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No.267「下肢の骨接合術などの手術を受けた患者が、合併症として下肢深部静脈血栓症を発症。必要な検査を行い、または専門医に紹介する義務を怠った整形外科医師の『過失と後遺症の因果関係』及び『過失がなければ後遺症が残らなかった相当程度の可能性』が認められず、医療行為が著しく不適切な事案とはいえない場合には、『適切な医療行為を受ける期待権の侵害』のみを理由とする不法行為責任の有無を検討する余地はないとした最高裁判決」

最高裁判所第二法廷 平成23年2月25日 判例タイムズ1344号110頁

(争点)

本件事案において適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とした不法行為責任の有無を検討する余地があるか

 

(事案)

1.診療経過

(1)昭和63年10月29日、患者Xは左脛骨高原骨折の傷害を負い、同年11月4日ころY1の開設するY病院に入院し、同病院の整形外科医であるY2医師の執刀により骨接合術及び骨移植術(以下、「本件手術」という)を受けた。

(2)平成元年1月15日、XはY病院を退院したが、その後、同年8月頃に、本件手術時に装着されたボルトの抜釘のためにY病院に再入院するまでの間、Y病院に通院してY2医師の診察を受け、リハビリを行った。

本件手術後の入院時及び上記通院時に、XはY2医師に対して左足の腫れを訴えることがあったが、Y2医師は腫れに対する検査や治療を行わなかった。

Xは、上記ボルトを抜釘してY病院を退院した後は、自らの判断でY病院への通院を中止し、その後、平成4年7月16日、平成7年6月3日、平成8年8月3日にそれぞれ助骨痛、腰痛等を訴えてY病院で診察を受けたことがあったものの、その際にはY2医師には左足の腫れを訴えることはなかった。

(3)平成9年10月22日、XはY病院に赴き、Y2医師に対して本件手術後左足の腫れが続いていると訴えた。これを受け、Y2医師はレントゲン検査や左右の足の周経を計測する等の診察を行った。その結果、左足の周経が右足の周経よりも3cmほど大きかったものの、左膝の可動域が零度から140度まであり整形外科的治療として満足できるものであったこと、圧痛もなくXがこれまでどおり大工の仕事を続けることもできていたこと等からみて、機能障害がなく問題はないと判断してXの上記訴えに対して格別の措置を講じなかった。

(4)平成10年8月24日、Xは右足の親指を打ったことによる痛みを訴えてY病院で診療を受けたが、この際には、Y2医師に対して左足の腫れを訴えることはなかった。

(5)平成12年2月頃、Xは左くるぶしの少し上に鶏卵上の赤いあざができ、その後左膝下から足首にかけて無数の赤黒いあざができるなど皮膚の変色が生じたことから、Y病院で診察を受けた。Y2医師は、かかるXの症状を診て皮膚科での受診を勧めた。

平成13年1月4日、Xは左足の腫れや皮膚の変色等症状が軽減しないことを訴えてY病院で診察を受けたが、Y2医師はXが皮膚科でうっ血と診断され投薬治療を受けていたことから、レントゲン検査を行うにとどまった。

その後、平成13年4月から10月にかけて、XはT大学医学部付属病院、K大学医学部付属病院及びU大学医学部付属病院に赴き、これら各病院において、それぞれ左下肢深部静脈血栓症ないし左下肢静脈血栓後遺症(以下「本件後遺症」という)と診断された。

2.X診察当時の医療水準等

Xは、本件手術及びその後の臥床、ギプス固定による合併症として左下肢深部静脈血栓症を発症して本件後遺症が残ったが、下肢の手術に伴い深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科において一般に認識されるようになったのは、平成13年以降であり、Y2医師は、平成13年4月から10月にかけての上記各病院での診断がされる以前において、Xの左足の腫れ等の症状の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らなかった。

また、Xの左下肢深部静脈血栓症について、平成9年10月22日の時点では既に適切な治療法はなく、治療を施しても効果は期待できなかった。

3.Xの請求

XはY1及びY2に対して、ア;Y2医師が、必要な検査を行い、又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務があるのに、これを怠り、その結果、Xに本件後遺症が残った、イ;仮に、アの義務違反と本件後遺症の残存との間の因果関係が証明されないとしても、上記後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害された、ウ;仮に、アの因果関係及びイの可能性が証明されないとしても、Y2医師は、当時の医療水準にかなった適切かつ真摯な医療行為を行わなかったために、Xはそのような医療行為を受ける期待権が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた。

4.原審(広島高裁平成20年10月10日判決)の判断

原審は、Y2医師が、必要な検査を行い、又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務を怠ったことにより、Xに本件後遺症が残ったとはいえず(上記アの否定)、また、Xが、本件後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたともいえない(上記イの否定)としたものの、上記ウの主張については、Y2医師は、平成9年10月22日の時点で専門医に紹介するなどの義務を怠り、Xはこれにより約3年間その症状の原因が分からないままその時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ、精神的損害を被ったということができるとして、Y1及びY2の不法行為責任を認め、Xの損害賠償請求を慰謝料300万円の限度で認容した。

この原審の判決に対して、Yらが上告した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:不明

 

(判決による認容額)

一審裁判所の認容額:0円

控訴審裁判所の認容額:300万円

最高裁判所の認容額:0円

 

(裁判所の判断)

(本件事案において適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とした不法行為責任の有無を検討する余地があるか)に対する裁判所の判断

(1)裁判所は、まず、Xは本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に、Y2医師に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの、ボルトの抜釘後は、本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日にY病院に赴き、Y2医師の診察を受けるまで左足の腫れを訴えることはなく、その後も平成12年2月以降及び平成13年1月4日にY病院で診察を受けた際、Y2医師に左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっていると判示しました。

その上で、裁判所は、Y2医師は上記の各診察時において、レントゲン検査等を行い、皮膚科での受診を勧めるなどしており、上記各診察の当時、下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもないと判示しました。

(2)以上のことから、裁判所は、Y2医師がXの左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず、専門医に紹介するなどしなかったとしても、Y2医師の医療行為が著しく不適切なものであったと言うことができないことは明らかであると判示しました。

そして、裁判所は、患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討しうるにとどまるべきものであり、本件はそのような事案とはいえないとし、Yらについて不法行為責任の有無を検討する余地はなく、YらはXに対して不法行為責任を負わないと判示し、原判決中の、Yらの敗訴部分を破棄し、Xの控訴を棄却しました。

カテゴリ: 2014年7月10日
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