今回は、妊婦に対する薬剤投与により、生まれた子に障害が発生した事案に関して、医師の過失が認められた判決を2件ご紹介します。
No.282の事案では、一審判決(松山地方裁判所平成4年9月25日判決・判例タイムズ815号205頁)も参考にしました。また、「看護婦」という判決上の表記を「看護師」に直しています。
この事案では、遺族(看護師経験を有する母親とその夫)側は、妊婦(母親)に装着されていた分娩監視装置の監視記録が、他人のものとすり替えて証拠提出されたものであると主張し、また、妊婦が看護師としての専門的な知識経験に基づいて自己の腕時計で時刻を確認したり、分娩監視装置の画面及び記録紙の内容を自分の目で確認したとして、臨床経過についてその記憶に基づく主張をしました。しかし、裁判所は、分娩監視記録が妊婦のものではないとする遺族の主張を裏付ける的確な証拠はなく、かえって、本件のカルテや看護記録の記載、分娩に関与した看護師らの各証言、医師の供述などによれば、提出された証拠が本件当日の妊婦の分娩監視記録であると認定しました。
No.283の事案では、ショック症状の直前に妊婦(母親)になされた注射の速度について、遺族側は、30秒程度で急速に行われたと主張し、注射された妊婦(母親)もこれに沿う供述をしました。しかし、裁判所は、この供述に係る認識は客観的で明確な根拠に乏しいことに加え、本件投与には通常静脈注射に用いられるなかでも最も細い23ゲージの注射針が用いられているのであるから、一般的なやり方で注射する限りにおいては、30秒程度で投与を終えることは通常困難であるなどとして、この点についての遺族側の主張を採用しませんでした。ただし、裁判所は、注射をした看護師自身が、注射速度に関する能書きの指示は特に意識しておらず、また初回投与時の症状を聞いていれば注射速度は相当変わっていたと思う旨供述していることからすると、本件投与は、能書上必要とされる2分よりは相当短い時間で行われたものであり、少なくともアレルギー症状を警戒しながら意識的に緩徐に行われた2回目の投与に比較すれば相当急速に行われたと判示しました。
両事案とも実務の参考になろうかと存じます。