医療判決紹介:最新記事

No.294「PTCAを受けた患者が失血性ショックにより死亡。右腎周囲腔の浸出液を尿漏れと断定して、血管損傷を原因とする腎周囲出血を見落とした過失を認めて病院側に遺族に対する損害賠償を命じた地裁判決」

松江地方裁判所 平成14年9月4日判決 判例タイムズ1129号239頁

(争点)

  1. ガイドワイヤーによって腎実質を損傷させた過失の有無
  2. 腎周囲出血を見落とした過失の有無
  3. 死亡との因果関係の有無

 

(事案)

患者A(死亡当時62歳の女性)はY病院(Y医療法人の開設する病院)の内科において糖尿病の治療を受けていたが、平成9年3月頃、内科の医師から、心電図、心エコー等の検査の結果、狭心症の変化が強く現れ、糖尿病の合併症として血管障害が起きている可能性が強いと指摘されて循環器科での受診を勧められ、同年4月8日、循環器科のO医師の診察を受けた。

Aは当時、胸部痛の自覚症状がなかったものの、O医師から冠動脈硬化症に罹患している可能性が高い旨を説明され、近いうちに入院して心カテーテル検査(血管内にカテーテルを挿入し、造影剤による冠動脈の像を得ること等を目的とする検査)等の精密検査を受けるように勧められて、4月21日にY病院に入院した。

22日に実施した心カテーテル検査の結果、Aの右冠動脈には8ないし12mmにわたる完全閉鎖が、左冠動脈には前下行枝、回旋枝のいずれの枝にも動脈硬化性の強い高度の狭窄が、更に左冠動脈から右冠動脈閉塞部の先端部に側副血行路がそれぞれ認められた。また、Aは無症状のうちに心臓の下壁に心筋梗塞を起こしていたことが判明した。

O医師は、上司であるH医師とも協議の上、Aに対して右冠動脈、左冠動脈の順にPTCA(経皮的冠動脈形成術。大腿動脈、上腕動脈の血管から針金状のガイドワイヤー、ガイドカテーテルを挿入してこれらを心臓部に到達させた後、ガイドワイヤーを病変部に通過させ、更にガイドカテーテルの中のバルーンワイヤーを病変部に通過させ、このバルーンにより冠動脈の動脈硬化性狭窄を拡張する術式)を試みた上で、PTCAが不成功に終わった場合は冠動脈バイパス術(大伏在静脈や内胸動脈等を用いて冠動脈狭窄部にバイパスを造る外科的血行再建術。以下単に「バイパス術」という。)を行うことした。

4月23日午後3時ころ、H医師を執刀医、O医師らを助手として、Aに対してPTCAが施術された。H医師は、Aに、ヘパリン(血液凝固抑制剤)、ニトロール、ポタコールRを静脈注射後、右鼠蹊部からガイドワイヤーを動脈に挿入してこれを心臓部にまで到達させ、ガイディングカテーテル(ブライトチップ)をガイドワイヤーに沿わせて右冠動脈に到着させた。

次に、H医師は、当初用いたガイドワイヤーを抜いて、冠動脈にガイディングカテーテルを密着させた後、右鼠蹊部からガイディングカテーテル内に閉塞部を通過させるためのガイドワイヤー(チョイスフロッピー)を伝わせ、右冠動脈閉塞部の通過を試みたが、通過不能だった。そこで、H医師らは、ガイドワイヤーをチョイスフロッピーから別のガイドワイヤー(アスリートソフト)に入れ換えて、再度閉塞部の通過を試みたが、血管解離(dissection、ガイドワイヤーが血管の膜の間に入って真の腔に進まない状態)に至ったため治療困難と判定し、午後3時33分頃、PTCA施術を中止した。

O医師らは、Aを止血室に移動して右鼠蹊部に残ったシースを除去し、指圧迫により止血を行ったが、Aはそのころ突然右腰背部の激しい痛みを訴えた。   

O医師は、AがPTCA施術中から痛みを感じていたのではないかと推測し、内出血、皮下大腿血管周囲の皮下血腫を疑って、右鼠蹊部の止血部を中心に視診で内出血の有無を確認したが、内出血を確認することができなかった。

O医師らは、体内における内出血を確認するため、同日午後3時58分ころ、腰部から腹部にかけてCT検査を行ったところ、せん刺部周囲の皮下血腫、内出血は認められなかったものの、右腎周囲腔にCT値70ないし80のやや密度(density)の高い液(fluid)が認められた。更に、C医師らは、午後4時49分ころ、腹部エコー検査を実施し、腎臓の周囲に少量の滲出液(effusion)を認めた。

O医師は、上記CT検査、腹部エコー検査の結果をもとに、放射線科の医師、泌尿器科の医師、消化器内科の医師と協議し、右腎周囲腔の液のCT値(70ないし80)が尿に造影剤が混入したものであるとすれば説明がつくことや、泌尿科医の医師から右腎孟が破裂しているとの指摘が出されたことから、腎周囲腔に見られた液は尿の排水障害により腎臓から漏れ出た尿であると特定し、腰背部痛の原因を尿漏れによるものと診断した。

そこで、O医師は、尿の通過障害を改善させるために、Aの尿路にカテーテルを挿入し、合わせて鎮痛剤(ソセゴン・ボルタレン)、造影剤によるおう気止めの薬剤(プリンペラン)等を投与しながら経過観察を続けることにした。また、その際、消化器内科の医師から、尿漏れの場合は肝機能に異常を来すことがあるから念のために血液検査を行うよう勧められ、翌朝、血液検査を行うよう指示した。

Aは、翌24日午前にも右腰背部の疼痛とおう気、食欲不振を訴えていたが、O医師が午前8時ころ往診した際には、腰背部痛が半分位に軽減したと申し向けた。

なお、Aに対しては、午前7時ころ、O医師の前日の指示に基づき血液検査が実施され、その結果、ヘモグロビン値が前日の10.2から7.9に、ヘマトクリット値が30.7から23.3に減少しており、明らかに貧血が疑われる所見であったが、O医師は血液検査の結果が病棟にファクシミリ送信された後も、結果内容を確認しなかった。

Aは、夫X1らが同月24日午後2時ころ訪れた時点でも会話が可能な状態であったが、午後3時44分ころ突然容態が悪化し、O医師が駆けつけた時点では、既に血圧触知不良であり、自発呼吸もほとんどみられない状態となっていた。

O医師らは、直ちに心臓マッサージを行いながら、AをICUに搬入して気管内挿管、強心剤(カテコラミン)投与等の救命措置を試みたが、心臓は反応せず、瞳孔が拡大し、対光反射もなく経過したため、C医師は午後5時にAの死亡を告知した(なお、ICU搬送時にAに対して実施された血液検査の結果、ヘモグロビン値6.3、ヘマトクリット値19.4であった)。

病理解剖の結果、腎門部から腎実質に連なる動脈・静脈枝には破たん部はなかったが、右腎臓の腎周囲全体に腎臓を包み込む形で410gもの著明な血腫がみられ、出血が腸管膜根部から横隔膜腹腔面、右側大腰筋部、腹腔内にも及び、部分的には右腎実質内に連続性に波及し、皮質部に小斑状の出血巣として、左腎臓においても下極の皮質部に小出血斑として存在していることが確認された。他方、尿漏れを裏付ける腎孟粘膜の異常や腎孟拡張・破裂は確認できなかったため、4月23日のCT検査、腹部エコー検査の際に右腎周囲腔にみられた液は尿漏れによる尿ではなく血液であることが判明した。

さらに、心臓には心カテーテル検査により確認された心筋梗塞症(陳旧性心筋梗塞症)の他に、新たに急性心筋梗塞症が認められた。

そこで、Aの遺族である夫X1、子X2及び子X3は、Y法人に対して、損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族3名(夫と子2人)の請求額 : 合計4800万円
(内訳:患者の逸失利益1600万円+遺族3名の慰謝料2400万円+葬祭費用200万円+弁護士費用600万円)

 

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計3799万4245円
(内訳:患者の逸失利益1349万4246円+遺族3名の慰謝料2000万円+葬祭費用120万円+弁護士費用330万円。相続人が複数のため端数不一致)

 

(裁判所の判断)

1.ガイドワイヤーにより腎実質を損傷させた過失の有無

この点に関する前提として、裁判所は、Aの右腎周囲の出血原因につき、ガイドワイヤーによる腎実質内の血管損傷によるものと推認するのが相当であると判断しました。

そして、裁判所は、PTCA施術に際しては、ガイドワイヤーが細い血管に迷入し、血管が損傷することも少なからずあるから、ガイドワイヤーを透視下に進め、仮にガイドワイヤーの先端が何かに当たった場合には無理に押し進めることのないようにすることが、PTCAを施術する医師の留意事項とされていると認定しました。

その上で、裁判所は、ガイドワイヤーを透視下に進めたとしても、これにより血管自体を観察できるわけではなく、術者としてはモニターに写し出されたガイドワイヤーの走行方向を手掛かりにガイドワイヤーの進行位置を推測することしかできず、現に施術時に注意を払ってもなおガイドワイヤーを細い血管に迷入させて血管を破たんさせることはままあることであると判示し、H医師がガイドワイヤーにより腎実質を損傷させた点について過失があったとまでは断定できないと判断しました。

2.腎周囲出血を見落とした過失の有無

この点について、裁判所は、AがPTCA施術直後の腰背部痛を訴えていたことからすれば、医師としては、ガイドワイヤー、カテーテル等による血管損傷、血栓、アテローム等の閉塞の可能性を最も疑って、血管造影、腹部エコー、CT、血液検査を行うことによって確定診断に努めるべきであったと判示しました。

その上で、裁判所は、O医師らは、いったんは出血を疑ってCT検査、腹部エコー検査を実施し、右腎周囲腔に滲出液を認めていながら、この液を尿漏れによる尿であると断定して、出血の可能性を全く否定し、更に、血液検査を行うことなくAに対して尿漏れを前提とした経過観察を行ったと指摘しました。

裁判所は、しかし、Aには尿漏れの原因となる事情もうかがえず、尿漏れの場合に見られるはずの腎門部開放もなく、その上、右腎周囲孔の滲出液のCT値のみからはこの滲出液が尿と造影剤が混在したものであるとまでは確定できなかったと判示しました。したがって、O医師らがCT検査、腹部エコー検査の結果のみから右腎周囲腔に見られた滲出液を尿漏れによる尿と断定したことは誤りであるといわざるを得ず、O医師らが出血の可能性を一切否定し、血液検査等の検査を怠って腎周囲の出血の事実を見落としたことは過失であったと判断しました。

3.死亡との因果関係の有無

この点について、裁判所は、Aが出血から死亡に至るまで血漿を含めると約1リットルもの血液を、更に後腹膜腔、腹腔に及んだ出血を考慮に含めればそれ以上の血液を喪失させていたことが認められると判示し、さらに、この出血量に加えて、Aが手術当日の1000CCの輸液しか投与されておらず脱水状態に陥っていたことも併せみれば、Aは右腎周囲出血と脱水による失血性ショックにより死亡に至ったと考えるのが相当であると判断しました。

その上で、裁判所は、4月24日午前7時の血液検査でヘモグロビン値が7.6に激減した後、Aが午後3時44分ころになって失血性ショックに至ったことからすれば、午前7時ころの時点で輸血や止血措置を行ってもAは十分に救命可能であったことが認められるから、O医師らがPTCA施術後、Aの右腎周囲の出血の事実を見落とした過失と、Aの死亡との間には相当因果関係があると判断しました。

以上のことから、裁判所は、Y法人に対して、上記裁判所認定額の賠償を命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年9月10日
ページの先頭へ