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No.262「下腹部痛を訴えて通院していた患者が点滴直後にアナフィラキーショックに陥り死亡。従前患者を診断した別の医師の診断を信頼し、新たな検査等を実施しなかった医師の過失を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所 平成13年1月30日判決 判例タイムズ1070号279頁

(争点)

  1. 患者Aの傷病名
  2. 当初の診察を担当したY2医師の責任
  3. 最後の診察を担当したY3医師の責任

 

(事案)

患者Aは、平成3年の6月20日に、Y1医療法人が設置・経営するY病院を受診し、進行性の胃がんの疑いで同月25日に入院、同月27日に胃亜全摘、リンパ郭清術の手術を受けた(本人には胃潰瘍と告げられていた)が、手術後の組織検査の結果では腫瘍は良性と判断された。

患者Aは、同年7月1日に術後急性膵炎の診断を受けて、同月19日まで,メシル酸ガベキサート剤であるソクシドンの投与を受けたが、同日、マクロアミラーゼ血症と診断されて、ソクシドンの投与は中止され、同月26日にY病院を退院した。

患者Aは、同年8月10日以降、右下腹部痛を訴えて、同月12日、Y病院を再度受診したところ、癒着性と疑われるイレウスと診断されたほか、急性膵炎も疑診されたため、同月13日、Y病院に再入院し、ソクシドンの投与を受けたが、翌日より腹痛が軽減し、同月17日にはY病院を退院した。

その後、平成6年5月31日に、患者Aは下腹部痛を訴えてY病院を受診した。同日Aの診察を担当したY2医師(Y病院の副院長で、消化器外科を専門とする)は、緊急血液検査を実施したところ、血清アミラーゼ値が1034IU/Lと高かった。Y2医師は、患者Aの疾患を急性膵炎と診断してメシル酸ガベキサート剤FOYを7日間連続投与することを決定し、同日、1回目のFOY2アンプルの点滴静注を行った。

Y病院では、その後、同年6月1日~4日、同月8日、患者Aに対し、それぞれFOY2アンプルの点滴静注を行った。

Y2医師は、同月8日、患者Aが6月2日に受けた腹部超音波検査及び腹部CT検査の結果を検討し、膵臓の浮腫性の肥大及び浸出液が見られなかったことから、急性膵炎を否定し、膵管の拡張の疑いがあったことから、慢性膵炎の急性増悪を疑い、診断名をその旨変更した。

患者Aは、同年6月27日、Y病院を受診した。Aは、同日の外来担当医であったY3医師(Y病院の副院長で、人工透析と内科を専門としている)に、全身にかなり倦怠感があり、食欲が不振である旨訴えたが、腹痛はない旨述べ、Y2医師が指示した最後に残っている7回目のFOYの点滴静注をするよう求めた。

Y3医師は、患者Aの腹部を触診したところ、腹部は平坦であったが、膵のやや上の正中線上に圧痛を認め、診療録記載の診療経過と同日の問診及び触診の結果から、メシル酸ガベキサート剤の7回目の点滴静注を行うこととし、FOYと同じくメシル酸ガベキサート剤であるプロビトールの点滴静注をするよう指示をし、同日午後4時25分頃、看護師が点滴静注を開始した。

しかし、患者Aは、点滴が開始されてから約30秒後に、気分不良、嘔吐、多量の発汗、強直性痙攣、眼球結膜充血著明、胸部・顔面チアノーゼ等のアナフィラキシーショックの症状を呈したので、看護師は、直ちに抜針して、Y3医師に連絡した。

Y3医師は、駆けつけて、同日午後4時35分頃までに、気管内に挿管して、気道を確保するとともに、看護師と共に、静脈にルートを確保し、ネプレドロン及び昇圧剤ボスミンを投与するなどし、救命措置を講じたが、患者Aは、同日午後5時53分、アナフィラキシーショックのために死亡した。

(メシル酸ガベキサート剤の重要な副作用として、まれに(0.1パーセント未満)ショックが現れることが指摘されている。)

Aの妻及び母親が、Y1医療法人、Y2医師、Y3医師を被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

患者遺族(妻と母親)の請求額:合計1億1191万3419円
 (内訳:患者の逸失利益5826万0853円+慰謝料3500万円+葬儀費用198万1736円+四十九日法要費用67万0830円+弁護士費用1100万+患者の母親固有の慰謝料500万円)
*患者の相続人は妻と子であったが、遺産分割協議により妻が患者の一切の権利義務を承継した。
*患者の母親は、「同居の近親者」として、固有の慰謝料を請求した。

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:8893万2769円
(内訳:逸失利益5473万2769円+慰謝料2500万円+葬儀関係費用120万円+弁護士費用800万円)
*患者の母親固有の慰謝料は損害として認められなかった。

 

(裁判所の判断)

1.患者Aの傷病名

裁判所は、まず、急性膵炎の臨床診断につき、(1)上腹部に急性腹痛発作と圧痛があること、(2)血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇があること、(3)画像で膵に急性膵炎に伴う異常があることの3項目中2項目以上を満たし、他の膵疾患及び急性腹症を除外したものを急性膵炎とする(本件診断基準)ことを厚生省(当時)の平成2年の急性膵炎臨床診断基準を引用して確認しました。また、臨床診断に当たっては、慢性膵炎の急性発症は急性膵炎に含めるものとされ(本件診断基準)、鑑定などを踏まえて、急性増悪発作期の治療は急性膵炎に準ずるものとされると認定しました。

その上で、裁判所は、患者Aの解剖所見からは急性膵炎は認められず、5月31日から6月27日までの患者Aの症状からも、本件診断基準に照らすと、Aの疾患は慢性膵炎の急性増悪の診断基準を満たしていないと判断しました。

そして、裁判所は、事実経過を総合すると、Aの右下腹部痛は平成3年に行われた手術による癒着性イレウスによるものと疑われると判示し、また、平成6年5月31日の血液検査の際に血清アミラーゼ値が高かったのは、Aがマクロアミラーゼ血症であったことによると認定しました。

2.当初の診察を担当したY2医師の責任

裁判所は、5月31日の初診時の段階でY2医師が、急性膵炎を疑診し、FOYを1回分投与したことについては、相当でないとはいえないと判断しました。

しかし、裁判所は、Y1病院の医師らは、6月1日以降、継続的に経過を観察し、アミラーゼアイソザイムの結果等をも加味して、初診時の診断の相当性をその都度検証し、絶飲絶食等の膵外分泌抑制装置や入院治療の要否を検討すると共に、これと併せてなおFOYの投与を継続すべきかを判断する必要があるから、Y2医師が5月31日の段階でFOYを当日投与するにとどまらず、7日間の連続投与まで決定したのは相当とはいえないと判示しました。また、Y1病院の医師らが6月1日から同月8日までの間、一度も診察を行わず、新たな検査を実施せず、画像所見も全く得ないなど、急性膵炎もしくは慢性膵炎の急性増悪の確定診断に向けた診療行為を全く行わないまま、腹部痛すら訴えていなかった患者Aに対し、合計5回にわたってFOYを投与することを容認したことには何ら相当性が認められないと判断しました。

ただし、Y1病院医師らの上記各所為は、患者Aのアナフィラキシーショックの直接の原因とはなっておらず、Aの死亡との間には相当因果関係が認められないとしました。

さらに、6月8日の診察等については、何ら確定診断に向けた検査等を実施しないで、根拠が薄弱な疑診をし、これに基づいて患者Aに対し残る1回のFOYの投与を促した所為には相当性を認めることができず、Y2医師の所為は、医師として診察の際に要求される注意義務に違反してなされたものというほかはないと判示しました。

ただし、Y2医師の上記所為は、患者Aの死亡との間に相当因果関係がないとしてY2医師の責任を否定しました。

3.最後の診察を担当したY3医師の責任

裁判所は、Y3医師が信頼したY2医師の診断は合理的な根拠に基づくものとはいえない上、Y3医師が6月27日に行った判断は本件診断基準に基づくものではないと指摘しました。

そして、同日の段階では、前回の投与から約20日が経過していたにもかかわらず、患者Aから新たな圧痛、倦怠感、食欲不振といった主訴があった以上、新たな検査等を実施した上で判断すべきであったのに、Y3医師は、当時の血液検査や尿中アミラーゼ検査の所見のほか、腹部X線写真やCT検査の所見を一切得ることもなく、患者Aが腹部痛を全く訴えていないのにもかかわらず、Aから7回目となるメシル酸ガベキサート剤の投与を求められたのに応じて、プロビトールの点滴静注を指示しているのであって、Y3医師は、合理的な医学的根拠に基づかず、十分な検討を行わないまま、漫然と投与を指示したといわざるを得ないから、Y3医師の処置は、医師として診察の際に要求される注意義務に違反してなされたと認定しました。

裁判所は、患者Aは、Y3医師の上記所為の結果、6月27日、何ら医学的適応がなく、身体に対する侵襲行為となるプロビトールの投与を受け、その結果、アナフィラキシーショックに陥り、死亡するに至ったのであるから、Y3医師の所為はAに対する不法行為を構成し、Y1医療法人はその使用者として民法715条に基づく責任を負うべきと判示し、Y1とY3に、連帯して損害(上記裁判所の認容額)を賠償することを命じました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年5月10日
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