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No.269「患者がミノマイシン投与により薬剤性間質性肺炎に罹患。担当医の投与に関する過失を認めた上で、病院側に慰謝料の支払いを命じた地裁判決」

東京地方裁判所 平成18年10月4日判決 判例タイムズ1233号 278頁

(争点)

  1. 医師が患者に対してミノマイシンの投与を続けたことに過失は認められるか
  2. ミノマイシンの投与を続けた過失により患者にどのような損害が生じたか

 

(事案)

患者X(昭和18年生まれの男性)は平成15年10月17日、爪の疾患によりY(共済組合)が管理・運営するY病院の皮膚科を受診し、同年12月12日から抗生剤であるミノマイシン(商品名。一般名は塩酸ミノサイクリン)の投与を受けていた。

平成16年1月30日、Xは、脳梗塞の診療のために通院していたY病院の内科(神経内科)において「かぜをひいた。咳き込んだ後10分くらい苦しい。」旨訴えたところ、医師から「呼吸苦が強い場合には来院するように。」との指示を受けた。

同年2月3日及び同月9日、XはY病院の内科(呼吸器内科)でB医師の診療を受けたところ、2月3日に行われた生化学検査の結果、ALP897IU/L、GOT112IU/L、GPT107IU/L、LDH435IU/L、CRP2.4mg/dl(以下、これらの検査結果の単位記載を省略する)といずれも高値を示し、2月9日に撮影された胸部CT画像上、スリガラス陰影が両肺に認められたことから、精査・治療を目的として、同月10日、XはY病院の内科(呼吸器内科)に入院した。

Y病院のB医師は、2月10日から2月16日までの間、Xに対し、皮膚科で処方されていたミノマイシンを1日50mgから200mg(100mg×2回)に増量して、合計13回(1200mg)点滴投与した。

Xの入院した2月10日に撮影された胸部レントゲン画像上には、Xの両側中・下肺野に淡いスリガラス陰影が認められた。また、同日に行われた生化学検査では、ALP971、GOT57、LDH322、CRP2.8、一般血液検査では白血球数6500、血清検査では寒冷凝集反応(マイコプラズマ肺炎の診断等に用いられる。)が4倍の希釈(基準値の範囲内)との結果が出た(いずれも2月12日の結果報告)。そして、2月10日、Xに対してマイコプラズマ抗体検査が行われ、翌11日、基準値の範囲内である旨の結果報告がされた。

2月16日撮影の胸部レントゲン画像上には、両肺門を中心とした淡い陰影が同月10日撮影時に比べより増悪、増強していた。また、2月16日に行われた生化学検査では、ALP1009、GOT47、GPT95、LDH349、CRP1.9、一般血液検査では白血球数11600との結果が出た。

2月17日、B医師は、2月16日撮影の胸部レントゲン画像上に上記陰影の悪化が認められたことから、薬剤性肺障害を疑い、ミノマイシンの投与を中止するとともに、ミノマイシンに対する血液DLST(薬剤リンパ球刺激試験)を実施した(2月25日陰性の結果報告)。また、同月17日に行われた生化学検査では、ALP1014、LDH364、CRP1.9との結果が出た。そこで、B医師はXに対して、ステロイド剤であるプレドニゾロンを、2月20日30mg(5mg×6錠)、21日及び22日各20mg(5mg×4錠)、23日ないし25日各10mg(5mg×2錠)、26日ないし同年3月1日各30mg(5mg×6錠)ずつ投与した。

Xは、同年3月1日、医師であるXの子が当時勤務していたD病院に転院したいとしてY病院を退院した。  

Xは、上記Y病院における診療経過において、ミノマイシンによる薬剤性間質性肺炎に罹患した。

Xは、平成16年3月2日、D病院を受診し、その紹介で、勤務先に近いE病院で診療を受けることにして、翌3日からE病院において薬剤性間質性肺炎の診療を受けるようになった。 

その後、Xは、Yに対し診療契約上の債務不履行または不法行為に基づき、損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:合計5203万1559円
(内訳:逸失利益3330万1418円+慰謝料1400万円+弁護士費用473万141円)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額:220万円
(内訳:慰謝料200万円+弁護士費用20万円)

 

(裁判所の判断)

1.医師が患者に対してミノマイシンの投与を続けたことに過失は認められるか

この点につき、裁判所は、

ア:B医師は、平成16年2月9日の時点で、Xが既にA病院の皮膚科からミノマイシン(1日50mg)の処方を受けていることを認識していた

イ:ミノマイシンによる薬剤性肺障害は、投与開始後、おおむね1ないし2週間前後で発症することが多いとされるところ、Xは平成15年12月12日からミノマイシンの処方を受け、遅くとも平成16年1月30日には呼吸困難を訴えていたのであって、肺障害の発症時期と薬剤投与時期との時間的関連性があり、B医師は容易にそれを知りうる立場にあった

ウ:XはY病院に入院時、長引く咳嗽、労作時呼吸困難があったほか、CRP、GOT、GPT、LDHがいずれも高値を示し、同年2月9日に撮影された胸部CT画像上スリガラス陰影が認められ、翌10日に撮影された胸部レントゲン画像上も両側中・下肺野に淡いスリガラス陰影が認められるなど、ミノマイシンによる薬剤性肺障害の所見に適合する臨床症状・検査所見が認められていた

エ:ミノマイシンは、少量経口投与であってもマイコプラズマ肺炎を予防する可能性が示唆されているところ、Xには平成15年12月12日以降2ヶ月近くにわたりミノマイシンが投与されていたのであるから、相対的にマイコプラズマ以外の原因による肺炎を疑うべき状況にあった

オ:平成16年2月10日に行われたマイコプラズマ抗体検査及び寒冷凝集反応検査はいずれも基準値の範囲内であり、遅くとも同月12日にはマイコプラズマ肺炎以外の原因をより強く疑うべき状況にあった

ことを判示しました。

そして、裁判所は、上記アからオの事実と、薬剤性肺障害の治療としては原因と考えられる薬剤の投与を出来るだけ早く中止することが最も重要であるとされていることを総合的に考察すると、B医師には、平成16年2月10日の時点で、Xに対し、ミノマイシンを増量投与せず、また、遅くとも同月12日にはその投与を中止すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った点に過失があったと判示し、ミノマイシンの投与に関する過失を認めました。

2.ミノマイシンの投与を続けた過失により患者にどのような損害が生じたか

この点につき、裁判所は、まず、

ア:平成16年12月2日に実施されたXの呼吸機能検査の結果

イ:同日の胸部CT検査の所見

ウ:Xの主訴の内容

エ:医師の診断

を総合的に考察して、Xの呼吸機能に労働能力の喪失を来すような後遺障害が存在しているとまでは認めることができないと判断しました。

そして、Xが呼吸機能の後遺障害(後遺障害等級5級相当)を負っていることを前提とする逸失利益に関する損害賠償を認めませんでした。

次に、裁判所は、医師の意見書に、平成17年4月の「胸部CT像ではなお淡いスリガラス陰影が残存しており、これは既に不可逆的変化をきたした線維化病巣である可能性がある」としていることを指摘し、このような不可逆的変化をきたした線維化病巣が現に存在する場合の予後については、新たな薬剤性肺障害や感染の温床となる致死的肺障害のリスクファクターになる可能性、その後に発症する呼吸器感染症の難治化・遍延化に関係する可能性がある旨の見解もみられると判示しました。

その上で、裁判所は、平成16年2月10日のY病院内科入院以降もXへのミノマイシンの投与は中止されず、かえって増量投与されたことにより、Xの薬剤性肺障害が増悪し、左肺に不可逆的変化を来した線維化病巣が残された可能性があることに伴い、Xは現在、自らの予後について言葉では言い表せない不安を抱えて生活をしていると認定しました。

以上のことから、裁判所は、Xの上記精神的不安はその内容が深刻なものであって、社会通念上甘受すべき限度を超えるものといえるため、かかる精神的不安は、B医師のミノマイシンの投与に関する過失と因果関係のある損害として評価することが相当であると判断しました。

そして、入通院に伴う精神的苦痛とあわせて、慰謝料の額は200万円が相当と判示し、上記「裁判所の認容額」記載の損害賠償をYに命じました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年8月10日
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