那覇地方裁判所 平成4年1月29日判決 判例タイムズ783号190頁
(争点)
Y医療法人の責任の有無
(事案)
昭和59年10月2日昼ころ、X1とX2の長男であるA(17歳の男子高校2年生)は、腹痛をおこし、39度5分の発熱と水様性の下痢をしていたので、夕方、近所のK医院を受診し、風邪と診断された。
翌3日夕方、Aは、再びK医院を受診したところ、レントゲン検査の結果腹部にガスが充満しているため、Y医療法人の開設する病院(以下、Y病院という。)を紹介された。Aは、同日午後7時ころ、Y病院を受診した。
Y病院の内科の医師は、Aを診察したところ、Aはつっぱって破裂しそうな感じの腹痛を訴えており、体温も高く、腹鳴もあり、AのS字結腸が膨脹していた。そして、レントゲン、血液検査の結果、同医師は、急性虫垂炎、S状結腸捻転、急性腸炎の疑いがあるので経過観察とした。
同日の血液検査の結果、白血球の数値は標準の範囲内であったが、赤血球数、血色素、ヘマトクリットの数値は血液濃縮を示し、血小板数は低値、BUN(血中尿素窒素)の数値は増加し脱水状態であった。注腸造影検査の結果、S状結腸捻転は否定された。翌4日朝には圧痛の最高点が右下腹部にあり、反動痛(リバウンド・テンダネス、圧迫を離したときの痛み)があったため、内科のT医師は急性虫垂炎と診断し、外科に手術を依頼した。
以後、外科医のK医師(1か月間の予定で系列の他院からY病院に派遣されていた)がAの主治医として診療にあたったが、同医師は、急性虫垂炎の場合には通常ガスは虫垂の周辺にたまる程度であるが、本件の場合はかなり腹が拡張して全体にガスが多かったこと、白血球の数値が増加していなかったこと、下痢があったことから、急性虫垂炎としては非定型的であるが、右下腹部の腹膜刺激症状が著明なため、虫垂に穿孔があることも考えられるとして虫垂部分の開腹手術をすることとした。なお、同日の糞便検査の結果潜血反応は++であり、消化管からの出血が疑われ穿孔の可能性も考えられた。
同日、K医師が、Aの虫垂部分の開腹手術を実施したところ、虫垂は表面が充血していたが膨脹は軽度であり、黄色透明の漿液性の腹水が中等量あり、開腹した6ないし7センチメートルの部分から回腸、上行結腸等を見たところ回腸末端の拡張・充血が著明であったため、急性虫垂炎ではなく、重症の急性腸炎(回腸末端部分)の疑いが強いと診断し、虫垂部分の切除を行った上、ドレーンは入れることなく閉腹し、AはY病院に入院した。
K医師は、当時Y病院の外科部長であったH医師に手術の経過とAは腸炎である旨の報告をした。
手術後もAの腹部の膨満は著明であり、ガスがたまっており、圧痛・反動痛もあった。そこで、K医師はガス抜きを行うように指示し、さらにウイルス性の腸炎の疑いがあると判断し、抗生物質であるAB-PCの投与を指示し、通常の腸炎の治療方法である腸の安静を保つための点滴(8日からは高カロリー輸液)、絶飲食を指示し、8日にショックを起こすまでこの治療を続けた。
しかし、その後も腹部の膨満及び腹痛、圧痛は持続し、6日夜には時々吃逆(しゃっくり)もあり、4日から8日まで毎日実施された腹部レントゲン検査の結果によると、腹部のガス像は改善されず、腸内音は同月5日から8日までほとんど聞き取れない状態であり、麻痺性イレウスの状態が次第に悪化していった。
また、手術後の5日から8日までの間の血液検査の結果かなりの脱水状態となっており、腎機能の悪化も示していた。白血球の数値は7日以降1万を超え、重症の感染症が疑われる状態となっていた。
H医師、K医師は通常の腸炎であれば、2、3日安静と絶飲食、輸液をすれば快方に向かうことが多いのに、Aの病状が全く改善されないのは、虫垂炎の手術をしたためであると考え、前記レントゲン検査の結果、血液検査の結果について特に注意を払わず、腹部所見の診断に重要と認められている直腸診も行わなかった。そして、Aが苦痛を訴えても大げさに痛みを訴えるものとみなして真剣に受けとめなかった。
同月8日、Aの腹部は全体的に緊満し、同日午後1時ころ、敗血症性ショックを起こし、ICU(集中治療室)に移され治療を受けたが、同日午後3時45分には心停止となり、その後、蘇生術により一旦もちなおしたものの、DIC(播種性血管内血液凝固症候群)、急性腎不全を併発し、同月11日、Y病院医師が敗血症の病巣を治療するため試験開腹を決定し、その準備中の午後5時45分に死亡した。
解剖の結果、腹水は混濁し、症状、上行結腸の漿膜面に炎症があり、潰瘍が多発し、小腸には顕微鏡的穿孔があり、腸炎とグラム陰性菌による汎発性腹膜炎を起こしていたことが認められた。
そこで、Aの両親であるXらが、Yに対し、主位的に診療契約上の債務不履行、予備的に不法行為に基づき損害賠償を請求した。
(損害賠償請求)
患者遺族(両親)の請求額 : 合計6734万円
(内訳:逸失利益4134万円+慰謝料2000万円(患者固有の慰謝料1000万円+遺族(父母)の慰謝料両名合計1000万円)+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円)
(判決による認容額)
裁判所の認容額 : 5737万5252円
(内訳: 逸失利益3937万5252円+A固有の慰謝料1200万円+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円)
(裁判所の判断)
Y医療法人の責任の有無
裁判所は、Aは、当初より重症の腸炎であったところ、汎発性腹膜炎を発症し、敗血症性ショックを起こし、DIC、急性腎不全により心停止し本件事故が発生したと認定しました。
その上で、裁判所は、Aは10月4日のレントゲン検査の結果により麻痺性イレウスであることが判明していたのであり、Y病院来院時から10月8日までのAの一般所見及び腹部所見、レントゲン検査所見、血液検査所見、中等量の腹水の存在、便潜血検査の結果及び10月8日には腹膜炎のかなり進行した症状と考えられる敗血症ショックを起こしていることなどを考えると、Aは10月7日までには急性汎発性腹膜炎を発症しており、緊急に開腹手術を行い患部を摘出しなければならない状態にあったと判示しました。
裁判所は、そして、前記各所見によれば遅くとも10月7日までには急性腹膜炎の発症が確実視され、それが汎発性のものであることも十分に予想される状況にあったといえるから、Y病院医師においては、筋性防御、反動痛といった腹部所見の有無を注意深く観察するなど必要な診断を行って更に確実な所見を得て緊急に開腹手術に踏み切るべきであり、またそうすることができたと認められるにもかかわらず、単なる腸炎と軽信して右腹部所見等を見逃し、漫然と抗生物質の投与及び点滴等の治療を行うのみで、開腹手術の時期を遅延したものというべきであり、この点でY病院に過失があるとしました。
裁判所は、そして、本件においては遅くとも10月7日までに開腹手術を適切に行えばAを救命し得たことが認められるので、Y病院医師の過失と本件事故との間の因果関係が認められるとしました。
以上より、裁判所は、上記裁判所認容額の限度において請求を一部認容しました。その後、判決は確定しました。