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No.270「点滴時の注射とRSD(反射性交感神経性異栄養症)罹患との因果関係を認めた上、注射を行った看護師に注意義務違反を認め、病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地裁 平成10年12月2日判決 判例タイムズ 1028号217頁

(争点)

  1. 本件注射行為とXがRSDに罹患したこととの間に因果関係は認められるか
  2. 本件注射行為について、担当看護師に注意義務に違反した過失があるといえるか
  3. Xの損害額

 

(事案)

患者X(昭和28年11月生まれの女性、本件注射当時41歳)は学校栄養職員(地方公務員)として市立小学校勤務し、家族は夫と高校三年生の長男(介護を要する身体障害児)と中学一年生の次男である。は、腹痛・下痢等のため、平成7年2月27日午後、Y医療法人が経営するY病院で診察を受け、急性胃腸炎と診断され、治療を受けて一旦帰宅した。しかし、Xは腹痛がひどくなったため、同日午後10時頃、再度Y病院で診察を受けて入院し、治療を受けた。

その後、Xは、同月31日に外泊し、同年9月1日午後6時頃、Y病院に戻り、Y病院の看護師(以下、「担当看護師」という)によって2本の点滴を受けた。

担当看護師は、Xの左前腕部に注射器を刺入して、1本目の点滴を行ったが、2本目の点滴に取り替える際、「チューブに空気が入っているので、空気を抜く。」と言って一旦注射針を抜き、注射部位を変えて、Xの左手背部手関節拇指側付近に注射針を刺入した。

Xは、左前腕部に鋭い痛みを感じたため、担当看護師に対し、注射を止めるよう訴えた。

担当看護師は、一旦注射針を抜いたが、数秒後、再び同じ部位に注射針を刺入した(この左手背部手関節拇指側付近への2回目の注射針刺入行為を「本件注射行為」という)。本件注射行為を行った瞬間、Xは左腕の付け根から左手指の先端まで強烈な電撃痛を感じ、担当看護師に対し、注射を止めるよう大声で訴えた。担当看護師は、注射針を抜いた上、注射部位を右腕関節部分に変更し、2本目の点滴を行った。

Xは、平成7年9月2日の午後、Y病院を退院した。

Xは、その後も、左示指から手背部全体にしびれと痛みが続いたので、平成7年9月4日にY病院で、同月13日から27日までの間に4回にわたり、A病院で治療を受けた。A病院でXの診察を担当した医師は、左手示指から手首にかけての手背部の疼痛及びしびれ、左肘及び左肩の鈍痛の訴えをXから聞いて、左橈骨神経損傷と診断した上、RSDへの罹患を疑い、Xに対し、鎮痛剤を投与した。また、必要以上に動かさないようにし、かつ、患部への刺激を避けるためにギプス固定を施した(以下、「本件ギプス」という)。

Xは、平成7年10月9日以降、B診療所で治療を受けた。同診療所でXの診察を担当した医師は、Xを左手関節部神経損傷及びRSDと診断した。

Xの現在におけるRSDの症状は、本件注射行為直後より疼痛の範囲も狭まり、痛みも多少軽減するなどやや回復したが、なお、左手首から左手指の先端に疼痛が存続し、自動運動及び他動運動のいずれによっても右疼痛が増加し、左示指及び左手背部に知覚異常(しびれ)があり、左示指の屈曲が制限され、握力が低下している。このため、Xは、自分の意志どおりに手指を動かすことができず、手指が物にぶつかることが多く、条件反射がうまくいかず、業務上のワープロ入力、調理、あるいは家庭生活における家族の世話等に支障がある。

Xは、担当看護師の本件注射行為によって左手関節部神経を損傷した上、RSDに罹患したとして、Y医療法人に対し、医療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:合計1829万5041円
(内訳:治療費7751円+傷害慰謝料(11ヶ月分)150万円+遺失利益1228万7290円+後遺障害慰謝料300万円+弁護士費用150万円)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額:700万6760円
(内訳:治療費6760円+症状固定時までの慰謝料130万円+逸失利益0円+後遺障害慰謝料500万円+弁護士費用70万円)

 

(裁判所の判断)

1.本件注射行為とXがRSDに罹患したこととの間に因果関係は認められるか

この点につき、裁判所は、まず、

ア:RSDの発生機序は、現在、解明されていないが、RSDは軽微な外傷によって起こり、注射   もRSDを引き起こす軽微な外傷に当たり得ること

イ:RSDは受傷直後ないし数週間以内に発症すること

ウ:発症直後の症状としては、疼痛が認められ、自動運動及び他動運動により増悪すること

エ:Xは本件注射行為の直後から左腕全体に激しい疼痛を感じ、RSDの症状でもある火傷をした   場合のようなしびれを感じ、その症状が現在まで引き続いて存在すること

を認定しました。

その上で、裁判所は、これらの事実を総合すると、本件注射行為によってXがRSDに罹患したことを十分推認することができると判断し、本件注射行為とXがRSDに罹患したこととの間に因果関係を認めました。

2.本件注射行為について、担当看護師に注意義務に違反した過失があるといえるか

この点につき、裁判所は、患者に対し、注射針を刺入する際、患者の神経を損傷し、RSDやこれに類似した疾患であるカウザルギーを惹起するおそれがあることから、注射針を刺入したときに患者にしびれや電撃痛などが走った場合には直ちに注射を中止する必要があることや、そのような場合、再び前に注射したのと同じ部位に注射針を刺入すると、再び神経を損傷する危険性が大きいため、これを避けるべきであるとされていると判示しました。

その上で、裁判所は担当看護師には、患者に注射をするに際し、注射針の刺入によって神経等を損傷しないよう注意すべき義務(本件注意義務)に違反した過失があると判断しました。

3.Xの損害額

この点について、裁判所は、まず、XがA病院及びB診療所に対し、左手関節部神経損傷及びRSDの治療費として6,760円を支払ったことは認められるが、これを超える金額を払った事実は認められないと判示しました。

次に、裁判所は、XのRSDは、平成8年8月4日に症状が固定したこと、Xは本件注射行為以来疼痛等に悩まされ続け、A病院やB診療所等に通うことを余儀なくされ、学校栄養職員としての業務や夫と二子を持つ家庭生活に支障が生じ、多大な肉体的、精神的苦痛を被ったことを認めることができるとして、症状固定時までの上記苦痛を慰謝するには130万円が相当であると判示しました。

次に、裁判所は、RSDに罹患した場合、交換神経節に局所麻酔薬を注入することによって交感神経を遮断する交感神経ブロックによる治療等が行われるが、治癒率、特に完治する割合は2割程度と低く、発症後1年を経過すると、回復は期待出来ないことを総合すると、XはRSDに罹患して後遺障害が残ったことにより、部分的に労働能力を喪失し、将来もその回復が困難であることを認めることができると判示しました。

他方で、裁判所は、Xが左手関節部神経を損傷し、RSDに罹患した後に、その収入が現実に減少したこと、将来減少する可能性があることは認められないとし、Xに後遺障害が存在することによる遺失利益があるとはいえないと判示しました。

もっとも、裁判所は、後遺傷害によるXの今後の昇進等への影響がないとはいえないとした上で、かかる影響については後遺障害慰謝料額算定の際に考慮することが相当と判示しました。

そして、裁判所は、Xの現在におけるRSDの状況やRSDに罹患したことに伴う業務上及び家庭生活における家族の世話等への支障等を総合的に考慮すると、Xは、後遺障害により、学校栄養職員としての業務や夫と二子を持つ家庭生活に支障が生じており、これによって多大な精神的苦痛を被っていることを認めることができると判示し、上記で判示した後遺傷害によるXの今後の昇進等への影響を考慮したうえで、Xの精神的苦痛を慰謝するには500万円を相当とすると判示しました。

以上の各損害及び弁護士費用について、裁判所は、上記「裁判所の認容額」記載の損害賠償を医療法人Yに命じました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年9月10日
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