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No.283「子宮頸管熟化不全の治療薬であるマイリスの投与を受けた妊婦がショック症状に陥り、過強陣痛が発生。出生した子が重篤な無酸素性脳症等に罹患して5歳7ヶ月で死亡。マイリス投与に関する医師の過失を認定し、病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

佐賀地方裁判所 平成12年8月25日判決 判例タイムズ1106号202頁

(争点)

  1. マイリスの適応を誤った過失の有無
  2. アレルギーが疑われる薬剤を再度投与した過失の有無
  3. マイリスの投与に際して説明義務を怠った過失の有無
  4. マイリスの投与方法を誤った過失の有無

 

(事案)

X1(患者Aの母)は、Y法人(Y医師が代表者理事長である医療法人)の開設する産婦人科医院(Y医院)での初診時に、食物アレルギーやぜんそくの既往歴はない旨をY医師に申告した。

初診後のX1の妊娠経過は概ね順調であったが、X1の体重増加が普通より多く、尿に糖が出ていたほか、平成4年4月27日以降、胎児が妊娠週数にして3週間程度先行して成長する巨大児傾向があった。

Y医師は、平成4年7月1日(37週目2日)の定期検診で、X1に対して内診を行い、軟産道(膣壁から子宮口まで)が強靱で、子宮口は無理に一指が挿入できる程度で非常に硬く、ビショップスコア零点との所見を得、子宮頸管熟化不全と診断した。そして、X1が初産婦であること、腹部の緊張の状態、超音波断層の画像による胎盤の加齢、児頭の下降や子宮口の熟化の状態などから、Y医師は、出産予定日(18日後)までに子宮口の熟化が自然に進むとは考えにくく、また胎児は依然として巨大気味で、他方X1本人は155cmと小柄であることなどから、このままでは難産になるおそれが強いと考え、自然陣痛発来までに子宮頸管の熟化を促進する目的で、週2、3日の割合でマイリス200ミリグラムを投与する治療方針を決め、同日に初回投与を行った。

なお、Y医師は、X1に対し、同年6月ころから胎児が2週分程度大きい旨話しており、初回マイリス投与にあたって、胎児が大きくて子宮口が硬く、このままでは出産がきつくなるので、出産までに子宮口を柔らかくする薬を1日おきに注射する旨を説明したが、副作用等については特に説明しなかった。

X1は、初回投与後10分ほどで、口の周りの軽度のしびれ、肘や首などのかゆみを感じ、Y医師は、診察の結果、額にポツポツと発疹が出ているのを確認したが、血圧、脈拍には異常がなかった。Y医師は、この症状を急性湿疹と診断し、原因は不明であるが何らかのアレルギー様症状であると判断して、抗アレルギー剤であるネオファーゲン1アンプルを投与した。この処置により、X1の症状はまもなく軽快した。

Y医師は、X1の上記湿疹等がマイリス投与後に発生したことから一応マイリスによる薬物アレルギーを疑ったが、症状が薬物アレルギーとしては弱すぎると思われたこと、昭和59年ころから10年以上にわたるマイリスの使用歴において副作用例を見聞したことがなく、極めて安全性の高い薬剤であると認識していたことなどから、マイリスの投与が原因ではない可能性が高いと考えた。ただし、注射速度が原因で具合が悪くなった可能性もあると考え、2回目の投与の際には、看護師に対し、前回の投与時の症状を伝えてゆっくり注射をするよう指示し、X1に対しては今回症状が出れば再度の投与はしない旨説明した。そして、この2回目の投与時には、X1に特に異常は出なかったため、Y医師は初回投与時の症状はマイリスによるものではなかったと断定した。

X1は、平成4年7月4日午前8時30分ころ自宅で破水し、同日午前10時ころ、Y医院に入院した。この時点で、陣痛発来はなく、子宮口は開大一指くらいで硬く、ビショップスコア2(頸管熟化の基準は5)で、依然として子宮頸管熟化不全の状態であった。そのためY医師は、陣痛発来までに少しでも子宮口を軟化させる目的で再びマイリスを投与することとし、同日午前11時ころ、K看護師(2回目投与時とは別の看護師)に投与を指示した。なお、Y医師はこの指示に際し、X1の初回投与時の症状については特に告知しなかった。

K看護師は、同日午前11時10分ころ、X1にマイリス200ミリグラムを注射した(本件マイリス投与)。この際、K看護師は、Y医師から何ら申し送りを受けていなかったため、特に注射速度を遅くする等の配慮はせず、通常の速度で注射した。

X1は、注射が終わった直後から少し気持ちが悪いと感じ始め、同日午後11時23分ころから、胎児心拍数の異常とともに、X1に血圧低下、呼吸困難、腹痛、冷汗、手足のしびれ等のショック症状が表れた。Y医師は即座に酸素投与を行い、また、その他必要に応じ応急措置をとった上、同日午前11時50分、X1を国立B病院(B病院)に救急搬送した。

X1は、B病院に到着した同日午後0時ころまでには症状が落ち着き、帝王切開による出産後の経過は概ね良好であった。

他方、X1の子A(女児)は、新生児仮死の状態で出生し、当初から自力での哺乳が困難であるなどの異常が見られ、新生児けいれん、無酸素性脳症と診断された。

Aは、同年8月15日、いったんB病院を退院したが、その後、同年9月下旬頃から度々けいれん発作を起こすようになり、同年10月18日から同月21日まで、再度B病院に入院して、点頭てんかんとの診断を受けた。その後も、Aは座ったり歩行したりはもとより首も据わらず寝たきりで、度々てんかん発作を起こし、重度の精神運動発達遅滞の状態にあって発語もなく、X1らによる全面介護を要する状態が続き、平成10年2月21日、特段の原因なく、突然死亡するに至った。

そこで、X1とその夫(Aの父親)X2は、Y法人に対して、不法行為ないし債務不履行に基づき、相続したAの逸失利益、Aの看護費用、慰謝料等の損害賠償を求め提訴した。

 

(損害賠償請求)

遺族(両親)の請求額 : 合計 1億1465万7315円
(内訳:不明)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額 : 父母合計990万円
(内訳:慰謝料900万円+弁護士費用90万円)

 

(裁判所の判断)

1.マイリスの適応を誤った過失の有無

本件マイリス投与とX1のショック症状及びAの障害との間に因果関係があることは、当事者間に争いはありません。また、鑑定は、「X1の症状はマイリスによるアナフィラキシーショックであり、このショックにより母体の循環虚脱が起きるとともに、アナフィラキシーショックによってプロスタグランディンのような子宮収縮物質が放出されて過強陣痛が発生した結果、胎児への酸素供給が減少し、Aに低酸素性の脳性麻痺を来した」とし、当事者らも概ねこの内容を争いませんでした。裁判所は、X1に生じた過強陣痛の原因としては、鑑定のいうアナフィラキシーショックによる子宮収縮物質の放出のほか、現在の能書上明記されているマイリスそのものの副作用も考えられると判示しました。

その上で、裁判所は、X1はマイリスの初回投与を受けた平成4年7月1日、妊娠37週2日に入った時点で子宮頸管熟化不全であり、破水後にされた本件マイリス投与の時点でも未だ子宮頸管が未熟であったから、子宮頸管熟化不全の治療薬として一般に承認されたマイリスを使用するという選択の妥当性は一般的には存在したと判示しました。

さらに、診察結果をふまえたY医師の判断についても、医師に許された裁量の範囲を逸脱してはいないとして、Y医師には、マイリスの適応それ自体を誤った過失はないと認定しました。

2.アレルギーが疑われる薬剤を再度投与した過失の有無

この点について、裁判所は、一般に過去にアレルギーを起こしたことのある薬剤は、副作用として特にショックが掲げられていると否とを問わず、再度の投与によってショックを含む重篤な症状を惹起する危険があり、基本的には同一薬剤の再度投与は回避すべきであると判示しました。そして、X1の初回投与時の症状は、いずれもマイリスの能書きに明記されていたもので、特に「しびれ」は比較的特異な症状であると思われ、いずれもマイリス投与後約10分ほどで生じていること、一度アレルギー症状を惹起した薬剤であれば再度の投与時に必ず症状が出るとは言い得ないことなどから、2回目の投与時に何らの異常がなかったことは、X1がマイリスに対するアレルギーを有する疑いを完全に否定するものではなかったと判断しました。

その上で、裁判所は、本件においてアレルギーが疑われる薬剤を再度投与することによる副作用発症のリスクを上回るマイリス投与の必要性があったとは認められないと判示しました。

そして、裁判所はY医師には、初回投与時のX1の症状にかんがみて、本件マイリス投与を回避すべき義務があったのに、これを怠った過失があると認定しました。

3.マイリスの投与に際して説明義務を怠った過失の有無

この点について、裁判所は、前示の経過に加え、アレルギーの既往がある薬剤を投与することの危険性の大きさからすれば、医師としては、本件マイリス投与に際し、X1に対して、投与する薬剤が初回投与と同じものであることを明確に伝えた上で、仮に初回投与時の症状がマイリスに対するアレルギー反応だった場合の再度の投与の危険性や同剤の有効性についての一般的な評価、マイリス投与以外の方法について事前に十分な説明を行い、投与を受けるか否かを検討する機会を与えるべきであったと判示しました。また、裁判所は、仮に、一連の説明義務が尽くされ、マイリス投与について検討の機会が与えられていれば、X1がマイリス使用を拒否した可能性も否定できないと判示しました。

以上のことから、裁判所は、Y医師には本件マイリス投与にあたり、X1に対する説明義務を尽くさなかった過失があると認定しました。

4.マイリスの投与方法を誤った過失の有無

この点について、裁判所は、仮に、本件マイリス投与自体は相当であったと仮定しても、初回投与の症状からすれば、本件マイリス投与に際しては、少なくとも2回目の時と同様、X1の体調を確認しながら、異常が表れる可能性があることを前提として、細心の注意を払いつつ、注射に十分な時間をかけて行うべき注意義務があったと判断しました。

そして、裁判所は、Y医師は、K看護師に対してこのような方法を採るよう指示しなかったばかりか、初回投与時の症状自体を伝えなかったため、同看護師はアレルギーについて特に考慮せず、マイリスの静脈注射に際して通常必要とされる時間に比しても相当短かったと疑われる速い速度で注射を行ったのであって、もし、本件マイリス投与が適切な方法で行われていれば本件のような重大な結果は回避できた可能性も否定できないと判示しました。

これらをふまえ、裁判所は、Y医師には、本件マイリス投与の際、看護師に対する適切な指示を怠り、不適切な方法で投与を行わせた過失があると判断しました。

以上により、裁判所は、Y法人に対して、上記裁判所認定額の賠償を命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年3月10日
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