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No.295「大学病院の医師の末期肺がん患者に対する、CVカテーテルの挿入及び留置に関する注意義務違反を認めたが、患者が胸背部痛に苦しんでいた事実あるいは医師の過失と患者に生じた結果との間の因果関係が認められないとして、請求を棄却した地裁判決」

東京地方裁判所 平成22年9月27日判決 判例タイムズ1377号151頁

(争点)

  1. CVカテーテルの挿入、留置に係る過失の有無
  2. 1の過失と結果(Aの胸背部痛)の発生の有無

 

(事案)

A(昭和22年生・女性・身長約152㎝)は、平成18年1月16日以降、末期の肺がんの治療のため、学校法人であるY大学の開設する病院(以下、Y病院という。)に入退院を繰り返していたところ、平成19年10月6日、がん性脳髄膜炎の悪化に伴い全身状態が不良となり、Y病院に緊急入院した。

10月13日午前9時30分ころから、同10時ころにかけて、輸液ルート確保を主目的としてCV(中心静脈)カテーテルが挿入された。挿入手技を行ったのはCV指導医認定医師(臨床経験5年以上の医師で、原則CVライン挿入経験100例以上の者で、所属科長が推薦し、CVライン管理部会が審査、認定し、病院長が任命した者。)であるZ医師と研修医のO医師であった。

まず、CVカテーテルをAの大腿静脈から35㎝挿入した後、O医師が、マニュアルに従い、更に50㎝の位置まで進めて固定、留置した。本件で用いられたCVカテーテルは、ガイドワイヤーを使わずに挿入するものであり、カテーテルの太さが約1.5mm程度のもので、太い輪ゴム程度の硬さのものであった。

なお、Y病院の安全管理室CVライン安全部会の作成した「中心静脈ライン挿入に関するガイドライン」(以下、本件マニュアルという)には、大腿静脈からの挿入方法に関して、「カテーテルは40~50cmで下大静脈に達する。」と記載されている。

同日、午前10時24分ころ、カテーテルの先端の位置を確認するために胸部X線撮影(1回目のX線写真)が行われ、これによると、大腿静脈から挿入されたCVカテーテルの先端は、下大静脈を超えて右心房を通過し、上大静脈に達していた。O医師は、1回目のX線写真を確認した上で、カルテに「やや深めだがO.K」と記載した。

Y3医師(Y大学外科学第1講座准教授、Y病院呼吸器外科・甲状腺外科准教授)は、Z医師と共に1回目のX線写真を見たところ、CVカテーテルが深く入り過ぎていることから、Z医師に対し、数cm戻した方がいいのではないかとアドバイスしたが、その後、Z医師及びO医師は結局CVカテーテルを引き戻さなかった。

同日午後3時12分ころ、カテーテルの先端位置の異常や合併症の有無を確認するために、Aに対して、2回目の胸部X線撮影が行われた。撮影後、レントゲン技師が、CVカテーテルの先端がレントゲンに写っていなかったので改めて撮影させて欲しいと言い、2度目のX線写真を撮影した。

看護師は、O医師に対して、上記写真の確認をするように電話をしたが、O医師は当直医として救急外来で処置を行っていたことから、この時点では、自ら写真を確認しなかった。

同日、午後6時20分ころ、Aの夫であるX(Y大学出身の医師)およびAの長男であるI(Y大学出身の一般外科及び消化器外科を専門とする医師)は、ナースステーションに赴き、看護師から、CVカテーテル挿入後の写真を見せてもらったところ、CVカテーテルの先端が深く入り過ぎており、この状態で何時間も放置しておくのは問題であるなどとして、看護師に対し、担当医か当直医を呼ぶように依頼した。そこで、看護師はO医師に連絡した。

同日、午後7時ころになっても病室に医師が現れなかったため、Iが、看護師に対し、病院管理当直医師に連絡するように伝えたので、看護師は、Y3医師に連絡をとり、経緯を説明した。

同日午後7時20分ころ、Y3医師は、Aの病室を訪れ、XおよびIに対して、1回目のX線写真でCVカテーテルが深く入っていることを確認し、数cm抜くように指示を出したが出来ていなかった、2回目のX線写真は自身で確認しておらず任せきっていた、確認が足りなかったなどと述べた。

同日午後7時40分ころ、O医師により、CVカテーテルが約15cm引き戻されて再固定された。

Aは平成19年11月1日に死亡した。

遺産分割協議によりAの損害賠償請求権を単独で相続したXは、①CVカテーテルが下大静脈を超えて右心房を通過し、上大静脈にまで達していた②これによって胸背部痛に苦しむ患者を同病院の医師らは10時間にわたり放置し続けたなどとして、Y法人、Y1医師(Y病院の病院長)、Y2医師、及びY3医師を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(夫)請求額 : 1500万円
(内訳:患者の慰謝料1000万円+夫の慰謝料500万円)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額:0円

 

(裁判所の判断)

1.(CVカテーテルの挿入、留置に係る過失の有無)について

この点について、まず、裁判所は、Aの診療を直接担当したZ医師及びO医師には、AにCVカテーテルを挿入するに当たり、大腿静脈からの挿入であったこと、輸液目的の挿入であったこと、Aの身長がおよそ152cmであったことなどを勘案の上、カテーテル先端を下大静脈内にとどめて右心房に侵入させないことを当然の前提として、上記挿入目的に照らして適切な部位に留置できるようカテーテルを挿入するとともに、挿入後には直ちに胸部X線写真を撮影してカテーテル先端の位置確認を行い、カテーテル先端が右心房まで挿入、留置されていることが判明したときは、速やかにカテーテルを引き戻してこのような状態を解消すべき注意義務を負っていたものというべきであると判示しました。

なお、裁判所は、本件マニュアルを含む、証拠として提出されているマニュアルにはCVカテーテルの挿入の長さについて、およそ40cmから50cmを標準とすると記載されているものの、この数値はあくまで目安にすぎず、カテーテルの挿入目的、穿刺部位や穿刺角度、患者の体型、血管走行などに応じて、適切と思われる部位に留置できるよう考慮しながら挿入を行い、問題があれば事後的に修正すべきであるという医学的知見があったものと認定しました。

その上で、裁判所は、CVカテーテルの挿入手技の適否について、Z医師及びO医師は、Aの身長がおよそ152cmであり、成人としては小柄であることや、輸液目的のカテーテル挿入であり、深くまで挿入する必要がないことなどを特に考慮せず、漫然と本件マニュアルの記載に従い、約50cmの長さまでCVカテーテルを挿入したと認定しました。

そして、裁判所は、その結果、カテーテルは、Aの大腿静脈から下大静脈を超え、右心房を通過して上大静脈に達する位置まで挿入され、ここに留置されたと判示しました。

裁判所は、以上のような挿入手技は、当初から完全に適切な位置にカテーテルを挿入することが困難であり、事後的な確認・修正が避け難いものであることを考慮しても、なお標準的な方法から大きく逸脱しており、医師に必要とされる注意を欠いた不適切なものであったといわざるを得ないと判示し、Z医師及びO医師には、上記挿入手技について、前記注意義務に違反する過失があったと認めるのが相当であるとしました。

さらに、CVカテーテル挿入後の対応について、裁判所は、カテーテルの先端を上大静脈に留置させるためには、一度はこれを右心室房内に挿入する必要があるのであり、その際には必然的に重篤な不整脈が誘発される危険性が生じることになる。このような危険が現実のものとなる可能性は高くはないと考えられるが、患者の身体に重大な結果が生じるおそれがあるのであるから、医師としては、このような危険を冒すことを可能な限り避けるべきであると判示しました。

また、例えば、カテーテルが右心房を貫通している状態が継続している間に、Aの体位が変わったり、カテーテルに外部的な力が加わるなどして、カテーテルの先端が右心房内に戻ったり、右心房に近づいたりすることがないとはいえないから、カテーテルが右心房を貫通して上大静脈に達している状態が続くことそれ自体によって、不整脈が生じるおそれがないとは言い難いので、医師としては、できる限り早期に上記のような状態を改善すべきであると判示しました。

裁判所は、このような観点からみれば、Aの体格やカテーテルの挿入目的を考慮せず、漫然と本件マニュアルの記載に従ってCVカテーテルを挿入し、その必要がないのに右心房内を通過させ、その後も引き戻しをしないままにしたZ医師及びO医師の措置は、医師として必要な注意を欠いていたと言わざるを得ないと判断しました。

他方で、被告ら固有の過失については、Y1医師、Y2医師及びY法人について、本件マニュアルを訂正させる義務を怠り、挿入ミスを招いた過失及び担当医らの指導、監督を怠った過失をいずれも否定しました。裁判所は、さらに、Y3医師について、CVカテーテル挿入の確認義務や2回目のX線写真の確認義務はないとして、それらの過失を否定しました。

2.(1の過失と結果(Aの胸背部痛)の発生の有無)について

この点につき、Xは、CVカテーテルが誤った位置に留置された結果、Aは、長時間にわたって激しい胸背部痛に苦しむ結果になったと主張し、Xは、Aに付き添ってその様子を観察していたところAに胸背部通に苦しんでいる様子がうかがわれた旨の供述をし、陳述書にも同旨の記載がありました。

裁判所は、しかしながら、CVカテーテルが右心房内にとどまっている場合とこれを貫通して上大静脈にまで達している場合とを比較すると、後者において不整脈が生じる可能性は前者よりも相当程度低いと考えられると判示し、また、看護記録(叙述式経過記録)の10月13日の欄には、Aが胸背部痛を訴えているような記載は全く見当たらないし、Xから不整脈が出ているのではないかとの疑問が呈せられたような記述もないことを指摘しました。裁判所は、また、当日の日勤帯にナースステーションで勤務していた看護師のFも、Aについて、CVカテーテルが挿入されてから、心電図モニター(ナースステーションに設置され、アラーム設定は初期設定で、異常時には自動的に心電図波形が印刷されるようになっていたもの)のアラームが鳴ったことはなく、心房細動などの異常な心電図波形が出ていたこともなかったし、自らがAの様子を見に行った際に、Aから胸背部痛の訴えはなかった旨陳述又は証言していることも指摘しました。

裁判所は、さらに、Aは、10月6日、肺がんが既に進行し脳にも転移しており、がん性脳髄膜炎の悪化に伴い全身状態が不良となってY病院に緊急入院したものであり、CVカテーテルが挿入される前の10月12日や当日前7時ころ、CVカテーテルが引き戻された後の10月16日や10月21日にも、顔をしかめる様子をしたり、手足をもぞもぞ動かしたりしていた事実が認められると判示しました。裁判所は、このことからすると、CVカテーテルが挿入された当時、Aには、がん性脳髄膜炎等による痛みが生じていた(頭痛については、現に、Aはこれを訴えていた。)ものと認めることができるとしました。

以上によれば、前記Xの陳述及び供述によっても、Aに不整脈や胸背部痛が生じた事実を認めるに足りないし、他に、上記事実を認めるに足りるような証拠はないと判示しました。また、仮に、Aが胸背部痛を訴えているような様子が見られたとしても、これが上大静脈まで達していたCVカテーテルの挿入、留置に起因したものであるとの事実を認めることはできないと判示しました。

裁判所は、そうすると、前記のとおり、Z医師及びO医師によるCVカテーテルの挿入及び留置に係る過失が認められるとしても、Xが主張する結果が発生した事実あるいは上記過失とその結果との間の相当因果関係の存在を認めることはできないと判断しました。

以上より、裁判所は、Xの請求を棄却しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年9月10日
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