間には相当因果関係があると判断しました。

以上から、裁判所は、学校法人Y大学及びY1に対して、連帯して上記裁判所の認容額を支払うよう命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年10月10日
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